暗雲兆す?習近平の一人旅―ざわつき始めた北京・中南海(1)
- 2016年 4月 4日
- 評論・紹介・意見
- 中国田畑光永習近平
新・管見中国6
民進党が発足し、新年度予算が成立して、日本の政局もこれから7月の参院選(かなりの高確率で衆参同時選挙)へ向かって動きを速めようとしているが、中国でも多くの権限を一身に集中して独裁体制を固め、一人旅を闊歩しているかに見えた習近平(国家主席・共産党総書記)の前途にもなにやら黒い雲が見え隠れするようになってきた。こちらは来年秋の中国共産党第19回党大会をにらんでの動きであろうが、なにしろ経済立て直しの道筋が見えない中での話なので、事態の急変ということも考えられなくはない。
といっても、中国の政権中枢所在地、北京の中南海と呼ばれる地域の内情は外からは皆目うかがい知れないのが常であり、外部世界はなにやら怪しげな雰囲気は察知しながらもさてその中身はとなると、今のところ推測に推測を重ねながらさまざまな筋立てを考えているというのが実情である。
そこでまず話はやや旧聞に属するが、異変の兆しを外部が感じ取った一幕から・・・
中国政治の春のハイライトは「両会」と呼ばれる全国人民代表大会と全国政治協商会議が平行して開かれる(政協会議が1日早く開会して1日早く閉会する)時期である。前者は建前上は国権の最高機関とされる立法機関、後者は各界人士による国政の諮問機関と位置づけられるが、政権に反対する政党が存在するわけではないから、論議といってもわれわれから見れば、国会の与党質問のようなものであって、手に汗するような場面はない(すくなくともこれまではなかった)。
ところが今年は人民代表大会が開かれた3月5日の直前(正確には4日未明)、「無界新聞」という名のインターネット・ニュースサイト上に「習近平主席に辞職を促す公開書簡」なるものが出現したのである。内容は習近平の内政外交上の失策を列挙して辞職を促すというもので、勿論、すぐに削除されたが、内容はともあれ、そういう声が一瞬といえども上がったことが重要である。
この件に関与したのではないかと、香港ベースの評論家が拘束され、数日で釈放されたという動きがあったことでも、当局は今、下手人をつきとめようと躍起になっていることは確かである。しかし、これを書いている今現在、まだつきとめられたという情報はない。
そしてこの公開書簡は5日の人民代表大会初日の会場の空気を重いものとした。トップの習近平とNO2の李克強首相は一般代表と向かい合う形で最前列正面に並んで座るが、この日は2人とも顔を合わせることを避け、勿論笑顔もなかった。政府活動報告を読み上げる時の李克強はしきりに顔の汗を拭き、習近平は終始むっつりとしていた。この情景を香港のメディアは、書簡を出させたのは自分ではないかと習近平が疑っているのではないかと李克強は怖れ、習近平はまさしくそう思っていたからではないか、と解説した。
そして1日目の議事が終わった時にも参会者の目を奪う場面があった。最高幹部である7人の政治局常務委員は会場では、最前列に習近平を中心に向かって右側に序列2、4,6の3人、左側に3、5、7の3人が並んで座り、会議が終わるとそのままの形で全員が向かって左に進んで議場を出る。ところがこの日は一列にならんで出口に向かっているときに、7人の最後尾にいたNO6 の王岐山が4の俞正声、2の李克強を追い越して、背後から習近平に近づき、習の右肩を叩いて振り向かせ、そのまま何事か言葉を交わしながら議場を出て行ったのである。
なんだそんなことか、と思われるかもしれないが、整然と進行するべき場面で、そして向かい側にはまだ大勢の一般代表が最高幹部の退出を見守っている中で、しかもほんの10秒も待てば会議場から出られるというのに、わざわざそんな行動をとるというのはなにか目的があってのことと見ているほうは受け取る。
この件についての一般的な解説は― 王岐山は反腐敗運動の最高責任者だから、不正を摘発された人々や勢力からは激しく恨まれている。腐敗に手を染めない幹部はまずいない中国では腐敗の摘発を公正に進めることは不可能で、どうしても不公平が生ずる。だから恨みも必然である。そこで王岐山としてはその恨みの矛先が自分にだけ向けられるのは困る。だから自分は習近平と緊密な関係を保って反腐敗を進めているのだというところを、衆人環視(テレビもある)の中で見せたのだ、ということになる。
反腐敗の動きとしては、全人代開幕の前日の4日、かつて東北の吉林省、遼寧省のトップを務め、現在は全人代教育科学文化衛生委員会の副主任という地位にある王珉という幹部が「重大な規律違反」の疑いで王岐山の指揮下にある規律検査委員会の「調査」を受けているという発表があったばかりだった。この場合の調査とはたんに調べるというのではなく、まず「調査」されれば失脚は間違いないところだから、なぜこんな時期にと話題になった。王岐山が衆人環視中で習近平と言葉を交わして見せなければならなかったのは、あるいはそのせいだったかもしれない。
という具合に、今の北京は、庶民は別として、ちょっとした地位にある人間は針が落ちた音にもびくっとするという状況のようである。しかも社会の空気は暗い。その大元は何といっても経済がよくないからで、2月末に政府は生産能力過剰に悩む石炭、鉄鋼の2業種で今後180万人の余剰人員が生まれる(つまり失業者が出る)との見通しを明らかにし、その対策として1000億元(約1兆7000億円)を充てると発表した。しかし、生産設備過剰は石炭、鉄鋼だけではない。造船、セメント、自動車といった業種も同様である。これらから生まれる余剰人員は数百万人に達するだろうが、正確なところはまだわからない。
だから習近平は気が気でない(はずだ)。この難局を乗り切って、安定した「新常態」(成長率6.5%程度)の経済に持ってゆくには、党内の異論を封じなければならないし、社会に不穏な言論が広がるのを断固取り締まらなければならない。習近平はトップ就任以来、ひたすら権力をわが身に集中して独裁者と化してきたと言われる。確かにその通りだが、彼には前任、前前任の胡錦濤、江沢民のように建国の元勲の1人、鄧小平のご指名という錦の御旗はないから、自分の権力は自分で築き上げなければならない。独裁化するのは必然であり、客観条件が悪いだけにより一層それを急がねばならなかったのだと私は思う。
さはさりながら、このところの習近平の言論統制は乱暴に過ぎる。かつての国民党時代、居酒屋などには「莫談国事」(国事談ずるなかれ)という張り紙があって、政治の話はご法度とされていたが、今の中国もそれに近い。だから経済問題とは別に習近平と言論報道界との矛盾も激化している。
2月19日に習近平が思想言論を管轄する劉雲山(序列5位)と連れ立って、新華社、人民日報、中央電視台(テレビ局)を回って、「メディアは党に絶対服従せよ」(中国語ではメディアの「姓」は「党」である)と念を押して回ったのは、それだけ彼も崖っぷちに立っていることを示している。
それに対して、つい3月31日にかねて独自に発言する新聞として知られてきた広東省の「南方都市報」の1人の編集者が「あなた方(共産党)を代弁することはできない」と辞職したというニュースが伝えられた。中国でこういう行動に出ることがどれほどの決意を必要とするかはわれわれの想像を超えるものがあるはずである。
というわけで、今の習近平は独裁の鎧をまといつつも、反腐敗にまつわる党内の怨念の中で、前に経済、後ろに世論という虎と狼に向き合っている。それははっきりしているが、さて今、誰がどう動いているのかとなると、具体的には分からない。この一文に「暗雲兆す?習近平の一人旅」というタイトルをつけたが、その暗雲の具体的な姿形はまだはっきりしていないのだ。しかし、いずれは見えてくるはずなので、兆候が見えたら随時報告することにしたい。(160331)
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〔opinion6007:160404〕
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