体躯のコンプレックス-はみ出し駐在記(追補)
- 2016年 4月 9日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
単身赴任している社長のご家族が、夏休みを利用してニューヨークに遊びに来た。気ままな独身生活を謳歌していた社長を見張りに来たわけでもないだろうが、奥さんと大学生のお嬢さん二人に押しかけられて、事務所にいても心なしか落ち着かない。それを気にしてでもないだろうが、誰かが社長のご家族も一緒に、ビーチでバーベキューパーティをしようと言い出した。家族も含めた懇親会など考えられない事務所に、降ってわいたような、なんともしっくりこない話だった。
事務所は東西に長いロングアイランドのなかほどにあった。そこは田舎ではないが、ニューヨークの郊外の先でExurbと呼ばれるところだった。Exurb、たまに耳にするようになったが、何?と思われる方もいるかもしれない。郊外(Suburb)の先、郊外の延長線の開発途上の宅地のことと思えばいい。
そこは、就学年齢の子供のいる家庭やアウトドアライフを求める駐在員にはいいところだが、そのあたりからマンハッタンから通勤すると毎朝二時間近くかかる。電車で二時間もきついが、高速道路ののろのろ運転の二時間はちょっと耐え難い。東京で生まれ育ったものには、もうしっかり田舎で、そこまで外れれば野兎どころか鹿がでる自然がある。浜辺もきれいな自然のままで人も少ない。
幼稚園も学校も六月に終わって、九月の新学期まで三か月近い夏休みがある。夏休みが長くていいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、子供をもった家庭は、その長い夏休みをどうすごすかに頭を痛める。オヤジが仕事を休めるのは、せいぜい五日間しかない。お母さんだけで、どこになにをといっても限界がある。
上司からロングアイランドのビーチの素晴らしさを聞かされた。マンハッタンの夜遊びなんかより健康的で、よっぽどいい。日本のように込み合ってはいないし、きれいな浜に感動するぞ。それがプライベートビーチではなく、村の公共のビーチだから、。。。上司の口ぶりから、子供の夏休みのイベントも兼ねて、ビーチのバーベキューを言い出したのは上司に違いないと思った。
食い物も飲み物も俺たち(家族持ち)が用意するから、お前たち-独身と応援者は空手でくればいい。ただ特別、これが食いたい、これが飲みたいというのがあれば持ってこい。ビーチだから海パン履いてこいよ。きれいな浜にきれいな海を楽しめる。。。
海パンと言われてちょっとあせった。もう何年も海にはいってないし、そんなもの日本から持ってきていない。それは応援者も同じだった。ニューヨークに出張に行くのに海パンもってというのはいない。上司に海パンと言われて、誰とはなく、買いにゆかなきゃという話になった。週末、みんなでモールに海パンを探しにいった。どれもこれも気の引けるものばかりだった。日本じゃ恥ずかしくて履けない代物しかない。それでも、ないと困るしで、これでしょうがないというものを買った。
バーベキュー当日、上司が料理にこなれた人で奥さんと二人でしきって、ほかの奥さん連中はほとんど手の出しようもない。子供たちと奥さん数人が浜遊びに興じているなかで、オヤジ連中は食べて飲んで世間話をしていた。一通り食べて飲んだら、応援者が海パンになって、奥さんに代わって子供たちの相手を始めた。その遊びの輪のなかに入らなきゃと思うのだが。。。周りをみれば、右にも左にも同じようにバーベキューをしているアメリカ人の家族連れがいる。その先にはこれも同じように水遊びをしている若いアメリカ人や子供たちがいる。見なくても分かっていることなのだが、その人たちを見ると、一歩踏み出す勇気というのか、思い切りが萎えて、ちょっとしたきっかけのようなものがなくなった。
せっかく海パン買ってきたんだからという気持ちと、なんか面倒くさいという言い訳のような気持ちが押し合っていた。面倒くさいという気もちの後ろに、なんとも格好のつかない海パン姿の自分のイメージがある。痩せて洗濯板のような、胸毛など生えようのない薄い胸、痩せぎすでワイヤハンガーのような肩、その上に載ったアンバランスな大きさの頭、長い胴を支えているO脚の短い脚。鏡など見る必要もない。想像しただけでも、がっかりするというのか大文字のコンプレックスがある。
ええーいと開き直ってしまえば、済むことなのだが、開き直る元気がない。そんな自分が恥ずかしいし、情けないのだが、海パンにはなれなかった。歳をとって、それなりに状況に合わせられるようになったが、それでも、もし今同じ状況におかれたら、海パン履いてにはならないと思う。
一般的な日本人では、上半身は胸の厚さが、下半身は脚の長さが欧米人とは比べようがない。脚の長さはまだいいとして、問題は上半身の違いにある。薄い胸は、男の場合、子供のようで頼りない。いってしまえば、「男」じゃないにつながる。一方女性はそれが、たとえコンプレックスを持っているにしても、多くの場合マイナスよりプラスに働く。若くて、おしとやかで、愛らしいといい方にとられる。
アメリカの若い女性、たとえば高校生は、成熟した女性であるように振る舞おうとする。背伸びをしているという訳でもないのだろうが、実際の年齢より上にみせよう、年齢以上の性的な魅力をアピールしよう心がける。男の子も同じように、一人前の「男」として振る舞おうとする。
両者の逆向きの文化というのか嗜好も手伝って、欧米人の目には日本人が若く見える。いっぱしの仕事をしている男性にとって、五歳も十歳も若く見られると、軽く見られているのではないかという心配につながる。一方女性は、多くの女性がそう希望すると想像しているのだが、実年齢より若く見られる。四十に手の届きそうな小柄な女性が二十歳そこそこに間違われるなどということが日常的に起きる。
もういい歳なんだし、いまさら何を気にしてと思うし、開き直りも堂に入ってきたが、いまだに体躯のコンプレックスから抜けきれない。
<長すぎる袖>
短い脚に合わせて切ってしまえばいいだけで、脚が短くてもズボンは問題にはならない。切るのがあまりに長くて、もったいない気はするが、しょうがないで済む。
袖はそう簡単にはゆかない。なんでこんなに腕の長さが違うのかと呆れるのだが、典型的なモンゴロイドの体形で、首回りから合わせると、アメリカのワイシャツの袖は五センチ(二インチ)長い。
ワイシャツやジャケットの袖を摘めて縫い付けると、元のデザインと直し屋の腕なのだろうが、一見して付け直した袖口と分かる格好の悪さがある。ジャケットなら多少金をかけてでも肩の方を摘める方法もあるが、これも直し屋の腕次第なのだろうが、すっきりした肩口にはなかなかならない。
日本にいたときと同じようにサイズの合ったものをと思えば、オーダーにするしかない。ちょっとコストはかかるが、オーダーもピンからキリまでで、ニューヨークなら探せばお手頃のものがみつかる。さすが人種のサラダボール、色々な需要があるのだろう。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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