新訳本の紹介:『 新版 原子力公害-人類の未来を脅かす核と、科学者の倫理と社会的責任 』
- 2016年 4月 19日
- 評論・紹介・意見
- 蔵田計成
『 新版 原子力公害-人類の未来を脅かす核と、科学者の倫理と社会的責任 』
タンプリン、ゴフマン共著、新訳・河宮信郎、明石書店、本体価格4600 円
◇ 推薦、必読! 非核・反原発に関する「20世紀最高の名著」
放射線被曝の危険性、低線量被曝論、非核・反原発論の根拠、思想、科学技術論、原発神話のカラクリ・虚構・欺瞞の暴露などが、一般読者にも分かりやすく、読みやすく、いまも鮮やかに、この一冊にすべて凝縮されている、といっても決して過言ではない。たとえば、喫煙者の被曝影響は「10倍」も高く、食品添加物さえも潜在的、複合的汚染物質であると断言している。これまで多くの関連著作が世に送り出されたが、初期の核開発時代にアメリカ国立研究機関の中枢(副所長)に在籍した著者達が、生命体の被曝危険性に対して、早くから、しかもこれほどまでに根底的で全面的に問題点をえぐりだし、警告を発した著作は、時代を超えていまなお異彩を放っている。また、公衆の年間被曝線量基準「0.1mSv」を宣言した欧州放射線リスク委員会(ECRR)の被曝防護理念の原典と思われる。
下記は、訳者河宮信郎さんの前書きと、小出裕章さん推薦文である。
(蔵田計成 ゴフマン研究会所属)
◇ 推薦文(帯書き)小出裕章
★ 核=原子力利用による放射能汚染に警鐘を鳴らす本書は、半世紀前に書かれた。残念ながら福島第1原子力発電所事故を経た今、その警鐘がますます正しいことが示されてしまった。正しい認識は時を越えて色褪せないことに驚く。河宮信郎さんによる新訳で輝きを増した本書が、ひとりでも多くの読者に届くことをわたしは願う。
◇ 訳者・河宮信郎前書き
★ チェルノブイリとフクシマの惨害を経験した我々のまえに、本書すなわち、核開発に直接関わっていた著者たちの内部報告は、核・原発国家の最深部を赤裸々に明かしている。今日それがほとんど新鮮に響くのは、現在の日本も終末期のソ連も、1960年代のアメリカと変わらぬ旧態―核を巡る国家の悪―を帯しているためであろう。 しかし、核に関わる「国家の悪」とはなにか。それは、〝人類と地球環境の放射能汚染を際限なく高める〟ことである。軍事利用・平和利用を問わず、「利用」された核物質はそのまま核廃棄物になる。しかも、もとのウラン1トンが、何十トン、何百トンもの高レベル廃棄物を生み出す。どこにどう隠しても、核廃棄物は自力で環境中に押し出してきて、容赦なく放射線を放射し続ける。
★ 本書は、なによりも核時代の形成期における「核と国家」の内奥を明かす渾身の証言である。しかし、本書の最も重要かつ特異な貢献は、米国原子力委員会の「プラウシェア核爆発計画」を断念させたことである。プラウシェア(鍬の刃)計画とはなにかというと、その第一弾が第2パナマ運河を100メガトンの核爆発を用いて一挙に開削するプランであった。これを突破口に、何百発、何千発もの核爆発を利して、アメリカ大陸や地球全体を息もつがせぬ大規模開発のサイクロンに引き込むという超巨大プロジェクトであった。 なぜ、この想像を絶する暴挙が、原子力委員会の至上の目標になったのか。グレン・シーボーグAEC委員長や彼の盟友エドワード・テラー博士らは、核物理学の超エリートであり、さらに原水爆開発の立役者として絶大な権力を掌中にしていた。 彼ら核の最高権威たちにとって、原子力は「至高の善」であり、その真価を全面的に発揮することこそ自分たちの使命であると思われた。そして彼らの理論的な確信にもとづけば、核パワーの本領は「核爆発」にあった。核爆発は、原発の遅々たる核連鎖反応よりも、はるかに安価で強力だというのである。ともかく彼らは、熱烈な使命感をもって「何千発もの核爆発」による大規模な「社会開発」―おそらく人類史的な破局をもたらす暴挙―に勇躍踏み出そうとしていた。
★ ところが、原子力委員会の行く手を阻む厚い壁が現れた。放射能被曝に対する民衆の恐怖と警戒心である。とくに1962年に、ネバダ州のモハーベ砂漠で大気圏内の核爆発実験を繰り返したのは致命的であった。風下に当たるコロラド州で広範かつ深刻な被曝被害が生じていた。アメリカ人は、ヒロシマ・ナガサキの被爆者にもビキニ環礁での水爆実験による被害者にも無関心であったが、さすがに国内で生じた、農業・酪農業の被曝被害、汚染牛乳による乳幼児の甲状腺ガン、ウラン採鉱夫を襲った肺ガン死などに頬かむりを決め込むことはできなかった。
★ 原子力委員会は、核に関する全知全能を気取ってすべてを取り仕切ってきたが、突然被告席、それも「電気椅子」に座らされた。1963年春のことである。しかし、こんなことで同委員会の本願たるプラウシェア計画をあきらめるわけにはいかない。彼らは、失われた信用を取り戻すために、〝放射線の影響を徹底的に調べ、市民のための放射線防護に万全を期す〟(というポーズをとる)ことにした。 原子力委員会は「安全志向スタンス」を完璧なものに見せかけるために、核物理学のみならず放射線医学・心臓医学の卓越した研究者であるジョン・ゴフマンと共同研究者にふさわしいアーサー・タンプリンを招いて、ローレンス研究所に生物学・医学部門を設立した。原子力委員会はこの新設の研究部門に、プラウシェア計画がもたらすであろう被曝影響を〝科学的に解明する〟ように依頼した。しかし内心では、この研究部門が「生物医学的にみてプラウシェア計画は安全である」という太鼓判を押してくれると期待していたと思われる。実際、それが容易に叶うと彼らは軽信していたのである。
★ ゴフマンとタンプリンは、原子力委員会の依頼をあえて額面通りに受け取り、プラウシェア計画に伴う放射線リスクを徹底的に解明しようという決意のもとに、生物学・医学部門を開設した。彼らは、原子力委員会の思惑にかまわず、「被曝リスクの全面的な解明」がアメリカ国民の健康と安全にとって必須の重要事だと考えたのである。 ところが、ゴフマンらの研究は〝原子力委員会とプラウシェア計画に免罪符を出す〟ことではなく、〝計画に伴う被曝リスクを徹頭徹尾科学的に推計する〟ことに向けられた。驚愕した原子力委員会は、著者たちに激烈な弾圧と報復の斧を振るった。研究予算の大削減に始まり、減給、出張旅費の凍結、研究成果の検閲や発表禁止、ついにはタイピスト(当時は必須要員だった)まで含む研究要員の剥奪などである。
★ 本書は、ゴフマンとタンプリンが、生物学・医学部門が機能していた間に蓄積した研究成果を集約し、同時に原子力委員会の研究抑圧や関連諸機関における科学無視の欺瞞性を記録したものである。原子力委員会は、本書の著者に激烈な誹謗と中傷を浴びせたが、研究内容自体に踏み込んで〝反証を企てる〟ことは避けた。これを覆すのは無理だと認識するだけの判断力はもっていたのである。
★ 原子力委員会は、ゴフマンとタンプリンを退職のやむなきに追い込み、生物学・医学部門を解体したものの、積極的に「プラウシェア計画の安全性」を立証することをあきらめた。こうして、この巨大計画がいつの間にか沙汰止みになった。これはまさしく、本書に結実した被曝リスク評価の力によるものといえよう。 結局、我々はゴフマンらのおかげで大量・重度被曝の破局を免れたのだが、その成果に安住して彼らの功績をきれいに忘れてしまった。
★ ところが、その隙を衝いて、原発が原子力平和利用の主役になり、1970年代以降急速に発展した。 もちろん、タンプリンとゴフマンは、原発の危険性、原発技術の未熟さにも厳しい警告を発していた。たとえば、出力100万キロワットの原発が1年稼働すると、100メガトンの爆発に相当する核廃棄物が生じる。これは、処理も処分もできず、何千年何万年もひたすら保管し続けなければならない。「原理的な欠陥を放置して原発を実用に供することは許されない」として、本書の著者らは、「原発開発への5年間モラトリアム」を提案した。 原子力委員会は、激昂してそれをはねつけたものの、〝積極的に安全性を立証する〟ということに成算を失ったように思われる。そこで彼らは〝安全性の立証〟を目指す代わりに、〝危険性が想定できない〟とか〝安全性を想定できる〟と触れ回る作戦に転じた。 原子力委員会は、プラウシェア計画の際に、安全性の立証が容易にできると過信して、ゴフマンらに権威あるお墨付きを出させようとした。ところが、反対に〝高度の危険性〟が立証されてしまった。
★ これ以降、原発安全神話の神殿は、「危険性を確認・立証できない」ことを大黒柱にして築造されている。各階層は一見些細な技術的な条項のように見える。 たとえば、低線量被曝に関して「放射線の専門家」は厳かに「影響は観察されない:no effect observed」と宣言する。これは「影響が存在しない:no effect!」ということではまったくないが、そういう印象を与える言説である。この言説は、単に、観察の能力・精度の不足、過少なサンプル量や観察期間の不足などの結果として成立する。大集団・世代をまたぐ長期の観察が行われると、あらゆる被曝影響が観察可能(observable)になる。それを怠るかぎりで、晩発性で低確率の被曝影響が観察不能になるのである。 本書は放射線の危険性を網羅的に記述している。自然放射線自体が危険であること、それと同レベルの人工放射線も危険であること、被曝線量がある値以下だと被害ゼロという「安全しきい値」は存在しないこと、年々の被曝線量が蓄積された集積線量が被曝疾患を引き起こすこと、遺伝子の被曝損傷は不可逆で修復不能であること、胎児・乳幼児や若年者の被曝感受性が成人の数十倍に達すること、などなど。 原子炉の核爆発も、冷却材喪失事故も、格納容器や建屋の水蒸気爆発や水素爆発も、すべて想定不適切(incredible)であるとされ、特段の対策を欠いたまま原子炉が造られた。そして、すべての事故が実際に発生した。
★ ただし、本書は被曝発ガン以外の被曝疾患については触れていない。この点は、とくにチェルノブイリ事故に関して、心疾患や免疫力低下などが発ガンを上回るほど激しく広範な被曝疾患としてクローズアップされた。しかし、これらの現地研究者の報告や被害の報道記事を、政府機関や国際機関は積極的に抑圧したり、否認したり、「未確認」と注釈したり、などでやり過ごそうとしている。例の「no effect observed: 影響不明」という伝家の宝刀をひたすら振り回している。
★ ゴフマンとタンプリンは、自己利害のために科学を歪めて恥じない「専門家」より、知性ある市民のほうが科学的な知識・判断力をより確実に獲得しうると信じ、実際にそれを実践するのに必要な科学知識を克明に集め、体系的にまとめあげた。このことは本書を読めばすぐにわかる。「専門家」たちはこの種の本を読まないか、せっかく読んでもその知識を活用できない。内容が自分に不都合だからである。
★ 放射線は、遺伝子の損傷(切断、欠失、誤修復、その他)という形で生命活動の根幹を非可逆的に傷害する。したがって、この問題を回避しないと、核開発・原発利用の正当化はできない。最も一般的な迂回方法は「科学技術進歩」が普遍的で至高の価値であるという「虎の威」を借りることであろう。科学技術信仰、さらには科学技術の「専門家」が全知全能 (omniscient)の存在であるという賞賛のもとに身を寄せれば、核技術のおぞましさを容易に隠すことができる。そして逆に、(過剰に)巨大な核パワーこそ科学技術の偉大な成果だと言いくるめることもできる。
★ アメリカ原子力委員会は、核・原発を正当化するためのあらゆる弥縫策を編みだした元祖であり、現代の諸公的機関はその忠実な弟子である。その意味で、本書は、原発関連機関の最新のごまかし手法を動機もろとも種明かししている。これもまた「古典の新しさ」の一端といえよう。
★著者紹介:アーサー・R・タンプリン Arthur R. Tamplin (1926~2007) カリフォルニア大学バークレイ校を卒業し、生化学の学士号、生物物理学の Ph.D.を得た。ランドコーポレーションで宇宙開発に携わったのち、ローレンス研究所の生物学医学部門のグループリーダーに就任。核爆発で生成された放射性核主が環境中に拡散し、最終的に人体に蓄積するメカニズムを解明する責任を担った。またその放射能が人体にいかなる影響を及ぼすかを追究した。本書の他にも、Poisoned Power: The Case Against Nuclear Power Plant (1979、ゴフマンとの共著)、Radiation Standards for Hot Particles (1974)、核実験降下物の危険性についての著書数冊などがある。放射線の毒性を漏れなく把えようとする彼の研究スタンスが貴重である。
★著者紹介:ジョン・W・ゴフマン John W. Gofman (1918~2007) カリフォルニア大学バークレイ校で核物理化学の Ph.D.を得、サンフランシスコ校で、M.D.(医学博士号)を得た。1963~69年の間ローレンス研究所の副所長を勤め、バークレイ校の医学物理学の教授に就任した。研究分野は多岐にわたり、核物理学(新元素発見や同位体研究など)、放射線化学、高分子、リポタンパク、冠動脈疾患、動脈硬化、放射線生物学、X線分析、染色体とガン、放射線傷害などである。本書以外にも『人間と放射線』ほか多数の放射線関係書を著している。心疾患に関する専門書も少なくない。核・放射線・遺伝子・ガン・心臓医学に通暁した碩学である。『低線量の放射線被曝による発ガン』(1992)など低線量被曝の危険性解明によりライトライブリフッド賞(1992)を授与された。
★訳者紹介:河宮信郎(かわみや のぶお)、1939年(昭和14年)広島県呉市生、大阪府立三国丘高校卒、東京大学教養学部入学、1960年6/15の後教養学部自治会委員長に就く、東京大学工学部卒・同修士課程修了(1963年)、名古屋大学工学部助手、金属物理学、固体物理学史、科学技術論の研究に従事、工学博士、中京大学に移籍(1986年)、教養部、後経済学部教授(科学技術論、環境科学、環境経済学)、2009年退職(中京大学名誉教授)。エントロピー学会創設に参加、著書に『エントロピーと工業社会の選択』海鳴社、『必然の選択』海鳴社、『成長停滞から定常経済へ』中京大学経済研究所、など。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6041:160419〕
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