楠木勢対足利勢――古賀報告を理解するために
- 2016年 4月 29日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
専修大学(神田)5号館において4月23日(土)合澤氏主催現代史研究会が開かれた。論題は「北一輝」、論者は古賀暹(元『情況』編集長)。
報告者古賀氏は、従来北一輝が超国家主義者として主に論じられて来た所に不満である。とは言え、改造された日本の「將来の新領土」にオーストラリアと極東シベリアを当然のように算入しているのを『日本改造法案大綱』に読むと、国家主義者を越えた超国家主義者である事は否認できない。
さて、古賀暹氏は、主著『北一輝 革命思想として読む』(御茶の水書房、2014年6月)の末尾に「北の理論と行動というものは、明治維新による日本の近代革命を受け継いだものであり、その精神を社会主義という未来に向けて接続しようと試みたものであると言えよう。」(p.444)と結論している。
維新運動(昭和維新、平成維新)家達の世界では知る人ぞ知る故中村武彦氏の著作を読むと、古賀氏の結論と全く同じことが書かれている。中村氏達の昭和維新運動は、昭和8年(1933年)の神兵隊事件である。事前に官憲によって一網打尽にされたが故に、昭和7年(1932年)の五・一五事件、昭和11年(1936年)の二・二六事件のように広く知られていない。当時23歳であった中村氏は、國學院の学生であって、神兵隊の戦闘要員であった。岩国の人静龍軒盛俊作の刀をもって、警視庁三階、総監室と首脳部に突撃する予定であった。
そもそも神兵隊事件とは何であったか。検察の「予審終結決定書」によれば、以下の如し。「・・・・・・帝国憲法ヲ初メ・・・・・・根本的制度組織機構一切ヲ基本的ニ改廃シ、仍テ惟神日本本来ノ一君万民・・・・・・、神武肇国ノ皇政ニ復古シ、・・・・・・其意図実現ノ為メ、内閣総理大臣官邸ニ於ケル閣議会催時ヲ期シ、・・・・・・同志海軍中佐山口三郎担当ノ空中部隊ニ依リテ内閣総理大臣官邸及警視庁ニ対スル軍用飛行機ニ依ル実爆弾投下ノ空襲ヲ行ヒ、之ヲ合図ニ被告人前田虎雄ヲ総指揮者トシテ・・・・・・、武装決死隊多数ヲ以テ、隊伍ヲ組ミ各部署ヲ定メテ内閣総理大臣官邸、警視庁、内大臣牧野伸顕、海軍大臣山本権兵衛、立憲政友会総裁鈴木喜三郎、立憲民政党総裁若槻礼次郎等ノ各官私邸、立憲政友会本部、立憲民政党本部、大衆党本部、日本勧業銀行等ヲ襲撃放火シ、内閣総理大臣斉藤実以下各国務大臣全部、内大臣牧野伸顕、警視総監藤沼庄平、海軍大將山本権兵衛、政党首領鈴木喜三郎、同若槻礼次郎等ヲ一挙ニ殺戮シ、警視庁、日本勧業銀行等ヲ占拠シテ・・・・・・。」(『維新は幻か-わが残夢猶迷録』いれぶん出版、平成6年pp.79-80)総理官邸を空爆とは!山口中佐は獄死。
かかる神兵隊員であった中村氏が2.26事件と北一輝について書いている寸評を紹介する。2年ぶりに娑婆に出された中村氏は、常尾行の特高から2.26事件の勃発を知らされる。
「東京へ連絡してみると、みな無事、神兵隊で拘留された者は一人もいない。そもそも今回の蹶起将校は、北一輝、西田税の系統で、神兵隊の系統とは維新陣営内部でも反対の立場にあり、計画成就の暁は我々神兵隊関係者は粛清の対象にされる筈だったという。」(p.85)「鹿子木員信博士を訪問したのは三月の中旬であったが、初対面の先生は、・・・・・・、神兵隊事件の意義を客観的に解説され、2.26事件とは本質的に違う、同じ反北条ではあっても、神兵隊は楠木勢であり、2.26は足利勢だときっぱり決めつけられ、私どもに慎重であれ、勉強せよと強く激励された。」(p.86)
若き中村氏は、神兵隊事件の総大將「天野辰夫先生」に2.26事件以前に会って、こう言われている。「神兵隊は軍の派閥争いに絶対に巻き込まれてはならぬこと。私が北一輝氏について質問すると、彼の民主革命思想は我々と絶対に相容れぬと断言された。」(『私の昭和史 戦争と国家革新運動の回想』展転社 平成17年、p.64)
また、中村氏は、昭和7年、5.15事件の後に2回北と西田に会っている。
「両氏の考えていたことは日本の社会主義革命であって維新ではなく、天皇は革命に利用価値ある機関にすぎず、現人神でも統治権の主体でもない。・・・・・・。そのような思想から見れば、・・・国体奉護を誓う者たちとは相容れるべくもない。そう思いながらも両氏が青年将校たちに遅れること一年、同じく死刑に処せられたと聞いて、私は滂沱として流れる涙をどうすることも出来なかったのである。」(pp.83-84)
(上記引用文中、強調太字部分は岩田)
最後に一言。今回の現代史研究会の会場は、いつもの明治大学ではなく、専修大学になっていた。奇しくも、専修大学の今村法律研究室は、五・一五事件や神兵隊事件の訴訟記録の蓄積・出版で知られている。
以上、古賀暹氏の立論を理解する為に、合澤清氏の要請に従って、ここに紹介する。
平成28年4月29日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6061:160429〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。