パナマ文書が示す納税回避の実態(簡単なまとめ)=税金を納めるべき企業や富裕層が税を逃れ、その結果、足りなくなった税収は消費税という大衆課税で吸い上げる今日の日本の税制度
- 2016年 5月 20日
- 評論・紹介・意見
- 田中一郎
みなさまご承知の通り、去る5月10日、「国際調査報道ジャーナリスト連合」(IC
IJ)は、タックスヘイブン(租税回避地・オフショア)を使った課税逃れの実態を
暴露した「パナマ文書」に含まれる約2万4000法人と関連する約36万件の個人名など
をウェブサイトに発表しました。以下、この「パナマ文書」が暴露した大企業や富裕
層、それに政治家や官僚達の納税回避行為等の実態と、タックスヘイブンについて、
私見も交えて簡単に整理しておきます(現段階)。また、参考となるレポートやマス
コミ報道もご紹介したいと思います。
(1)パナマ文書 法人名公開、税逃れ防止 仕組み次々(朝日 2016.5.11)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12349918.html
(2)パナマ文書、中国2.8万件、21万社公開 日本関連800件(毎日 2016.5.11)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160511-00000005-mai-int
(3)パナマ文書、日本と租税回避地の関わり 解明できるか(東京 2016.5.11)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201604/CK2016042702000126.html
(4)パナマ文書入手、調査報道の地から示す:独紙記者に聞く(毎日 2016.5.9)
http://www.ngo.ne.jp/modules/NGOnews/index.php?page=clipping&clipping_id=764
59
(5)パナマ文書が浮き彫りにしたオフショア・ヘイブンの秘密世界(合田實『世界
2016.6』)
https://www.iwanami.co.jp/sekai/
(6)米大企業66%が「本社」、国内「タックスヘイブン」デラウェア州(朝日
2016.5.10)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12348116.html
(7)パナマ文書 実名公開「日本人230人」リスト(『週刊文春 2016.5.19』)
http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun/blomaga/ar1025431
(8)ファイザーとパナマ文書の地下茎(日経ビジネス 2016.4.18)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/world/041300154/?ST=pc
1.タックスヘイブンとは(TAX HAVEN)
言葉の意味は「納税を避けて逃げ込む港・避難所」という意味(ヘイブンは「He
aven」(天国:ヘブン)ではなくて「Haven」(港・避難所:ヘイブン)で
す)ですが、実態はそれだけにとどまりません。タックスヘイブンの重要な基本的性
格は、(1)情報非公開(秘密主義)、(2)無規制(やりたい放題)、(3)納税
回避(合法・非合法)の3つです。岩波新書『タックス・ヘイブン:逃げていく税
金』をお書きになった志賀櫻氏(故人・元大蔵省官僚)によれば、タックスヘイブン
の最も重大なポイントは「秘密主義」にあるそうです。
●志賀櫻氏の著書
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/List?cnt=1&mode=speed&spKeyword=%8E%75%89%EA%9
F%4E&pageNumber=0&totalCnt=14&dispCnt=20&target=1&button=btnSpeed
(志賀櫻氏は元大蔵省の幹部官僚で国際税務の実務に長年携わり、タックスヘイブン
やオフショア市場などを含む日本のみならず欧米の税制や金融市場に詳しい方でし
た。岩波新書2冊(上記)をお書きになって以降も精力的に現在の税制のおかしさを
世に訴えておられましたが、先般、急逝されたそうです。どうもそのなくなり方がお
かしいように感じます。まさか・・・・???:田中一郎)
タックスヘイブンと言えば、ケイマン諸島などの海外の島しょ国などを思い浮かべ
ますが、実はタックスヘイブンはそれだけではなく、ルクセンブルクやシンガポー
ル、香港やアイルランドやオランダやスイス、そして米国のいくつかの州(デラウェ
ア州やネバダ、ワイオミング、サウスダコタの各州)などもタックスヘイブンと言わ
れます。そして、少し前のルクセンブルグ政府当局が自国所在の企業に税法上の便宜
を図っていたことが発覚して大問題となりましたが、その様子を垣間見るに、タック
スヘイブンと言われる国の政府=つまりは政治家や官僚たちが大企業や富裕層・資産
家たちとグルになって、彼らの納税回避行為や脱税に便宜を図るという本末転倒の事
態が世界で蔓延しつつあるのです。許しがたいことです。もちろん、日本だけが例外
だなどとは考えない方がいいでしょう。著名な裁判となった武富士の息子の相続税納
税回避裁判で、この国の最高裁はその納税回避行為を認める判決を出すような国です
から。
(関連)欧州委、米マクドナルドを調査 ルクセンブルクで税優遇疑い
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H6E_T01C15A2FF2000/
2.タックスヘイブンの利用のされ方(主なモノ4つ)
私の認識では下記の4つがその典型事例です。他にもあればご教授ください。まさ
に「悪の巣窟」(Crime Hotbed)です。
(1)金融商品組成場(主として、金融規制逃れ+資産運用秘密確保(非連結化な
ど)+源泉税回避が目的 ⇒ 国際金融税務において源泉税は非常に重要(後述)
(2)多国籍企業など、主として大企業の納税回避のための逃げ場所(法人税その他
の法人向け課税回避)
(3)富裕層・資産家の資産の隠し場所(所得税回避のみならず、相続税・贈与税回
避が巨額=個人の国籍や住居地詐称、あるいは非居住者優遇税制利用もセット)
(4)マネーロンダリング(マネロン:資金洗浄)(サラ金などの暴力団・ヤミ勢力
のみならず各国情報機関や反政府暴力組織なども利用)
(説明1)金融商品組成場
外国人(外国法人を含む)どうしが外国で金融取引をする場合は「外外取引」と言
われ、基本的に金融規制がかからず(従っていわゆるディスクロ義務がなくなり情報
非公開が可能になります:但し「通貨主権」はあります=各国通貨の最終決済(尻)
は通貨発行国の銀行等で行われますので、それを活用した最小限の「規制」は可
能)、かつ取引に伴う源泉税もかかりません。その「外外取引」の場所を自国の金融
市場に持ってきたのが「オフショア市場」で、いわば「国際金融特区」のようなもの
です。しかし、市場のある場所の政府当局の規制や課税はかからなくても、取引当事
者の母国はこのオフショア取引に規制をかけたり、その収益に法人税等を課税したり
するかもしれません。それを回避するために、取引当事者も本店や居住地をタックス
ヘイブンに置き、あらゆる規制や課税を回避しようとします。タックスヘイブンとオ
フショア市場とは同義ではありませんが、取引当事者にとっては非常によく似たメ
リットがあるので、ほぼ同じものとして認識されます。
(説明2)金融取引にかかる国際税務における源泉税の重要性
源泉税は所得(給与・報酬・利子・配当・公的年金等)が発生したその時・その場
所で、支払者が源泉税分相当額だけを天引きして受取者(所得者)に支払い、受取者
に代わって納税をする仕組みのこと。国際税務では、かつてはオフショア市場での投
資を除き、非居住者が国内へ向けて金融投資(直接投資=実物投資以外)をする場合
には、原則として源泉税が課されていました。しかし、まもなく金融投資への非居住
者優遇制度が欧米や日本などで一般化し、今日では金融投資に源泉税は課されなく
なっているのではないかと思われます(未確認)。また、タックスヘイブンは、こう
した源泉税課税を回避する手段として、金融商品を組成する必要不可欠のものとして
活用されています。
(説明3)
タックスヘイブンで蘇生される金融商品は、信託勘定、SPC(ペーパーカンパ
ニー:原則として法人格あり)、組合(パートナーシップ:原則として法人格なし)
などの形で蘇生され、その株主にはチャリティ・ファンド(慈善事業用の名目)など
が利用されます。チャリティ・ファンドの利用は、万が一、課税当局の手が及んでも
課税を回避するためのものであり、かつ真の所有者・資産支配者を隠蔽するため(法
人ならばこれにより非連結にできる)と考えられます。通常SPCには法人格があ
り、従って課税される主体となるけれど、信託勘定や組合には通常は法人格がなく、
従って課税される主体にはならずに組合員(信託なら受益者)個々人に課税が及ぶ仕
組みになっています。前者を「ペイスルー」と言い、後者を「パススルー」といいま
す。リーマンショックの際に問題となった「SIV」 (Structured Investment Vehicle, 投資目的の非連結特別目的会社)や投資会社なども、このような「金融商
品」として組織されています。
組合組成についておかしな点を申し上げておきますと、たとえば日本の匿名組合
(商法)には有限責任社員と無限責任社員が必要ですが、その無限責任社員に有限責
任の株式会社(SPC)などを使うことがほとんどです。無限責任社員の必要性につ
いては申し上げるまでもないでしょう。そういう社員がいるからこそ「組合」という
組織が合法化されているわけで、それをこんなやり方で法が定めた規制を尻抜けして
させているのなら、「組合」の法規制が無意味となります(組合の無限責任社員には
株式会社のような有限責任組織はなれないように法規制すればいい)。それから有限
責任社員も、幾重ものタックスヘイブン所在のペーパーカンパニーや組合、信託など
を経由させ、実質的な所有者をわからなくさせた状態で、課税や金融規制が回避でき
る仕組みが創り上げられています。
(説明4)マネロン・ツールとしてのタックスヘイブン
「パナマ文書が明らかにしたことは、まず第一に政治家、富裕者、高級官僚が税を逃
れるために、税のかからないオフショアに秘密裏に資金を蓄えたことである。しかし
パナマ文書が明るみに出したことはそれだけではない。麻薬取引や武器の密輸など不
法取引で得たカネを資金洗浄したり、不法国家に対する国際的制裁の抜け道や、テロ
資金の通り道を提供するなど、重大な犯罪行為や違法行為に長年加担していた事実を
も明らかにしている。」(上記(5)パナマ文書が浮き彫りにしたオフショア・ヘイ
ブンの秘密世界(合田實『世界 2016.6』)より)(ちなみにこの合田氏のレポート
は非常に重要で、タックスヘイブンの問題をコンパクトにまとめた優れた著作です。
必読ですので、みなさまも岩波月刊誌『世界』(2016年6月号)をお求めになり、是
非ご覧ください)
3.「パナマ文書」の概要とタックスヘイブンに隠れる資産、そして納税回避推定金
額(報道から)
過去40年間にわたる記録・文書類約1,150万点、データ量=26テラバイト、リスト
に出ていたペーパーカンパニー(背後に実在の法人名・個人名)は延べ21万4000社、
うち日本は約800社。ただ、楽天の三木谷のように、住所をシンガポールにして登録
している場合もあるなど、法人や個人の所在地・居住地については、その真偽のほど
は定かではありません。これは法人税・所得税のみならず、相続税や贈与税などにつ
いても納税回避のため、所在地・居住地の詐称、あるいは国外在住による税法上のメ
リット享受が活発になされていることを示しています(このことは、少し前の武富士
の息子にかかる相続税納税回避裁判でも明るみに出ていました)。
(参考)贈与税として1330億円を追徴課税されましたが、最高裁の判決で、40
0億円の利子を付けて、返してもらうことになりました|贈与税で得をする方法
http://www.gifttax.jp/news/000066.html
調査報道を担った「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)では、「パナ
マ文書」のすべてを公開する予定はないとしています。特に、上記で申し上げたマ
ネーロンダリング(マネロン:資金洗浄)関連の情報については、その取扱いが非常
に危険なので(暗殺される可能性あり)、これからのICIJの対応が注目されま
す。また、ICIJには、各国の課税当局から情報提供の依頼が殺到しているようで
すが、ICIJはこれに応ずる様子はありません。あくまでも情報源秘匿の調査報道
ジャーナリズムとして情報公開する姿勢です。
もちろん、この「パナマ文書」が今回明らかにしたタックスヘイブンの利用状況
は、まさに「氷山の一角」です。伝えられるところでは、タックスヘイブンに蓄えら
れている金融資産の総額は21兆ドル~32兆ドル(2300兆円~3500兆円:2010年 BY
「NGO 税公正ネットワーク」)にもなるとのこと。この数字をもとにして日本に
おける納税回避額を試算すると下記のとおりです。世界全体に占める日本の法人や個
人の金融資産支配金額は全体の20%、推定利益率を5%、法人税率(又は所得税率)
を30%と仮定しました。
MAX(最大):3500兆円×20%=約700兆円 ×5%×30%=10.5兆円
MIN(最小):2300兆円×20%=約450兆円 ×5%×30%= 6.9兆円
つまり、毎年、7兆円~11兆円くらいの法人税または所得税の納付漏れ(リーク)
が起きているということになります。更に、これに相続税・贈与税を加算しますと、
恐らく20兆円近い税金が大企業や富裕層・資産家たちにより納税回避されているので
はないかと推測されます。恐るべき金額と言っていいでしょう(法人税や所得税は、
資産が生み出す「果実」(利益や所得)に対して税金がかかりますが、相続税や贈与
税は資産そのもの全額に対して税金がかかります。その決定的な違いは重要です。経
済評論家の森永卓郎氏は、少し前ですが、日本で相続税・贈与税に対してきちんと課
税すれば、年間数十兆円の税収増が見込まれ、日本の財政再建などはすぐにできると
発言していました)。私たち貧しき一般の有権者・国民・市民は、こんな状態が放置
されたまま、消費税など納税する気にもなれません。しかも、その消費税増税の大半
は法人税減税や自動車関連の減税の原資として消えていくのです。
それから、今回の「パナマ文書」では、最も名前が多かったのが中国だと言われて
います。中国では、香港などに所在する会計事務所その他が、中国国内の権力者や資
産家(大半は中国共産党関係者)の海外への資産隠しをコンサルし、斡旋している様
子で、そのこと自体が社会主義国である中国と、その一党独裁支配者=中国共産党の
腐敗・堕落を示しています。中共トップの習近平氏の名前まで出てきますので、事態
は容易ならざるものがあり、中国国内では「パナマ文書」関連の報道はインターネッ
トも含めてご法度のようです(インターネットの反体制的情報の遮断を中国で手伝っ
ているのも、マイクロソフトやグーグルなどのタックスヘイブン利用巨大IT企業群
のようです)。
●習近平政権に痛恨の一撃 パナマ文書は中国経済の時限爆弾
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/179369
4.日本での「パナマ文書」報道のおかしさ
日本でも「パナマ文書」の概要が伝えられ始めましたが、全般的に新聞や雑誌が比
較的熱心なのに対してテレビ報道がNHKも含めて全くダメ状態です。何をバカなこ
とをしゃべっているのかという、くだらないコメンテーターの解説までついて、テレ
ビ報道は納税回避者の実態暴露に消極的であるどころか、ウソ偽りの報道を繰り返し
ていると言っても過言ではありません。
(おかしいぞ1)「法的に問題なし」
この言葉はテレビのみならず新聞・雑誌も含めて、必ずと言っていいほど「パナマ
文書」報道の中で出てきて、しかも何度も繰り返されます。しかし、「パナマ文書」
は現段階では文書の中にあった「名前」だけをリストとして公表しただけで、その詳
しい取引の内容までを詳細に公表したわけではありません。中にはマネーロンダリン
グがらみもあると推測されます。ですから「法的に問題があるかないか」など、わか
らないのです。にもかかわらず「法的に問題なし」を繰り返すのは、いったい何故な
のか? 誰に言われて誰をかばっているのでしょうか? ひょっとしてテレビ番組の
スポンサー企業や新聞・雑誌の広告企業(及びその関係者個人)に、またぞろの「忖
度」型媚びへつらい行為をしているのではないのかな?
(おかしいぞ2)「ビジネスが目的です」
「パナマというタックスヘイブンを利用したのは納税回避が目的ではなくビジネス目
的です」などと、「パナマ文書」に名前が出た企業が口々に説明しているのがコレで
す。しかし、およそ会社というものはビジネスを目的として存在しているのですから
「ビジネス目的です」などという説明は、「私たちは会社です」と言っていることと
同じでしょう。かような無内容な説明をマスコミの記者たちは、何の疑問も異議も発
せずに記者会見で聞いて、それをそのまま垂れ流し報道しているのでしょうか? 問
題は、何を目的にしてタックスヘイブンであるパナマを利用したのかです。当事者企
業に説明らしい説明をさせるのがマスコミの仕事です。
5.(おかしいぞ3)政府は「やる気なし」
「パナマ文書」発覚直後の記者会見では菅義偉官房長官は、「パナマ文書」につい
て日本政府は調査もしなければ言及もしないなどと、知らぬ存ぜぬ、見ざる聞かざる
言わざる、を決め込もうとしていました。しかしその後、米国、欧州がそれぞれタッ
クスヘイブンに対して厳しい規制を直ちに実施する、「パナマ文書」を詳しく調査す
る、今後もタックスヘイブンへの規制強化を各国協調して実施するなどの対応を開
始、それを反映してOECDなどの国際機関やG20などでもタックスヘイブン規制
強化の動きが報じられるようになりました。
それを見てあせったのでしょう。日本政府・自民党は前言を翻し、「パナマ文書」
について税法上問題があれば調査するだの(菅義偉官房長官)、国際的な脱税防止に
積極的に取り組むだの(麻生財務相)、一部の富裕層や企業の税逃れを戒め(いまし
め)ていく方向は正しい(石原伸晃経済再生相)などと言い始めました。「やる気な
し」の評論家稼業と見ておいていいでしょう。今般の「パナマ文書」には、自民党政
治家の名前は出ていないようなので、こうした呑気な稼業で済ませているのでしょう
が、そもそも政治家として税制の問題をきちんと正す姿勢が日本の政治家たちに見ら
れないというのは、いかにも嘆かわしいことと言わざるを得ません。かような政治家
たちを選挙で選出している日本の有権者・国民・市民にも問題がありそうです。
(参考)別添PDFファイル(8)ファイザーとパナマ文書の地下茎(日経ビジネス
2016.4.18)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/world/041300154/?ST=pc
(一部抜粋)
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政府の規制強化で、米製薬大手ファイザーは同業アラガンに対する買収計画を撤回し
た。 一方、今回流出したパナマ文書は、企業や富裕層が節税にいそしむ現状を白日
の下にさらした。 租税を巡る政府と企業のいたちごっこ、その後に残るのは複雑な
規制と格差の拡大だろう。
国家の逆襲が始まったということだろうか。米製薬大手ファイザーは4月6日、アイル
ランドの同業アラガンに対する買収計画を撤回すると表明した。その2日前、米財務
省がタックスインバージョン(租税地変換)の規制強化を発表、それに対応した動き
だった。タックスインバージョンとは、M&A(合併・買収)などの際に税率の低い
地域に税務上の本社を移すこと。今回、米財務省が導入を決めた新規則では、合併前
3年間に取得した資産は合併時の資産から差し引かれる。この規則が合併を破談に追
い込んだ。
(中略)歴史的には多国籍企業やヘッジフアンドなとが伝統的に英領バージン諸島や
ケイマン諸島をタックスヘイブンとして活用してきたのに対し、パナマは政治家や富
裕層の資産隠しの舞台となってきた。米国との結びつきが強く、パナマの大統領や官
僚の多くは若い時期に米国で教育を受けている。米国金融の中心であるウォール街出
身者も多い。
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(アラガンはアイルランドの企業。新会社本社をアイルランドにおいて納税回避をし
ようとしたが、米国の規制で頓挫した:田中一郎)
6.国際税制の重要性(金融資産と実業課税)
最後に、タックスヘイブン対策としての税制の在り方について、ほんの少しだけ言
及します。このテーマがタックスヘイブンを考える場合には最重要ですが、もう少し
国際税制の動向や納税回避のなされ方を具体的に情報把握してから議論したいと思い
ます。今回は次の1点だけを申し上げておきます。
<国際課税における「居住地主義」と「事業活動地主義」>
企業や個人の国際的なビジネスによる収益に対してどのように税金を課すかという
問題で、よく出てくる考え方がこの2つです。1つは、納税主体の居住地の国が、そ
の納税主体の全世界所得に対して課税すればいい、というのが前者です。後者は、納
税主体がどこで事業活動を行い、どこでその収益=つまりは課税の源泉を得たのかと
いう事業活動地での事業収益への課税を事業地国がすべきだというのが後者です。
私は原則として「事業活動地主義」=「源泉地課税」とすべきではないかと思いま
す。国際金融課税における源泉税の重要性もまた、同じような考え方からきていま
す。そうしませんと、「納税主体の居住地」主義であれば、その納税主体を、それこ
そタックスヘイブンにおいてしまえば、税金は全く納付しないですむことになりかね
ません。今日の国際課税の困難は、この居住地主義からきているのではないかという
のが私の直観です。ちなみに日本は前者の居住地主義だそうです。つまり、現代のグ
ローバリズムの下での企業活動や富裕層・資産家のマネーの動きに対して、根本的な
発想の転換が行われないまま、旧態依然の1国主義的な税制を放置し続けていること
が、今日のタックスヘイブンの諸問題を引き起こしているような気がしてなりませ
ん。この辺のことは、今後、もう少し具体的な事例を把握して後に議論を進めていき
たいと思っております。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6102:160520〕
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