都知事選:地方行政の99%は地味な仕事、政策本位の静かな論戦を望みたい
- 2016年 7月 17日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2016年7月17日 3候補の「公約」がようやく出そろったが
14日、都知事選が告示され、有力3候補の弁戦が始まった。告示日から2日後の昨日、ようやく3候補の「公約」が出そろった。
鳥越俊太郎「あなたに都政を取り戻す」 http://www.shuntorigoe.com/pg_tochiji.html
増田寛也「増田ひろや 3つの実現~東京の輝きを取り戻すために~」 http://www.h-masuda.net/policy.html
小池百合子「東京大改革宣言」 https://www.yuriko.or.jp/senkyo/kouyaku.pdf
これらに目を通した私の感想を手短に箇条書きしたい。
*3候補が共通して挙げているのは、「子育て」「高齢者対策」といった社会福祉、災害に強いまちづくり、東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みである。それぞれ、精粗の差はあるが、「公約」のスタンスに大差はない。
*増田寛也氏は地方行政に精通した実務型候補者という下馬評だったが、「公約」を見ると、意外にも、3候補の中で、もっとも抽象的で独自色が無い。討論会でしばしば語っていた「『待機児童解消・緊急プログラム』を策定し、8,000人の待機児童を早期解消」を「公約」の真っ先に掲げているが、早期に解消する道筋も財源も一切、示されていない。高齢者対策でも、「高齢者やチャレンジドの方が安心して暮らせるユニバーサルデザインの街づくり」とあるのみ。
*小池百合子氏は「3つの『新しい東京』をつくります」というキャッチフレーズのもとに、 ①「セーフ・シティ」 もっと安心、もっと安全、もっと元気な 首都・東京 ②「ダイバー・シティ」 女性も、男性も、子どもも、シニアも、 障がい者もいきいき生活できる、活躍できる都市・東京 ③「スマート・シティ」 世界に開かれた、環境・金融先進都市・ 東京 の3つを挙げ、それぞれ8~10の政策細目を列挙している。 そのうち、子育て支援については、「『待機児童ゼロ』を目標に保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制を見直す」、「保育ママ・子供食堂などを活用して地域の育児支援態勢を促進する」とし、具体的な政策を示している。この点では増田寛也氏の粗い「公約」と対照的である。 ただし、保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制緩和で保育の安心、質の確保が可能なのか、疑問がある。何よりもこれらの政策の実行を裏付ける人員と財源をどのように確保するのかがまったく示されていない。
*政策づくりが一番遅れた鳥越俊太郎氏は、他の2人とも共通する上記の3項目に加え、「正社員化を促進する企業の支援」、「職人を大切にするマイスター制度の拡充」といった労働・中小事業者問題に独自の政策を掲げている。また、がん検診率をまずは50%、最終的には100%へ引き上げる、住宅耐震化率を現在の83.8%から100%へ、再生可能エネルギーの割合を今の8.7%から30%へ、といった数値目標を示しているのも特徴的である。また、「人権・平和・憲法を守る東京」といった課題を掲げているのも他の2候補にはない特徴である。 しかし、最後の項目は別として、これらの「公約」を実施するには相当な財源が必要となる。たとえば、都内の1,100万人の有権者を対象にがん検診率を100%へ引き上げるためには1兆1,000億円の予算が必要となる(「毎日新聞」2016年7月15日)。当面、その半分としても、どのように財源を賄うのかを示さないと机上の理想にとどまる。
実行財源の提示がない「公約」では信を問えない
総じて、一部の候補者の一部の「公約」を除けば、いまだ、「語呂合わせのキャッチフレーズ」、「政策」というよりも「抱負」の列挙と言えるものが目に付く。特に、どの候補者も「公約」の実施を裏付ける財源が全く示されていないのは大きな欠陥である。これでは、内容が似かった上に、実行可能性が示されない点でも似かった「公約」ということとになり、別の基準(国政上の政治的スタンスなど)を選択の取りどころにする都民は別として、都政に関する政策をベースに候補者を選ぼうとする都民にとっては、判断のより所が乏しい状況になってしまう。
ただし、財源問題をめぐって候補者間で全く論戦がないのかというとそうではない。7月13日に放送されたフジテレビのBSプライムニュースに3人の候補が出演し、司会者をまじえて約1時間25分、討論を交わした。
BSプライムニュースでの財源論戦を聴いて
その中で、地方法人課税が話題に上り、小池氏から鳥越氏に地方法人税の一部である「法人事業税」が国税化され、地方財源の偏在を緩和するため(の地方交付税)の財源にされたが、これについてどう思うかという質問が投げられた。これについて、鳥越氏は都民の財源を国が吸い上げるそのような仕組みには反対していきたいと答えた。 問題になった法人事業税(地方税の一種)の国税化は増田氏が総務大臣を務めた福田康夫内閣の時代(2008年度~)に始まったものだが、これについて、今度は鳥越氏から増田氏に対し、次のような質問が投げられた。すなわち、先に行われた日本記者クラブでの共同記者会見の場で、増田氏は法人事業税の国税化はもうなくなったと発言した、しかし、調べてみると今でも続いている、これはどういうことか? これについて増田氏は、本来は国税化するのではなく、地方消費税に入れて地方に再配分するべきものと考えている、実際はどうかというと消費税率の10%への引き上げが実施されるまでの暫定的措置として導入されたため、消費税引き上げが見送られたことから、廃止されないままとなっていると答えた。ちなみに、東京都の計算によると、こうした法人事業税の国税化で、これまでに累計1.3兆円もの財源が失われた(東京都財政局「東京都の財政」2016年4月、8ページ)。
このように、国の税財政とも密接に係わる地方財源をめぐって、曲がりなりにも候補者間で議論が交わされたことを私は好ましい姿と評価したい。今後は、さらに次の点で、より実りのある論戦が交わされることを期待したい。 *他の候補への質問・批判の前に、各候補者が自分の見解、あるべきと考える政策を示すこと。 *フジテレビでの討論では法人事業税の国税化が取り上げられたが、2014年度からは法人住民税の国税化(地方交付税の原資に組み入れて財政力の弱い地方自治体に配分する制度)が導入された。さらに、2016年度の税制改正で、法人住民税の国税化が拡大された。
このような税制の動向からいって、その影響が甚大な東京都においては特に深い議論が交わされることを期待したい。 *法人に関わる地方財源を論じるなら、安倍政権のもとで国税としての法人税の税率が数次にわたって引き下げられた影響を検討する必要がある。なぜなら、①地方交付税の基幹的原資に組み入れられる法人税収が減少したことが地方法人税の国税化を採用する理由の一部とされ、②法人税収の減少は地方法人税の法人税割り部分を減らし、地方税収の減少の一因となったからである。
地方行政は地味な仕事、望まれる落ち着いた政策論戦 今回の都知事選は、与野党ともに候補者選考の段階から党中央が前面に出て、都政の選択というよりも、先の参院選の「後続選」といった様相を呈している。特に鳥越俊太郎氏で一本化にこぎつけた野党、市民団体は、与党が分裂選挙となったことから「反安倍政権の運動」にとっての千載一遇のチャンスととらえ、「ストップ・安倍暴走政権」の場として今回の都知事選を捉える意識が強い。
そのような風潮になじめないでいたところ、7月15日の「朝日新聞」に、次のような記事が掲載されているが目にとまった。
「主要候補が並んだテレビ番組を見ていた都幹部は、こうつぶやいた。『また皆、きらびやかなことばかり言っている』・・・・『都政の99%は地道な仕事。次こそ、そこをわかった人に来てほしい』」 ある都庁幹部は、『また知名度争いの人気投票になった・・・・』と話した。テレビで主要候補の共同記者会見を見たが、『誰の政策も全然、煮詰まっていない』と感じた。17日間の選挙戦で、具体的な都政の課題を挙げ、それぞれ方向性を示してほしいと願っている。」
まったく同感である。
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://wwwchikyuza.net/
〔eye3544:160717〕
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