中国では権力はどのように存在するか ― 中国烏坎村事件の顛末
- 2016年 7月 28日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(193)――
6月21日夜中国中央テレビ(CCTV)に、いかにも農民という様子の老人が登場して「下請け業者から大金の謝礼を受け取った」という罪の告白をした。この老人は広東省汕尾市管轄下の陸豊市近郊の烏坎(ウカン)村の村民委員会主任(村長)林祖恋(あるいは林祖鑾)である。彼は放送の4日前の17日夜、公安当局に収賄容疑で逮捕された。
烏坎村は人口1万3千の農村である。問題は5年前の2011年に烏坎村の村民委員会(村幹部)が「浜海新区」建設を計画していた開発業者に村の農地を売り渡し、業者から7億元余(当時88億円前後)のカネを受取ったことにはじまる。村民にとっては寝耳に水の話で、このままでは農地を失うという深刻な事態であった。
村幹部は失地農民に土地代金として一戸当たり500元余りのカネを渡しただけで、残りはすべてふところに入れた。怒った村民は代表を選んで汕尾市政府に村幹部の不法行為を訴えたが、返事は得られなかった。
2011年9月21日、烏坎村の村民数千のデモは、開発業者の企業、村党委員会、市政府にむかい、一時道路をふさぐなどの挙に出た。このとき代表の薛錦波をふくむ村人5人が逮捕された。22日、100人余の武装警官が烏坎村に進駐し、武力でデモ参加者を追い散らし、子供を含む村民にけがをさせた。翌23日、多くの村民が派出所周辺に集まり、逮捕された者の釈放と土地収用と土地代金問題の解決を求めた。
ところが12月11日、村民代表の薛錦波が警察署で急死した。薛錦波の遺体は額からつま先まで傷だらけ、背中は腫れ上がっていたという。当局は「心臓発作」と説明したが、村民は誰もが拷問死を確信し大規模な抗議運動をおこした。
ところが汕尾市政府は烏坎村の味方をせず、逆に集会組織者を厳重に処罰するとした。村民は逮捕を防ぐため、村の大小の出入口に歩哨を建て、木を切り倒して道路をふさぎ車輌検査をはじめた。
12月19日、村民は再度決起集会を開き薛錦波の遺体を遺族に返すよう要求した。翌20日、ようやく広東省党委員会がうごき、工作組を烏坎村に派遣し、農民の要求を聞き問題を解決すると決定した。
烏坎村の村政は約40年間一家族によって支配されていた。村民の要求は土地収用譲渡の停止と、村の幹部の選挙による選出であった。広東省は異例措置として普通選挙によって村長を選ぶことを許可した。2012年春の選挙で選ばれたのがテレビに登場して罪を「告白」した林祖恋である。
この事件は村民によってインターネットで発信され、その一部始終が国内外に伝えられた数少ない例である。烏坎村での農民側の一時勝利の報が周辺に伝わるや、各地で同様の騒ぎが起こった。その一例をあげる。
香港紙・東方日報(電子版)によると、広東省東部の掲西県上浦村は土地問題をめぐって村民が抗議活動を起した。ところが2013年3月のある真夜中、送電や携帯電話網を切って約2千人の武装警察隊が突入した。武警は住宅地で閃光弾を使い、無差別に催涙弾を撃った。村民のほうも約3千人が抵抗して衝突時に数十台の車が燃やされた。村民30人が重傷、多数の負傷者が出た。
上浦村では村民に断りなく、村政府が農地を工業用地として賃貸したのに対して村民が反発。その後、村政府が雇ったとみられる暴漢が2月に村に乱入し、村民と衝突した。村民は烏坎村同様の選挙を求めて自警団を組織し、村を占拠した。複数の村民が当局に身柄を拘束されたとの情報もある(産経河崎記者2013.3.11)。
話を烏坎村に戻すが、普通選挙によって選出された村長林祖恋の罪状は、汕尾市当局の発表では収賄というほか詳細がわからない。ところが6月23日「陸豊在線」というネットに「村民の近日のデモは“表演活動”だ。林はたしかに収賄した」「林祖恋は学校のアスファルト道路の工事費42万元(約630万円)のうち8万元をふところに入れた」と称するものが現れ、汕尾市政府もこれに注目しているとのことである。しかし、村民によると、道路工事は烏坎学校が管理しており林祖恋が手を出すことはできなかったという(香港「多維新聞」ネット2016・6・23)。
烏坎村の村民は林祖恋の潔白を信じて「冤罪だ」と主張し、6月19日から林氏の釈放を求める2000人規模の集会を開くなど、当局と激しく対立している。公安当局は村外に数百人の警察官を配置して道路を閉鎖した。おそらくは外国人記者が取材するのを阻止するためであろう。その一方村内には見知らぬ男たちが入り込み、村民を監視し出した(香港「多維新聞」ネット2016・6・21、23)。
いま広東省の政治は5年前とは様変わりして、村民には不利な情勢である。
広東省トップだった改革派の汪洋省委書記は副首相に転出し、普通選挙を主導した広東省党委副書記朱明国が汚職問題で失脚した。このため、この数年直接選挙で選ばれた烏坎村の指導集団に対する当局の風当たりが厳しくなっていた。
香港・明報紙によると、烏坎村の選挙で選ばれた新指導部うちの一人荘烈宏は、強制収用された土地の返還が進まないことなどから半年後に辞任。2014年渡航先のアメリカで政治亡命を決意した。彼とともに普通選挙で選ばれ副村長になった2人が(冤罪と思われる)収賄容疑で当局に拘束されたことを知ったからという(産経川崎記者2014・3・25)。
烏坎村の土地問題は5年間解決されないまま経過している。このため村長林祖恋は当局に抗議する村民集会を計画した。ところが彼は6月17日夜、突然自宅から警察官に連行された。連行された翌朝、家族などがインターネットで「烏坎村を助けてほしい」「林祖恋を助けてほしい」と外国メディアなどに支援を求めた(産経2016.6.20)。
なんでも公安当局は、林祖恋に対し罪を認めなければ孫も一緒に起訴すると脅迫しており、彼がテレビで罪を「告白」したのはそのためだという。容疑者を全国テレビに出して「告白」させるのは、香港銅鑼湾書店事件でもとられた手段である。ここにはあきらかに中共中央の意志が働いている。
烏坎村事件に注目してきた産経矢板記者はこういう。
いま広東省のトップは、汪洋前書記の直系の胡春華で、改革派の若手ホープといわれ、ポスト習近平の有力候補の1人でもある。広東省当局が林祖恋にどのような措置をとるか。有罪を見込んで起訴し重刑にすれば、村民は激怒し省や市当局との対立は激しくなる。
胡春華書記が林祖恋を証拠不十分などの理由で釈放すれば、烏坎村民との対立は沈静化するが、保守派を支持基盤とする習近平国家主席の怒りを買う可能性もある(2016・7・4)。
中国では争議が各地で散発し、年間15万をこえている。そのかなりの部分が農村であり土地紛争である。地方指導者が財源を確保するとして開発企業と結んで、耕地を農民に諮らず勝手に処分し、それを奇貨として土地代金の横領をやるのが原因だ。
公安(警察)は当事者の一方である地方党委員会と政府が指揮しており、農民は警察の公正さをあてにすることはできない。しかも弾圧の仕方は逮捕・拷問、小銃や催涙弾の使用などじつに乱暴である。警察が出ないときは暴力団を使うこともある。
地方政府が農民の法律上正当な要求を無視するのは、上級政府の支持・黙認をあてにできるからである。また政府側が騒ぎを起こした村の道路を閉鎖し、電話線を切るなどニュースを外部に漏らさないようにするのは、抗議運動が横に連帯することを恐れているからである。
この種の事件がニュースとして国外に伝えられるのは、東部臨海大都市近郊の農村にかぎられている。これら地域は市場経済が早くから発展し、農民は比較的豊かで独立心がある。そのなかにはパソコンを持ちインターネットという手段を知っている者がいる。農民側はしばしばこれを使って国内外に訴え、事態を有利に転回させようとする。中西部の後進農村ではこんな発想は生まれない。もっと深刻な事件があっても外部に伝えられることはない。事件は漏れなければ無いのと同じである。
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