優生学的言説が横行する「新たなる戦前」!
- 2016年 8月 3日
- 時代をみる
- ファシズム加藤哲郎
2016.8.1 参議院選挙に続き、東京都知事選挙が終わりました。午後8時の投票締切と同時に当確が出る、小池百合子候補の圧勝でした。投票率59.73%は東京ではまずまずで、小池290万票、増田180万、鳥越135万。事前の予想通りとはいえ、無党派層の5割の支持で小池候補が勝ったのは、日本会議国会議員懇談会の副会長ですから、国政に与える影響も重大です。「初の女性都知事」といいますが、弱者の味方どころか、弱者切り捨ての都政に向かうでしょう。政権与党自民党・公明党の推薦した増田候補は、自民支持層の半分、公明支持層の4分の1が小池候補に流れて、組織戦になりませんでした。宇都宮健児氏の出馬を断念させ、保守分裂の中での4野党共闘で優位にあったはずの鳥越候補は、無党派層の20%しか得られず、民進党支持層の3割、共産支持層の2割が小池票にまわって、共闘効果は出せませんでした。9月民進党代表選への責任・路線問題、共産党支持層の流動化にもつながるでしょう。2015夏安保闘争の余韻は残せませんでした。
21世紀の政治が情報戦であり、インターネット時代の選挙が劇場型ポピュリズムになりがちなことは、かねてから私の情報政治学の基本主張です。シンボルやイメージを駆使する小池新知事の登場も、この点では不思議ではありません。電通をバックにした安倍官邸の情報操作も巧妙で、小池知事との関係修復、たとえ小池新党になってもおおさか維新と同様に日本会議型改憲連合へ再吸収できると、織り込み済みでしょう。メディア政治のなかで気になったのは、むしろ相模原障害者施設での19人刺殺・26人傷害事件の衝撃と、その反響。人間の尊厳と権利に直結した大量殺傷事件にも関わらず、日本の首相は、直前までゴルフ三昧で、政府としての哀悼声明・服喪もなく、ISテロに悩むヨーロッパ諸国から見れば、異様です。その実行犯の衆院議長宛手紙に書かれ、施設内でも繰り返していたという動機と主張は、「 世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐ」ために「全人類の為に必要不可欠である辛い決断」「日本国が大きな第一歩を踏み出す」ために必要な「障害者総勢470名を抹殺する」「安楽死」作戦で、「安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければ」と国家の支援を求め、実際に実行しました。ナチスのT4作戦を想起するのは当然で、優生学思想が公然と現れる土壌が、現代日本社会にあることを、示しています。東京都知事選挙では、外国人差別・ヘイトスピーチを公言する桜井誠候補が、11万票を獲得しました。つまり、優生学的差別・選別の思想を受け入れる土壌は、日本会議風ナショナリズムと結びついて、相当に広がり浸透しているのではないでしょうか。忍び寄るファシズムです。
久しぶりで、この夏は日本です。例年ならこの季節は、米国かヨーロッパに資料調査・研究に出ていて、被爆記念日・終戦記念日の日本は、10年ぶりくらいでしょうか。それだけに、「ヒトラーの思想が降りてきた」と語られる「戦後71年」の日本社会の変貌は、気にかかるところです。この間、ゾルゲ事件から発して、関東軍731部隊の人体実験・細菌戦、シベリア抑留を追いかけてきましたが、帝国日本の植民地支配・傀儡国家には、進化論をベースにした優生思想がつきまとっていました。人種差別・他民族支配・身分制度には、自民族優位を適者生存・優勝劣敗で正当化する論理で組み込まれていました。「障害の有無や人種等を基準に人の優劣を定め、優秀な者にのみ存在価値を認める」ため、日本優生学会や民族衛生学会で、学問的にも基礎づけられました。ハンセン病患者の隔離を義務づけた「らい予防法」の廃止は、1996年でした。同時に、ようやく「優生保護法」が「母体保護法」に改正されました。つまり、ナチスの優生政策は否定されても、20世紀を通じて優生学的思想・発想は、この国に根を張ってきたのです。戦時アメリカの日系人強制収容、広島・長崎への原爆投下にも、優生学的発想が基底にありました。だからこそ、戦前日本の南京大虐殺、731部隊の人体実験、従軍慰安婦問題につきまとう優生学的発想の克服が、日本人自身の戦争責任、人間の尊厳と社会的倫理の問題となるのです。現在の朝鮮人・中国人蔑視の言論、ヘイトスピーチや障害者差別には、「新たなる戦前」を見出さざるをえないのです。
相模原事件の報道を見ながら読んだ、桜美林大学・中生勝美さんの力作『近代日本の人類学史ーー帝国と植民地の記憶』(風響社)は、こうした問題を考えるうえで刺激的な、格好の学術的研究です。日本での民族学・民俗学・地理学・人類学などの歴史的展開に、いかに侵略戦争・植民地支配と学問研究、戦時科学技術動員と研究予算配分が関わったのかを、フィールドワークによる民族誌や探検・登山・地図作り、宗教研究や少数言語研究・教育の軌跡を克明に追いかけて、浮き彫りにします。731部隊に関わる医学史・医療史や、核兵器に反対しながら「原子力の平和利用」を推進した20世紀日本の科学技術と重なります。自然科学・社会科学・人文科学を横断した、普遍的で今日的な問題を考えるヒントが、満載されています。7月16日に明治大学で行われた伊藤淳さんの『父・伊藤律 -ある家族の「戦後」-』(講談社)出版記念シンポジウムでの私の報告「ゾルゲ事件と伊藤律ーー歴史としての占領期共産党」のレジメ・資料が、論文ではなく「覚え書き」のかたちで、活字になりました。当日出席できなかった皆さんのために、各章「まとめ」を加筆してあります。冷戦史・社会運動史やインテリジェンスに関心のある方は、ご参照ください。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3572:160803〕
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