オバマ大統領の広島訪問を巡る議論白熱化 - 被爆71年の8・6広島を歩く -
- 2016年 8月 9日
- 時代をみる
- 原爆岩垂 弘広島
8月6日は、米軍機から広島市に原爆が投下されてから71年。この日を中心に、広島では原爆に生命を奪われた人たちを悼む慰霊の行事や、核廃絶を求める集会が展開された。猛暑の炎天下、全国から多くの人々がこれらの行事や集会に集まったが、戦争で核兵器を使用した唯一の国である米国からオバマ大統領が現職大統領として初めて広島を訪問した直後とあって、核兵器禁止を求める声が一層高まったほか、同大統領の広島訪問をめぐる議論が熱を帯びた。
6日に平和記念公園で開かれた広島市主催の平和記念式典には、強烈な夏の日差しが照りつける中、被爆者、91カ国の代表、各都道府県の遺族代表、一般市民ら約5万人が参列した。昨年は約5万5000人、一昨年は約4万5000人(いずれも広島市発表)だった。こうした事実は、原爆死没者に対する慰霊の思いと核兵器廃絶への願いが、被爆から71年たってもなお衰えていないことを全世界に示したと言える。参列者は式典会場からあふれ、平和記念公園内を埋め尽くしたが、親子連れ、小・中・高校生の参加も目立ち、ヒロシマが若い世代にも受け継がれつつあることを印象づけた。
オバマ広島訪問を巡って両論――評価と批判
オバマ大統領は5月27日、広島を訪れ、原爆慰霊碑の前で演説をおこなった。8月6日を中心とする広島の行事や集会では、その行為と演説の内容を巡って相反する対応がみられた。
一方は、その行為と演説の内容を高く評価する立場である。それを最も象徴していたのは、平和記念式典での松井一實・市長の平和宣言だった。
松井市長は、宣言の中で、オバマ大統領の演説のうちの「核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」というくだりを、「被爆者の『こんな思いを他の誰にもさせてはならない』という心からの叫びを受け止め、今なお存在し続ける核兵器の廃絶に立ち向かう『情熱』を、米国はじめ世界の人々に示すものでした。そして、あの『絶対悪』を許さないというヒロシマの思いがオバマ大統領に届いたことの証しでした」と述べ、「今こそ、私たちは、非人道性の極みである『絶対悪』をこの世から消し去る道筋をつけるためにヒロシマの思いを基に、『情熱』を持って『連帯』し、行動を起こすべきではないでしょうか」と訴えた。
秋葉忠利・前市長の発言も注目を集めた。秋葉氏は5日に開かれた原水禁国民会議(旧総評系)の「被爆71周年原水爆禁止世界大会・広島大会」分科会で講演したが、その中で、「オバマ氏の広島演説は、米国民を含む世界の全ての人々に向けて発せられたもので、米国民の意識を変えるはずだ」と、演説を肯定的にとらえる見解を明らかにした。
秋葉氏によると、米国民の間では「日本によるパールハーバーが絶対悪。だから、神から与えられた原爆で日本をこらしめた。それゆえ、原爆投下は正しかった。戦争の早期終結で米兵と日本人の多くの生命が救われた。感謝されるべきだ」という見方が世論の大勢だという。が、オバマ大統領がプラハ演説で「原爆使用の道義的責任」に言及してから、世論が変わってきたという。「原爆投下は正しかった」という人が1945年には85~90%だったのが2009年(プラハ演説の年)には67%、2015年には56%になった。「米国大統領の演説の世論への影響力は絶大。今度の広島演説の影響も期待できるのではないか」と秋葉氏。
一方、反核平和運動の側の受け止め方は、総じて、オバマ大統領の広島訪問そのものは歓迎するものの、演説の中身については極めて厳しい意見が相次いだ。
4日開かれた原水禁国民会議の「被爆71周年原水爆禁止世界大会・広島大会」開会総会で、あいさつに立った川野浩一議長は「大統領は、71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降りてきた、と美しい表現で原爆投下を語ったが、被爆の実相はそんなものでなく、悲惨極まるものだった。大統領は就任に当たって『核なき世界』を、と演説し、世界の注目を集めた。間もなく大統領の任期が切れるが、この間、これといった核軍縮政策を進めることがなかったばかりか、米国の核兵器の性能を高めるために多額の予算を計上した」と批判した。
5日に開かれた、市民グループによる「8・6ヒロシマ平和へのつどい」で開会あいさつをした被爆二世の木原省治・原発はごめんだヒロシマ市民の会代表は「大統領は原爆投下について謝罪しなかった。過去は水に流してくださいということだろうが、そんなことは断じて容認できない。それに、大統領というポストにありながら、これまで核軍縮については何もしてこなかったし、しようともしない」と述べた。
6日に開かれた、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会、NO DO(劣化ウラン兵器禁止)ヒロシマ・プロジェクト共催の「8・6ヒロシマ国際対話集会――反核の夕べ」でも、大統領の演説に対する批判が噴出した。
小寺隆幸・原爆の図美術館理事長・京都橘大学教授は「オバマ大統領の広島訪問に当たって、日本側に、原爆犠牲者への謝罪はなくてもいい、この際、日米とも未来志向で行こうという論調があったが、これはおかしい。原爆投下は天災ではない。天から降ってきたわけではない。人間が落としたものだ。人間が核というものを持ってしまったことに原因がある。こうした過去のことをきちんと総括しないと、人類の未来は開けてこない」と話した。
さらに、米国から参加したピーター・カズニック・アメリカン大学教授は「大統領の広島訪問自体はいいことだった。が、もっと早く来るべきだった。それに、大統領はプラハで『核なき世界を』と演説しながら、その後、核問題で何もしなかった。核兵器を削減するどころか、すべての核兵器を近代化して使いやすくしようと、巨額の予算を使って核の利用を推進してきた。結局、大統領は、広島を訪問することで、中国を見捨て日米同盟強化を通じて自国の安全保障を図るという政策を進める安倍首相に自信を与えた」と批判した。
反核平和集会には高校生の姿もみられた(8・6ヒロシマ平和へのつどいで)
2日から4日まで開かれた、日本原水協(共産党系)の「原水爆禁止2016年世界大会国際会議」は宣言を採択したが、そこには、オバマ大統領の広島訪問とその演説への言及はなかった。どちらも評価に値しない、ということだったのだろう。
原爆による被害者、被爆者はオバマ大統領の広島訪問と演説をどう受け止めたか。被爆者の全国組織である(被団協)は6月に東京で開いた定期総会でこの件に関する決議を採択している。そこでは「『空から死が降ってきた』と、自然現象のような言葉で、アメリカの責任を回避する表現だった。大統領としての責任は一切語らなかった」「具体的な課題の提起もなかった」と批判、「原爆投下に対する謝罪の証しとして、核兵器廃絶への責任と行動を一層深く求める」としている。
これからの運動目標――国際署名、原発再稼働反対など
反核平和運動として、これからどんな目標を掲げ、いかなる運動を展開したらいいのか。この点をめぐっても議論があった。
どの団体、組織の論議でも共通していたのは、現在ジュネーブで行われている、核兵器のない世界を実現するための「具体的で効果的な法的措置」、すなわち核兵器禁止条約の締結を議論する国連の公開作業部会をなんとしても成功させ、核兵器禁止条約の実現を図りたい、という発言だった。
このため、日本原水協も原水禁国民会議も、被団協がこの春から進めている「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」に協力しようという方針を打ち出した。被団協は、この署名運動で世界中から数億人の署名を集め、国連に提出したいとしている。
同時に、各団体とも、安倍政権への批判を強める構えだ。というのは、日本政府が、核問題ではダブルスタンダード(ある大会参加者は「二枚舌」と言い換えた)を取り続けているからだ。すなわち、日本政府は、国際舞台では核兵器廃絶を唱えながら、米国の「核の傘」に頼る安全保障政策を続けているほか、ジュネーブの国連作業部会では、米国の意向をくんで核兵器禁止条約の締結に異議を唱えているからである。各団体とも、日本が米国の「核の傘」から離脱するよう安倍政権に求めて行く、としている。
安倍政権が原発再稼働を推進していることに対しても、強い懸念が表明された。これは、原水禁国民会議の大会でとくに目立った。とりわけ、鹿児島県の九州電力・川内原発に続き愛媛県の四国電力・伊方原発が8月12日にも再稼働される予定であるところから、「脱原発への運動を強めよう」との発言が目立った。
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