南シナ海紛争から思うこと
- 2016年 8月 16日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(194)――
7月12日中国政府は、南シナ海紛争でのフィリピン側主張を全面的に認めた仲裁裁判所の裁定に対し、激しい反感を表明した。南シナ海全域を領土とする中国の主張に根拠はないという内容だから、メンツは丸つぶれだ。おまけに中国政府は大国意識を煽って「南シナ海はわが領土」とやって来たのだから、国民に対しても引っ込みがつかない。
ところが、東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議は、7月25日の共同声明で裁定に触れることなく、南シナ海問題に「深刻な懸念」を示しただけだった。これに対して中国の王毅外交部長(外相)は、「一部に事態をかき乱そうとする者もいたが、中国とASEAN加盟国の協力で対話と協力の基調を維持した」と、ASEAN工作の成果を誇り満足の意を示した。
報道からすれば、安倍政権は(アメリカの意向を受けたつもりで)一連の国際会議で、南シナ海をめぐる中国の行動を名指しでとがめる声明を出すべく走り回った。王毅外相は、岸田文雄外相に対して、「これ以上介入を続ければ、別の意図があると証明することになる」などと、ケリー米国務長官との会談と比べて、ひときわ強い口調でなじった。
このやりとりは、中国がラオスやカンボジアだけでなく、ASEANのほかの国々にも強い影響力を行使できることを示した。同時に日本は、ASEAN諸国と密接な経済的関係を持つにもかかわらず、政治的・文化的に強力なパイプがないことを暴露したものである。
いったいアジアの中で、中国と日本とはどんな位置関係にあるのか。
7月1日共産党創建95周年祝賀大会の習近平中国共産党総書記の演説は、中共による改革・開放政策が「中国を豊かにし、国際的地位を向上させた」と中共支配の功績を誇るものであった。
「 60年余の歴史を持つ新中国の建設に世界の注目を集めるほどの成果を取得させた。中国、この世界最大な発展途上国はたった30年の短い時間で貧困から抜け出し、さらに世界第2位の経済体になり、人類社会の発展史における驚天動地の発展の奇跡を生み出したのだ」
日本では、テレビをはじめメディアが中国の内政や外交、軍事についてネガティブな報道をすることが多いから、習近平演説をいつもながらの自画自賛とうけとるのが普通かもしれない。だが、彼は真実を語っている。
周知のように中国のGDPは、2009年に日本を抜いてアメリカに次ぐ世界第二位である。関志雄の論文「中国の台頭で激変する世界経済の勢力図」によれば、それは2015年には日本の2.7倍になった。中国の一人当たりGDPも1980年から2015年にかけて、306.9ドルから7,989.7ドル(26.0倍)に上昇し、中所得国のレベルに達した(http://www.rieti.go.jp)。
これにひきかえ、日本の一人当りGDPは1996年には世界3位だったものの、21世紀に入ってからは下がりつづけ、2014年は20位になった。シンガポールにははるかに抜かれ、香港よりも低い位置にある。経済の主要7カ国でみても、イタリアをわずかに上回る6位だ。
東アジア(日本、NIEs、ASEAN4、中国)のGDPに占める日本のシェアは、ピークだった1987年の74.1%から2015年には21.2%に低下した。中国は1994年には8.3%しかなかったが、2015年には56.5%に上昇した。しかも中国の躍進により、東アジアのGDP規模は米国や欧州連合(EU)を上回るようになったのである(関志雄、前掲)。
いま中国は低成長期に入ったとはいえ、経済成長率は6%前後、貯蓄率は50%超である。このまま中産階層の肥大化がつづくとすれば、あと数年で中国はアジア最大の消費市場になる。そして政治的に不安定にならないかぎり、中国は10年後には名目GDPでアメリカを抜くのである。
中国の軍事力の拡大は経済成長以上にいちじるしい。核とミサイルを持ち、同じことだが宇宙開発と軍事ロケット技術が一流となり、200万以上の兵力と作戦機3000機があり、総合的な軍事力はアメリカ・ロシアに次ぐ軍事大国だ。
もちろん中国のGDP規模が米国を抜いて世界一になったときでも、中国の一人当たりGDPはアメリカの4分の1にも満たないだろう。だがあと数年後には、中国は経済力と軍事力で抜きんでた地位に座る。そうなれば東アジアの力関係は今日想像できないくらい大きく変わる。
それを感じさせるのは、最近の中国の対外進出意欲である。中国はいまアジア諸国に高速鉄道などの援助と投資を増強し、「一帯一路」構想を打ち上げ、アジアインフラ投資銀行(AIID)を設立するなど、力強い経済外交を展開している。AIIDには日本はアメリカに追随して不参加を決めたが、ヨーロッパ主要国を含む五大陸51の国と地域が参加したのは記憶に新しいところである。
習近平政権は外交は力づく、内政は専制的だが、欧米諸国にはそんなことにかまうゆとりはない。EUはアメリカとの関係を維持しつつ、生き残りをかけて東アジアという大消費市場に入り込み、影響力を増大させている。ドイツ・フランスの首脳はすでに何回か中国詣でをやり、イギリスは習近平を皇帝待遇でもてなした。
米中は、以前から互いに第二の貿易パートナーという間柄である。アメリカにとって中国は最大の輸入相手国である。そのうえ中国保有の米国債は世界一、1兆2500億ドルである。オバマ政権はアジア復帰といいながら、南シナ海の緊張を武力衝突にまでエスカレートするわけにはゆかない。
むしろアメリカは、自国の利益のためには日本の利益や面子など一顧だにせず、頭越しに中国とつよい協力関係を結ぶ可能性がある。これが信じられなかったら、1972年の米中国交回復当時を思い起こせばよい。目前のTPP交渉など、安倍政権が懸命に交渉を重ねたにもかかわらず、アメリカの大統領候補二人は、これをあっさり捨ててしまいかねないのだから。
いまや、衰弱しつつあるアメリカの「抑止力」をあてにして、冷戦思考そのままに、中国とヘゲモニー争いをしている時代ではない。日本はいそいで東アジアの国家・地域間と連携を模索する必要がある。今のままなら欧米ばかりにとくをされ、日本はその後塵を拝するだけだ。
中国が内政の矛盾を反日宣伝に向けようとも、また韓国人がどんなに激しく日本を憎悪しようとも、だからといって日本がこれらの国と従来の冷たい関係を続けるわけにはいかない。日本はそういう状態に置かれている。
歴史問題では、安倍晋三氏ら極右日本主義者とは逆に、和解の努力を急ぐべきである。完成までには悶着が起こるだろうが、その都度是々非々で進むほかはない。そのためには屈辱に耐える精神力も必要だ。
自分の頭でものを考える力があるならば、アメリカに追随するだけではなく、頭を切り替えることは可能である。自民党政権であろうがなかろうが、そうやらねばならぬときである。そしてEUを見習って日米関係の現状を維持しながら、相互利益・平等原則の上にASEAN+中国・韓国と連合体をつくることが望ましい。TPPのように日米2国がヘゲモニーをとるのでなく、「例外なき関税の撤廃」とか「非関税障壁の一律撤廃」に進むのでなく、それぞれの国の産業事情や文化・習慣による例外品目を認め、農業や医療、社会保障制度などが国情に応じて保護されるような連合である。
こういうと「アメリカを離れては日本の安全保障はない」とか「中国に尻尾を振るもの」という批判が必ず出てくる。それがまたかなりの共感を呼ぶのがメディアに煽られる日本の世論である。
だが、南シナ海問題にかえって、これを考えれば、「中国も、ASEANも」という外交上の選択をしていたら、争う一方から屈辱的な言辞を浴びせられることはなかったはずだ。双方に対してケンカや訴訟を止めろといい、関係諸国には領土問題を棚上げして共同開発をしようと呼びかける、そんな名誉ある仲介者になることができただろうに。まことに残念というほかない。
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