中国大漁船団押し寄せ事件 - もうひとつの見方
- 2016年 8月 25日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(195)――
東シナ海の緊張が高まっている。最近の状況は田畑光永さんが「新・管見中国(14)でくわしく論じているから、拙稿は二番煎じである。
パンチの応酬
メディアの報道からすれば、6月以来中国が一方的に緊張を高めているようだが、そうとばかりはいえない。日本側も立派に挑発行動に出ている。
7月になると日本は、ASEAN+3の外相会議やアジア欧州会議(ASEM)首脳会議などの場において、参加国にさきの南シナ海に関する仲裁裁判所の裁定を支持するよう求める執拗な外交工作を行い、中国に対するあからさまな批判活動を展開した。中国の王毅外相はよほど頭に来たと見え、岸田外相をつかまえて挑発的な口調でこれをなじった。
一方、中国海軍は8月1日、東シナ海で東海艦隊・北海艦隊・南海艦隊が実弾演習を展開した。中国はこれは毎年のことだという。
8月6日から数日間、中国公船(海警船などの非軍艦)20隻以上とともに、400隻をこえる中国漁船が尖閣諸島の接続水域におしよせた。公船の接近は今日まで続いている。
この漁船団には一定の軍事訓練を受けた多数の海上民兵が乗り込み、漁民を束ねるとともに周辺海域の地理的状況や日本側の巡回態勢に関する情報収集などの任務を持っている。かつて1978年に108隻といわれる中国漁船が尖閣諸島周辺海域に現れたことがあるが、今回はこれをはるかに上回る。こうなると日本の巡視船が中国公船に付き添って警戒する従来方式では船が足りない。
中国船舶の尖閣水域接近に対しては、日本の外務当局がそのつど抗議してきたが、中国側の返事は毎回「釣魚島(尖閣)は中国固有の領土だ。中国は付近の海域に争う余地のない主権を有している」「中国側は関係海域の事態を適切にコントロールしている」という趣旨のぶっきらぼうのものであった。
8月10日から17日まで日・米・印の軍事演習「マラバール」が行われた。アメリカとインドは「マラバール」を1992年から毎年実施してきたが、2007年に日本を含む多国間演習になった。
今年は演習の主催は日本で、演習地点が尖閣諸島から約400キロ離れているとはいえ東シナ海だ。しかも海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦、アメリカ原子力空母など3カ国の艦船計10隻余が参加して、潜水艦・水上艦・航空機の索敵・破壊などの訓練をやったという。軍事演習は「寄らば切るぞ」という示威行為だから、当然中国は高度の警戒をするし対抗手段もとろうというものである。
さらに安倍政権は今回の内閣改造では、対中強硬発言をくりかえしてきた極めつきの民族主義者稲田朋美氏を新防衛相に就任させた。中国はこれを挑発と受止め、「極右の政治ブローカー、安倍晋三首相と関係が近い」「日中関係に未来はない」などと反応した。
中国大漁船団を主導したもの
尖閣海域での一連の動きについて、毎日新聞の西岡省二記者は、「中国が尖閣諸島での示威行動のレベルを高める背景として、日本が中国に対し、南シナ海をめぐる仲裁裁判所の判決を受け入れるよう繰り返し求めていることへの反発がまず挙げられる」といっている。
中国人民大学の時殷弘教授は「判決を支持する国の中で日本が最も積極的である。中国はこの点に強い憤りを抱いている。日本が南シナ海問題で中国に圧力をかけるなら、中国も東シナ海問題で日本に圧力をかける」と解説し、「対立は非常に深刻であり、双方が取る措置も変わりつつある」と危惧しているとのことである(2016・8・10)。
産経新聞矢板記者は、北京の中国共産党関係者が「習近平国家主席周辺がこれ(尖閣諸島海域における攻勢)を主導している。日本との緊張関係を作り出すことが目的だ」と語ったことを肯定的に引用している。習近平氏に近い羅援将軍などはこれを煽っているし、漁船団は習近平氏がかつてトップだった福建省の沿岸から出発している(産経2013・8・7)。
今年夏の北戴河会議は、習近平指導部に対する批判が高まったこと確実と見られる。内政では景気の低迷で抗議デモが頻発し、南シナ海の仲裁裁定では中国の外交的敗北はあきらか、さらに米軍の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国への配備が決まるなど、内外で失点が続いた。北戴河会議は長老クラスが遠慮のない発言をするから、習近平氏はここで緊張をつくりだし、党内からの批判をそらさなくてはならなかった。
やはり大漁船団を派遣したのは、習近平氏かその意を受けたものと見るのが正しいだろう。
安倍氏にとっての中国、習近平氏にとっての日本
参院選は改憲諸党の圧倒的勝利に終わった。都知事選では、憲法擁護派の期待を担った鳥越俊太郎氏はすってんてんに負けた。改憲派にとっては思いがけない大勝利、国際紛争を解決する手段として陸海空軍その他の戦力を保持し、国の交戦権を認める方向にもってゆく大道が開けた。まさに時代の曲り角である。
私は憲法擁護派敗北には中国が寄りそっていることを否定できない。習近平政権の拡張主義的外交は安倍首相の安全保障政策を合理化し、日本世論を右傾化させるのに十分に役立っている。習近平政権は日本の軍国主義化を批難しているが、当の安倍政権にとって習近平氏(と北朝鮮の金正恩氏)は第一級の功労者である。
安倍首相は参院選前から秋の臨時国会で衆参両院の憲法審査会で改正項目についての具体的な議論に入るつもりだと言明していた。だがすぐさま改憲の発議にかかれるわけではない。自民・公明そのほかの改憲政党の間には、改憲項目とその内容では意見の隔たりがある。成案完成までにはかなり時間がかかるだろう。安倍政権の忍耐力がどのくらいつづくかわからないが、2020年東京オリンピック以後というほどのゆとりはないだろう。
安倍晋三氏が改憲案をすみやかにまとめ、世論を味方につけるためには、これからも中国が尖閣海域で挑発行動にどんどん出てくれると好都合だ。日本のテレビをはじめとする右翼メディアは反中国と国防の必要性をあおり、改憲世論を盛りあげる。
一方、習近平総書記にしてみても、日本との緊張関係を高めることに躊躇はない。独裁的権力を強化し、中国をアメリカに比肩する大国にみちびき、台湾を統一して歴史に名を残さねばならぬ。そのために軍事力をひけらかし、腐敗を口実に政敵をつぶし、言論統制を強め、民主人士を投獄し、自分を「核心」と呼ばせるなどの行動を続けてきた。だが、必ずしも成功しているとはいえない。そこで眼前の敵日本を槍玉にあげて、中華民族興隆の旗印のもとに反日世論を盛りあげて権力を強化しようとしている。
挑発行動のエスカレート
いまのところは、日本側は海上保安庁の巡視船、中国側は海警局などの公船(非軍艦)の警察行動の範囲にとどめて、軍事衝突に至らないように双方細心の注意をはらっている。
これについて自衛隊高官は、中国軍艦が「領海」に侵入した場合、海上警備行動を発令して海上自衛隊の艦艇が中国軍艦に対し立ち退きを求める方針だと発言した。海上警備行動とは、相手方の行動が海上保安庁の対応能力を超えていると判断したとき、防衛大臣によって発令されるものである。
中国が軍艦を出すと日本は自衛艦などを出す口実を得る。日本が先に自衛艦を出すと中国も軍事的に対抗できる。現に中国の政府当局者はそのような発言をしている。だから日中両国は、いま子供のけんかのように「やるのか」「おまえがさきにやってみろ」「おまえこそ」と互いに挑発しあっている。先に手を出して局地戦をみちびき、それに敗北したら政権の命取りになるからだ。
このシーソーゲームのような日中相互の挑発行動はしばらくは止まらない。挑発がつづけば緊張はエスカレートする。偶発的事件の危険性は高まる。
日本では非戦の世論が圧倒的であれば、中国の跳ね上がり行動によるだけで、政府がただちに自衛艦に海上警備行動を発令するような、愚かな対応はできない。忍耐してこそ国際世論の支持を得、日本の尖閣領有を国際的に認めさせることができるのだから。
だが右翼的思潮が圧倒的な現況では、日本政府も国民も冷静に情勢を見極めて行動することは難しい。ネット右翼は熱狂し、メディアのなかにも戦前の新聞各紙のように戦争を煽るものが出るだろう。
中共政権にしてみても反日宣伝を長く続けてきたてまえ、ここでひるんでは引っ込みがつかない。中国でもネット世論は湧きたつ。2012年尖閣国有化のときのあの反日デモ・日本製品不買運動・中国進出企業への営業妨害などを思い出してほしい。中国はあれ以上に厳しい対抗措置をとる。
こうなると、1937年の盧溝橋事件のように、偶発的事件をひきがねに軍事衝突にまで高まる危険がある。日中両国の国民にとって実にあぶない季節がやってきたのである。(2016・08・18)
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