張一兵『レーニンへ帰れ』出版記念会雑感――落ちた偶像へ帰る意味は?――
- 2016年 9月 19日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
張一兵『レーニンへ帰れ』(平成28年、世界書院)出版記念会が明治大学自由塔1076教室で開かれた。9月17日午後。大部の書を拾い読みしながら、記念講演とコメントを聞いた。
私は、抽象度の高い諸概念が飛び交う哲学的議論が苦手である。もっとも、同じ抽象と言っても、主流派現代経済学のように数学的に定式化されていれば、どうにか手におえる。最近、R.J.バロー/X.サラ-イ-マーティン著 大住圭介訳『内生的経済成長論Ⅰ・Ⅱ』を読み上げた。理論と統計的材料を結合せんとする知的努力に頭が下がる所がある。しかしながら、経済発展の現実像が見えて来ない。具体的に言えば、不安定な定常状態から左進するか(=低開発に向うか)、右進するか(=高開発に向うか)に直面した経済社会内の社会的対立・矛盾・衝突の内部論理が問われもせず、究明されていないからである。とすると、マルクス経済学の弁証法の出番と言うことになる。私は、大学時代以来、いわゆる近経的知(市場均衡知)といわゆるマル経的知(革命知)のいずれかを放棄してどれかに全属したことはない。だから、落ちた偶像レーニンを忘れ去りはしない。
我家の物置から一冊の古書を取り出して来た。M・L主義独裁の空気をすっていた私は、ロシア語学習のために、レーニンの『唯物論と経験批判論』(政治文献国家出版 1953)5ルーブル7カペイカを1959年11月20日ナウカ書店にて160円で買い求めた。1960年4月20日読了。1960年安保闘争の最中である。私がレーニンをロシア語で読んだのは、これ一冊だと思う。正直言って、唯物論者が経験批判論をこれほど執拗にたたく理由に説得されたわけではなかった。それから56年後、かかるレーニン唯物論は、第一次大戦の初期にスイスのベルンでヘーゲル『大論理学』と格闘したレーニン自身によって揚棄されていた(放棄ではない)事を張一兵氏によって教えられた。
『レーニンへ帰れ』は、会場ではあたたかく受け止められた。しかしながら、主催者や報告者達から「ハイデッガーに帰れ」、「フーコーに帰れ」、そして「ヘーゲルに帰れ」の要求が出て、著者も亦肯定的に応対しているのを見た時、会場がまるで文化娯楽サーヴィス業の文化サークルに一変したように感じられた。たしかに、張一兵氏は、みずから「帰れシリーズ」を語り、『マルクスへ帰れ』、『レーニンへ帰れ』、『ハイデッガーへ帰れ』、『フーコーへ帰れ』をすでに出版していた。そして更に『ヘーゲルへ帰れ』も書くように期待されている。張一兵氏は、すでにして本書で「帰れ」を新カント派的に単純な「カントへ帰れ」の意味ではなく、フッサールの「事物自体に帰れ」の意であると説明していた。しかしながら、帰る先が4軒、5軒となると、何か混然として来て、果たして帰ることに社会思想的・政治思想的意味が失なわれないだろうか。文化市場の巡回セールス・マンか、現代宗教産業の御札所巡礼のようになってしまう。
マルクスやレーニンは、並みの思想家ではなく、実践革命家だ。世界資本主義にたたかいをいどみ、一時期その半分をもぎてって世界資本主義と体制的に対峙した事のある革命思想の元祖だし本家だ。今や資本主義に完敗して現象的には落ちた偶像だ。旧ソ連東欧の労働者大衆によって、イラクのフセイン像と同じあつかいを受けている敗者だ。そんな思想家であるが故に、あえてグローバル金融資本主義最盛期=資本主義自崩始動期に新しい路を帰ってみる価値がある、と思われる。とは言え、帰っただけではしようがない。そこからもどらねばなるまい。ここに真の障害があるが、「帰れ」を説く張一兵氏は「そこから今へ」について黙して語り得ない。
帰宅して、『レーニンへ帰れ』の「後書き」を読んで、会場における加々美光行氏のコメントの一部(中国における本書出版の意味如何)に張一兵氏がすでに答えていた事を発見した。「イデオロギーによる外部強制は、かつての強力な法力をだんだん失いつつある。マルクスの言説という教条的な形式をもって出現した、現状肯定のイデオロギーであったあの過去の「思想統一」の幻影は、事物化の奴隷下にある市場王国に直面した時、ちょうど、一種の転倒された形でその反面として現われてくるのだ。この虚構の外部的イデオロギーは、ブルジョア的市場王国の中で生まれてきたあの非強制的な隠れたイデオロギーの面前では、顔面蒼白の弱々しいものとなり、一撃に耐えなくなるのである。疑う余地はない。それは、独立した創造的な批判精神によって取って代えられなければならない。そして、この精神こそ、マルクスの思想の本質なのである。」(強調:岩田 p.589)
この「一撃」はどこから来るのか?!
平成28年9月18日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6262:160919〕
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