9.21 日銀会合・「予測が経済を変える」黒田日銀理論の逆襲 なぜ人々は投資・消費を控えるか?
- 2016年 9月 25日
- スタディルーム
- 矢沢国光
2013年4月にはじまった黒田日銀のリフレ政策の要は、「人々の経済予測をデフレ予測からインフレ予測に変えることによってデフレから脱却する」という「明るいフォワード・ルッキング(将来予測)の形成」であった。
それから2年間は、黒田日銀の異次元金融緩和が円安をもたらし、円安が株高と企業収益の増大をもたらした。黒田日銀は、安倍政権を支える最大の柱となった。
だが黒田日銀発足から3年半経った今日、2%物価上昇率目標の実現は遠のき、黒田日銀の政策破綻は隠しようがなくなった。
皮肉なことに、黒田日銀の政策を破綻させたのは、黒田日銀が期待したのとは正反対の「フォワード・ルッキング」であった。
9月21日、日銀は日銀政策委員会・金融政策決定会合で決議した三つの文書(註)を公表し、黒田総裁は1時間半に及ぶ記者会見に応じた。https://thepage.jp/detail/20160920-00000013-wordleaf?pattern=2&utm_expid=90592221-74.LdrGpjcWS4Czgnu3l9N7Eg.2&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2F
(註)三つの文書とは(1)[本文]金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、(2)[別紙1]「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証、(3)[別紙2]経済・物価の現状と見通し、である。
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921a.pdf
9.21日銀会合の焦点は、
(1)2013年1月の黒田日銀、安倍政権の合意からはじまったリフレ政策の失敗を認めるか、
(2)とくに、2%物価上昇率という目標の実現にほど遠いことをどう考えているのか、
(3)評判の悪い2016年1月のマイナス金利導入をつづけるのか、
(4)新たな金融緩和政策を打ち出すか、
であった。
これに対して9.21会合で出された黒田日銀の見解は、
(1)金利の低下が経済に好影響を与えてきた。2013年の日銀・政府合意を堅持する。
(2)物価は、2015年夏までは順調に上がっていたが、その後石油価格の下落や新興国経済の低迷といった外的要因で、落ち込んだ。しかし、2%の目標は達成できる。
(3)マイナス金利は長期金利の押し下げに有効であったが、下がりすぎた(イールドカーブの過度の低下)。また、金融機関の経営を不安にした。
(4)マネタリーベースの拡大(金融の量的質的緩和)とマイナス金利に加えて新たに「短期・長期の金利コントロール」を実施する、
というものである。ことばでは「従来の政策をやめるわけではなく新たに加える」というが、実質的には、「マネタリーベース拡大」から「短期長期の金利のコントロール」への、政策転換である。短期長期の金利のコントロールとは、「超短期の金利(金融機関の日銀当座預金)はマイナスに、10年国債の金利は0%に、超長期の金利は高くする」ことにより金融機関の貸付を促し、長期債保有の利点を増強する、ということである。
イールドカーブとは、横軸に1年、2年、…30年、40年と国債の満期までの年数を取り、縦軸に金利%を取ったときのカーブである。普通、右上がりになる。長期金利が下がりすぎたので、金利を指定した国債の売り操作で長期金利を引き上げる、という。こんなことがほんとうにできるのか、という疑問が記者会見で出された。
黒田氏が会見でくりかえし強調したのは、「フォワード・ルッキングな期待形成」、つまり過去・現在の経済実態から(悲観的に)予測する(これは「適合的な期待」と呼ばれる)のではなく、将来への(明るい)期待にもとづく予測を作り出す、ということである。
「適合的な期待による引き上げには不確実性があり、時間がかかる可能性に留意する必要がある。それだけに、フォワード・ルッキングな期待形成の役割が重要である。」(9.21日銀)
フォワード・ルッキングな期待形成は、2013年4月、黒田氏がリフレ派経済学者・岩田規久男とともに安倍首相の命を受けて日銀に乗り込んだとき以来の基本コンセプトである。
岩田教授(現日銀副総裁)は「人々がデフレと思うからデフレになる」として、デフレからの脱却の処方箋をつぎのように述べた:
脱却のルートはこうだ。日銀が1年半から2年程度でインフレ目標を達成するとコミットし、大量の長期国債買いオペでマネタリーベースを増やす。そうすると、予想インフレ率の上昇から、予想実質金利が低下し、株価が大幅に上昇して投資と消費が増える。一方、実質実効為替相場で見て円の価値が下がり、輸出が増加し、輸入品との競争力も高まって内需も増える。この二つのルートから、総需要が持続的に増加し、デフレ脱却ができる。[2011年02月10日東洋経済オンライン 「4%のインフレ目標でデフレ脱却の姿勢示せ」岩田規久男・学習院大学経済学部教授インタビュー]
フォワード・ルッキングな期待形成とは、人々がインフレになると予測すればインフレになる、ということだ。
どうやって人々に「インフレになる」と思わせるか――これが日銀政策のアルファでありオメガだ。
量的緩和でだめなら質的緩和を。それでもだめならマイナス金利を。それがだめならイールドカーブ・コントロールを。おまけに「物価上昇率が2%を超えてもそれが定着するまで金融政策をつづけますよ」と「過剰に約束する(オーバーシュート型コミットメント)」ことまで政策手段にならべる。(2%の実現そのものが遠のいているのに、どうして「2%を超えても」なんて言えるのか)。
黒田氏はこれで人々にインフレ期待が生ずるとは、心の底では思っていないようだ。「2年間にマネタリーベースを2倍にして2%の物価上昇を実現する」とバズーカ砲をぶっ放した2013年4月の自信と気負いは、今回の記者会見には見られなかった。黒田氏は、政策破綻を認めて撤退したくてもできない。
黒田氏の行く末より重要なのは、日本経済の行く末だ。
ただ、黒田氏が撤退する前に、つぎのことは自覚してほしい。それは「フォワード・ルッキングな期待を作り出す」政策そのものがまちがっていたのではなく、ほかならぬ人々のフォワード・ルッキング(将来予測)が、日本経済の低迷を招いているということだ。
日本の輸出企業は、円安で巨額の収益を積み上げたのに、なぜ投資や賃上げに回さないのか?退職者・高齢者は高額の貯蓄を持ちながら、なぜ消費に回さないのか?人々は消費税引き上げになぜ反対するのか?
答えは、将来の生活が不安だからだ。「福祉と税の一体改革」はどこかへ行ってしまった。非正規労働者が増え、収入が減り、将来生活が不安と考える層が増えた。政府に期待できないなら個人的な貯蓄や民間年金に頼るしかない。消費税を引き上げても、財政赤字の穴埋めに消えてしまう。
まさに人々のフォワード・ルッキングが消費・投資を萎縮させ、増税に抵抗させているのだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study772:160925〕
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