ヒロシマとナガサキの精神とは何か
- 2011年 2月 21日
- 評論・紹介・意見
- 岡本磐男核兵器廃絶沖縄の米軍基地
米国大統領オバマによるプラハにおける核兵器廃絶へ向かうという演説が行われて2年近い年月がたつ。だがその後の経過をみると、決して核軍縮への明るい道筋は画かれていない。米国の国会議員の中には核兵器増強は必要だと主張する多く人々がいる。またロシアでも核に固執するかたくなな姿勢をくずさない政治家が少なくないのであろう。それ故に米露間の核軍縮交渉などをみても、目立った程の成果があげられたという実感はえられない。私にはこの点から人間の愚かさをみる思いがする。
さらに私が危惧しているのは日本の政治情勢である。現在の菅政権では沖縄問題は解決できないであろう。米軍基地の県外移設は不可能であろう。日本国民の多数は日米安全保障条約の堅持を望むかもしれぬが、しかし自らが居住する自治体への軍事基地の提供には強い拒否反応を示している。それ故に国民の多数は矛盾した境地に立たされているが、その境遇が追いつめられていけば、多くの国民は、安保を廃棄して自主防衛力の強化に向かうという選択をするかもしれぬ。自主防衛力の強化というのは、核兵器保有の道をも選択するということである。こうした方向に対しては日本人の立場は賛否両論に二分されることが予想される。だが最近のように平和憲法の理念やヒロシマ・ナガサキの精神が軽視される風潮のもとで、民間テレビ放送において著名なタレントまでもが、日本は核兵器をもつべきだ等と軽々しく述べるとき、これに反対の私は強い反撥を覚える。核・原子爆弾の問題をヒロシマ・ナガサキの精神の原点に立ち帰って考えるべきだと思う。
第2次世界大戦の終了直前にヒロシマ、ナガサキに原子爆弾が米国によって投下されたときの言語に絶する惨状については、既にテレビや映画で放映されたり、小説や絵画でも画かれているのでここではくり返さない。ただ被害を蒙った人達は決して25万人の死者ばかりではなく、生き残った無数の被爆者達もその後の人生を全く変えられてしっまたことだけは強調しておきたい。被爆者達がその後生誕した被爆2世と共に、自らの被爆体験を決して語ろうとしなかったのは、これを語ることによって就職や結婚にまで影響が及ぶことを知っていたからに外ならない。爆弾投下は被爆者のみならず被爆しなかった多くの関係者にも多大な苦しみを与えた。例えば、量子力学の道を究めた湯川秀樹博士のような学者もその一人である。博士は、大戦後数年を経ずしてノーベル物理学賞を授与され、戦後の疲弊した日本に光明を与えた人物として世間からは賞賛されたが、博士ご自身は一時的には授賞の喜びを体験されたとはいえ、その後は、悔恨のまじった複雑な感情を抱く日々を送られたと聞く。それというのは、自らの量子力学の研究は、いつの日かは何万人の人間を殺戮できる兵器の生産に応用できることが理論的には判っていたためであろう。それ故に博士の悩みは深いものであったに違いない。それ故にその後は「人類は核とは共存できない」ことを主張されるようになり、これに基づいて秀樹博士夫人が平和運動に邁進されるようになったことは、よく知られている。
それでは、ヒロシマ・ナガサキの精神とは何であろうか。広島における原爆で亡くなった方々を慰霊する慰霊碑には次の言葉が刻まれているという。「安らかにお眠り下さい。過ちはくり返しませんから」と。この一文に対してその後、ここには主語がない、誰が過ちをくり返さないといっているのかが判らない、という批判が出されることもあった。だが私は、この文章には確かに日本人的曖昧さが認められるとはいえ、ここでの主語というのは、人類か、日本かの何れでしかなく、まだ先進諸国が核兵器を保有している現状では、日本が主語となるとしか解されないと思うようになった。すなわち核での過ちを犯さないということは、核を保有することによってではなく、核を保有しないことによってはじめて充全に主張しうるものであり、日本の非核の立場を鮮明にした文言として受けとられるのではないか。
米国および米国人は第2次大戦終焉直前に日本にあれ程非人道的な兵器としての原子爆弾2発を投下したことに対して決して謝ろうとはしない。その理由は、大戦を勃発させたのは、日本海軍による真珠湾でのテロ攻撃によったのであり、かつ米国が原爆を投下したのは大戦の終結を速めるためであった、というのである。この点を衝かれると私達日本人は何も言えなくなってしまう。私のような戦争体験者は、戦争終結のためだけなら、1発の投下だけでもよかったのではないか、といった心のわだかまりが生ずるにしてもである。
私は、大戦中は全くの軍国少年であったが、日本が戦争するのは、日本が外国の圧力によって追いつめられており、戦争に勝利すれば生活苦から脱却することができるためだと信じていた。学校でも皇国史観・軍国主義と共に、大体そのように教えられていたからである。だが大量破壊兵器としての核が支配するようになった今日では、戦争の概念が一変してきたのではなかろうか。今日の核爆弾は一発でも100万人の人を殺戮することができるといわれている。核爆弾を投下する人間は、個人的には何の怨みもない人間を殺傷するのである。仮にある国の核ミサイルが他の国へむかって発射されたとすれば、今日の情報化社会のもとでは、世界は大騒ぎとなろう。その後の世界各国の政治家、民衆の対応がどのようになるかは、その時々の条件によって異なるであろうから想像は困難である。ただ私がここでいいたいことは、このような事象がもし仮に発生するとするならば、一国の国民の多数の国民感情が、他国民の多数に対して激しい悪感情を抱き怨念を抱いている時に限られるだろうということである。
それ故に日本の政治家や官僚(特に外務官僚)は、決して海外の諸国民との間で、怨念や悪意を抱いたり抱かせたりすることのないようにして、ヒロシマ・ナガサキの精神を広めるよう努めるべきである。また一般の日本国民も海外で居住する人達は、知人となった外国人との間で、核兵器の残虐性、非人道性について語り合うのが望ましい。何といっても海外の人達に情報を与えるのが重要なのである。その意味では非核の都市となることを宣言した地方自治体の首長さん達が世界の一都市で会合を開く催しなどは核廃絶をおし進める上で有意義であろう。私自身の体験を語ることが許されるなら、私は30数年前には英国・ロンドンに1年間滞在し、20年前にはドイツ・マールブルグに5ヶ月間居住したり、その後中国や米国にも一定期間旅行した経験があるが、そこで知り合った現地の人達は、殆どの人がヒロシマ・ナガサキの地名とそこで何が起きたかを知っていた。日本が世界地図の上でどの辺にあるか、北半球にあるか南半球にあるかを知らない外国人ですら、原爆を投下された日本の都市の名前は知っていた。恰も、欧州人であれば、ホロコーストやアウシュビッツでの事象は、深く頭脳に刻み込まれているのと同様にである。それ故に日本国民であれば堂々とヒロシマ・ナガサキの地名を口にすることができる、それが責務であると思う。
私は核を保有していれば国家防衛のための抑止力となるという神話を信じない。核を保有していても保有していなくても、防衛の効果は同じであるという見解にくみする者である。絶対に起こしてならぬことだが、仮に核戦争が起きたとして、一国が他国に核爆弾を落として勝利することなどはありえないと考えているからである。だがそれにしても今日の世界のように、核兵器を大量に(または少量にしか保有していない国を含めて)保有している主要国と全く保有していない多数国とに分かれているような現状を好ましいものだとは思っていない。不公平感は否めないからである。仮に核保有国は被保有国に対して核兵器による先制攻撃を決して行ってはならないというような国際法が成立したとしても、それだけでは十分ではない気がする。
繰り返しになるが核兵器は人類史上例をみない程、残虐で非人道的な悪魔的な兵器である。これを保有すること自身が犯罪的であるという認識がもっと普遍的とならねばならないのではなかろうか。実際核保有国が核を保有していること自身が非保有国の国民に深刻な脅威を与えている。国際連合などの国際機関ではこの脅威に対していかに処理するかの問題をとりあげ、当面の解決策としては、核保有額に応じて核保有国は、非保有国に対して一定額の賠償金を支払わねばならぬ等の強制措置をとることが検討される時期にきているのではないか。これは筋の通った要求だろう。核の保有に対して何らかの制約がなければ、核廃絶への道は遠のいてしまうであろう。そのようにならないことを切に祈る。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0349 :110221〕
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