上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋~赤旗編集局への書簡(2/7)
- 2016年 10月 16日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2016年10月15日
上村達男氏の長谷川三千子氏評価に対する異議
雑誌『世界』2015年6月号に、NHK経営委員、同委員長職務代行者を退任して間もない上村達男氏の論文「NHKの再生はどうすれば可能か」が掲載されました。
この寄稿については、籾井NHK会長の資質、個人的見解に触れた部分など賛同できる箇所が少なくありませんでした。しかし、上村論文が一番強調しようとしたNHK再生論は、NHK存立の生命線といえる政治権力からの自主自立を強めるどころか、むしろ、危うくする内容を随所に含み、多くの疑念を感じました。
(1)経営委員就任前の長谷川氏の言動について
その一つは、上村論文が、同期の経営委員(本田勝彦委員、長谷川三千子委員。特に長谷川氏)に対する世間の「誤解」を正そうとする「気配り」を示した点です。
「大昔に安倍首相の家庭教師をしたことで批判されている本田勝彦委員や経営委員就任前のことでのみ批判されている長谷川三千子委員が経営委員としては公平な立場で発言・行動されていることはお伝えしておきたい。」(92ページ)。
しかし、本田氏のことはここで触れないとして、長谷川氏について、委員就任前の言動を取り上げ、それが経営委員としての資格要件に適うのかどうかを議論するのは、上村氏が強調した、会長候補者の段階での籾井会長の個人的資質を問題にするのと同じです。
「放送法」は法の目的を定めた冒頭の「総則」第1条で「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」と明記しています。ちなみに、ここでいう「放送に携わる者」には、NHKの役員でもある経営委員も含まれています。
また、「放送法」は、経営委員の任命要件を定めた第31条で、「委員は、公共の福祉に関し公正な判断をすることができ」と明記しています。
経営委員を選考するにあたって候補者に挙げられた人物がこうした資格要件を満たすかどうかを判断するには、各候補者の委員就任前の言行を確かめるのは当然のことです。
では経営委員に就任前、長谷川氏の言動はどのようなものだったでしょうか?長谷川氏は『正論』2009年2月号に「難病としての民主主義」と題する小論を寄稿したほか、『月刊日本』2013年6月に掲載された論稿では、
「『すべての国民は、個人として尊重される。』 日本国憲法第13条冒頭のこの一文が、いかに異様な思想をあらはしてゐるかといふことに気付く人は少ない。」「『個人』などといふ発想に基づくのではない、『人の道』にかなった憲法こそ、われわれが求めてゆくべきものであらう」
と述べています。
民主主義を「難病」と貶め、基本権人権の尊重を謳った日本国憲法を「異様な思想」と侮蔑する人物が、健全な民主主義の発達に資することを目的とする公共放送に携わる者に求められるのとはまったく相容れない資質の持ち主であることは明らかです。
このような異様な時代錯誤の資質の持ち主が公共放送の監督・議決機関のメンバーとしてふさわしいかどうかを議論することに何の問題もないどころか、大いに必要です。
現に、私たち視聴者団体は長谷川氏が経営委員に就任した当初から、長谷川氏を含む3名のNHK役員の罷免を求める運動を続け、幾度も経営委員会に申し入れをしてきました。上村氏はそれをどう受け止めたのでしょうか?
上村氏が、上記のように長谷川氏を弁護する発言をするなら、なおさら、この点が問われなければなりません。
(2)経営委員就任後の長谷川氏の言動について
では、経営委員就任後、長谷川氏は、上村氏が言うように「公平な立場で発言、行動されている」(92ページ)のかというと、公表された経営委員会議事録を読む限り、とてもそうはいえません。むしろ、籾井会長に批判の矛先が向きかけた時、それを遮るような発言をしたことがしばしば見られました。
その一例として、籾井会長が理事の新任とそれに伴う理事の担務の変更を経営委員会(2014年4月22日開催)に諮った時の籾井会長、上村代行、美馬、長谷川委員の間で交わされたやりとりがあります。ここで引用すると長くなりますので、次節の末尾に【参考1】として議事録の関連部分を抜粋しておきます。
また、これは上村氏が経営委員を退任した後のことですが、籾井会長の私的なゴルフ用のハイヤー手配、料金支払いにあたって、公私の区別が問題になった経営委員会(2015年3月19日開催)での長谷川氏の発言も同氏の言動の「公平性」を確かめるのに有用です。
「長谷川委員 ・・・・事実確認が非常によくわかったのですが、それを追っていくと明らかにミスは秘書室にある。つまり、秘書室はそうやってプライベートという認識で、このハイヤー手配をしたにも関わらず、その業務手続きを通常の処理にしてしまったということが一番のポイントではないかと思います。」
「長谷川委員 結論を出すのは早すぎるかも知れませんが、今回の問題は、基本的に秘書室の体質、意識の不徹底という問題が中心であると。会長に責任があるとすれば、会長からすれば、秘書室は自分の手足なので、秘書室に対して会長が公私混同を戒める厳しい人であれば、秘書室もそれにならうところですが、会長も徹底した姿勢・厳しさを欠いていたと言える。ただ、基本的な問題は秘書室の体制の甘さにあるという印象が強くあります。」
「本田委員 ・・・・秘書室の責任云々に焦点があたっていますが、もう少し、幅広くNHK全体の、コンプライアンスの意識の向上に努める。秘書室の体制といった次元の話ではなく、安全の確保は当然のことですが、コンプライアンスと、セキュリティーは両立しないといけないわけです。秘書室だけがけしからんという受け止め方をされないように、ブリーフィングで報告していただければと思います。」
「浜田委員長 私もそのように思っています。秘書に責任を負わせるというのはよくないと思います。」
「長谷川委員 秘書の一人一人にミスがあったということではなく、組織としての秘書室の連絡不徹底ということが、結果的に組織のミスにつながった。」
「浜田委員長 いいえ、報告書にはそうありますが、ご発言の中には、秘書室の問題に特化されたご発言もあったような気がしました。」
このようなやりとりを読むと、長谷川氏は一番の問題は会長ではなく秘書室の怠慢だという発言を繰り返し、籾井会長の責任をそらす態度をあらわにしました。こうした意見は本田委員とも浜田経営委員長とも異なる長谷川氏の意見の際立った特徴でした。
しかし、早い話、NHKが籾井会長用にハイヤーを手配するとき、籾井氏が一言、「請求は自分に」と指示し、その後、「まだ請求が来ないが、どうなっているのか」と自分から秘書室に尋ねていれば、システムがどうのと大げさな話をしたり、必死に籾井氏をかばいたてしたりする必要はなかったのです。こうした常識的対応すらしなかった籾井氏をことさらかばいだてした長谷川氏の言動を指して、「公平に発言されている」とはとても評価できません。
また、長谷川氏は、NHK経営委員に任命された翌2014年1月6日の『産経新聞』のコラム欄に「『あたり前』を以て人口減を制す」というタイトルの一文を寄稿しています。その中で長谷川氏は日本の人口減少問題に触れて、「『性別役割分担』は哺乳動物の一員である人間にとって、きわめて自然なもの」、にもかかわらず、「男女共同参画社会基本法」で謳われたように、出産可能期間中の「女性を家庭外の仕事にかりだしてしまうと、出生率が激減するのは当然のこと。日本では昭和47年の「男女雇用機会均等法」以来、政府・行政は一貫してこのような方向へと個人の生き方に干渉してきた、と男女共同参画社会への流れを「性別役割分担」社会に巻き戻すよう促す時代錯誤の見解を公にしました。
こうした異様な考えの持ち主が「公共の福祉に関して公正な判断ができる」人物とは思えず、男女平等、共生という民主主義の理念を広めるためにNHKを監督できる資質を備えた人物とは到底思えません。それだけに、経営委員就任後に限定しても、長谷川氏は「経営委員としては公平な立場で発言・行動されている」などと評価する上村氏の「公平観」ひいては見識に強い疑念を覚えたのは当然です。
(以下、次回に続く)
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
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〔eye3704:161016〕
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