トランプ現象はアメリカ崩壊の前兆か - ヒラリー大統領でも「米帝国主義」復活は無理 -
- 2016年 10月 31日
- 時代をみる
- 伊藤力司米大統領選米帝
2016アメリカ大統領選挙投票日まであと8日。世論調査は依然、正統派の民主党ヒラリー・クリントン候補の優勢を伝え、共和党の野人ドナルド・トランプ候補の敗退を予告している。
あと8日(日本時間ではあと9日)すれば、おそらくアメリカ合衆国建国以来240年で初めての女性大統領の登場を見ることになるだろう。だが昨年の今頃「泡沫候補」とみられていたトランプ氏が、ここまでアメリカはおろか世界中を騒がせた現象は何だったろうか。
この1年間、米大統領選挙をフォローしてきた筆者なりに「トランプ現象」について考察して言えることは、第2次世界大戦後70年余世界をリードしてきた「アメリカ帝国が壊れつつあることの結果だ」ということになる。1991年にソ連が崩壊して冷戦が終わり、文字通りアメリカが「唯一の超大国」となってから4半世紀、軍事的・経済的に今でも唯一の超大国であることに変わりはないが、トランプ氏は「20兆ドル(2080兆円)もの借金を抱える米国は世界の警察官にはなれない」と主張する。
だから彼は、米国の同盟国である日本、韓国、NATO(北大西洋条約機構)諸国は「駐留米軍のすべての経費を支払うべきだ」と主張し「支払えないなら米軍は撤退する。米軍撤退で心配なら日本、韓国は核兵器を持ってもいいではないか」とまで断言した。日本が駐留米軍のために多額の「思いやり予算」を支払っていることはご存じないようだ。ことほどさようにトランプ氏は不動産王でTVのエンタテイナーではあっても、超大国の政治指導者としては全くの素人である。
しかしそんなトランプ氏が、共和党のプロ政治家たちと争った予備選挙で圧倒的に勝ち抜いたのである。トランプ氏のコアな支持層は高卒の白人ブルーカラーだという。かつてアメリカの花形産業であった自動車、製鉄、炭鉱、石油採掘などの現場で働き、学歴は低くてもアメリカを支える人々として、世間的には評価されていた。しかしネオリベラリズム(新自由主義)の下、グローバル化が進む中で彼らの仕事はメキシコや中国など、労賃の安い国に移転してしまった。
少なくとも1980年代末まではアメリカ社会の分厚い中間層を構成していた白人ブルーカラーが、グローバル化とマネー資本主義の拡張で次第に貧困化したのが、この4半世紀現代史の特徴である。(それはアメリカ・モデルに追随した日本の姿でもある。)とはいえ、アメリカがマイクロソフトやアップルに代表されるIT産業、グーグル、ツイッター、フェイスブックなどのインターネット関連ビジネス、さらに航空機・宇宙・兵器産業などで世界に覇を唱えていることは疑い得ない。
しかし高卒の学歴ではこうした先端産業には就職が難しく、少なくとも大卒の資格が必要だ。しかしアメリカでは大学の学費がバカ高い。公立大学の学費無料化を訴えて民主党予備選挙で善戦したバニー・サンダース上院議員を若者たちが圧倒的に支持した
さらに2008年秋に突発したリーマン・ショックによる金融危機が、世界中の経済活動をピンチに陥れたことで分かったように、ニューヨーク・ウォール街のマネー資本主義がいかにグローバル化時代の世界経済の生殺与奪の権を握っているかを示した。こうしたアメリカ資本主義が「1パーセントの大金持ちと99パーセントの貧乏人」を生んだことは間違いないところだ。
1776年の建国以来、ちょうど240年の歴史を数えたアメリカ合衆国。これまで合衆国の主流はWASP(white,anglo-saxon,protestant)つまり白人・アングロサクソン・プロテスタントだとされてきた。つまりイギリスから新大陸に渡ってきたプロテスタント(新教徒)が合衆国を育て、支えてきたという自負心である。しかし1960年にはカトリックのジョン・F・ケネディが、2008年にはアフリカ系混血のバラク・オバマが大統領に選出された。
言うまでもなく、アメリカは世界中からの移民で構成された国である。2040年代には、これまで多数派であった白人が少数派になり、アフリカ系、中南米系、中近東系、アジア系を網羅した非白人人口が白人を追い抜くことが統計的に立証されている。ドナルド・トランプ氏はアングロサクソン系ではなくゲルマン系のルーツだが、白人主流の社会を代弁する人として期待されている。
ヒラリー氏はもとより生粋の白人だが、彼女はアフリカ系やヒスパニックと呼ばれる中南米系のルーツを持つ人々から圧倒的な支持を集めている。ヒラリー氏は1982年から8年間、ビル・クリントン大統領のホワイトハウスのファーストレディとして、2000年から2008年までニューヨーク州選出の上院議員として、さらに2009年から4年間オバマ政権の国務長官として、アメリカ政治の中枢を体験したプロ中のプロだ。
これに対抗するトランプ氏は政治家としての経験はこれまでゼロ。ただ「自分を大統領にしてくれれば、再びアメリカを偉大な国にしてみせる」と叫んで、ヒラリー氏に対抗してきた。2001年9月1日にアメリカを襲った同時多発テロ以降、ブッシュ政権がこの年発動したアフガン戦争、2003年に始めた米英軍を主力とするイラク侵攻。米軍にとって惨めな結果となったベトナム戦争以来の本格戦争だったが、アフガニスタン、イラクともアメリカにとって勝利とは言えない戦争となった。
アフガン戦争とイラク戦争で膨大な戦費を費やした結果、世界一の経済大国アメリカが財政赤字に苦しむ結果になった。トランプ候補の支持層にしてみれば、ヒラリー候補に代表されるエスタブリッシュメント(establishment)、つまり既成政治家たちが責めを負うべき「悪しき遺産」である。このツケを誰が払うのか。それはエスタブリッシュメントではない一般国民である。
女性蔑視発言とか、大金持ちなのに連邦所得税を18年間払わなかったことが暴露されたトランプ氏の品性がこれだけメディアにたたかれたのに、固いトランプ支持層は動揺していない。彼らが毎日読むトランプ氏のツイッターのアカウントは300万人に上るとか。彼らはニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト等々の新聞を読んだことのない人々だ。
一方では、アメリカ史上初の女性大統領になりそうなヒラリー・クリントン氏。それにしては好感度が低い。ホワイトハウスでインターン中の若い女性との不倫スキャンダルが問題になった、夫のビル・クリントン氏のほうが好感度が高いというのだから不思議なものだ。専門家に言わせると、ヒラリー氏は目の前にある問題に徹底的に取り組んですべてに精通しないと気が済まない完璧主義者。要点だけつかんで後は良きに計らえと鷹揚に構えることができないたちだとか。
アメリカ史上初めて「ガラスの天井を破って」女性大統領に就任できそうだというのに、同世代ないしその上の世代の女性はヒラリー氏に好意的だが、それ以下の若い女性たちにはさっぱり人気がないという。広い世代の女性たちに、何となく「お高くとまっている」と見られているらしい。アメリカの男たちは、総じてヒラリー女史に一目置いているのだが「魅力的な女性」とは見ていないようだ。
エスタブリッシュメントの典型のようなヒラリー・クリントン氏。第2次世界大戦後覇権国家になったアメリカでは、大統領はアメリカ帝国主義を牛耳る軍産複合体(militaro-industrial complex)とウォール街の代弁者になってきた。これまでの経歴からヒラリー氏はまさにアメリカ大統領にふさわしい人物に見える。だが、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカを合わせた新興国グループBRICSや、イギリスが抜けて新たな欧州像を生み出そうとしているEU(欧州共同体)の興隆といった世界新情勢下、アメリカ帝国の復権は容易ではないと予測して置こう。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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