敗北したのは、アメリカのエスタブリッシュメントだ。
- 2016年 11月 10日
- 時代をみる
- 澤藤統一郎
まさかと思っていたことが現実になった。反知性で、排外主義で、倫理性に欠けた、粗暴な男が、世界最強にして最も富む国の政治指導者になった。これは、文字通りの衝撃だ。ドルが売られて円が買われ、日本の株価も1000円も下がった。世界が動揺していることの表れだ。このトランプショックは、いったい何を物語っているのだろうか。
おそらく、原因は複雑に入り組んで、一義的な解答はあり得ないというべきなのだろう。多様な理解があり得て、一面的に自分に都合のよい見方で割り切ることは避けたいと思う。それでも、何かを言わねばならないという気持になる。
両陣営の対抗軸は何だったのだろう。
民主党対共和党
リベラル対コンサーバティブ
政治家経験者対未経験者
知性対非知性
常識対非常識
グローバリズム対ドメスティック
自由貿易対保護主義
シリコンバレー対沈みゆくラストベルト
移民寛容派対排外主義派
高所得層対低所得層
勝ち組対負け組
フェミニズム対マッチョ
女性対男性
都市中間層対地方ブルーカラー
カラード対ホワイト
安定志向対変化願望
格好付け対ホンネ
……
どれもしっくり来ない。
実は、ヒラリーはエスタブリッシュメントのシンボルとなって、敗れ去ったのではないだろうか。エスタブリッシュメントとは、既成の秩序。つまりは、資本主義体制それ自体とその体制の上に築かれた政治的、文化的秩序のことである。その頂点にあるものとしてヒラリーが怨嗟の的となったのだ。
ヒラリーは、トランプと闘う以前に、サンダース現象に遭遇して苦しんだ。サンダース現象こそが、鮮やかにアメリカの抱える問題をえぐり出して見せつけた。貧困と格差の拡大、そしてその固定化である。かつては、「貧しき者も、その汗と努力によってやがては報われる」という、アメリカンドリームの幻想が、貧困や格差の害悪を糊塗していた。しかし、いま、若者たちにその幻想は消え失せている。
貧困や格差の再生産と固定化は、到底自己責任で論じることのできない、不平等感を社会に蔓延させたのだ。資本主義の負の部分を剥き出しにしてよいとする新自由主義が、一握りの極端な勝ち組と、多くの貧困者層との修復しがたい対立構造をつくり出した。このような経済秩序がつくり出した一握りの極端な勝ち組が、エスタブリッシュメントにほかならない。ヒラリーは、ウォール街から金を集めて、そのシンボルとされたのだ。
経済体制がつくり出す不平等や諸々の不合理を、民主主義的政治過程で抑制する。それこそがサンダースの唱える民主社会主義であろう。ヒラリーはサンダースに一定の妥協をする形で、この真っ当な陣営からの挑戦を乗り切った。
しかし、次にヒラリーが対決したトランプ陣営は正体不明のヌエのごとき存在で、結局は対処すべき方法を見つけられなかった。正体不明で多面的なトランプ旋風も、その基本はエスタブリッシュメントに対する怒りであったろう。新自由主義が行き着いた資本主義がもたらした、格差と貧困にあえぐ人びとの怒りである。
グローバルな資本主義に対する不審や不満の運動が、サンダース現象では社会民主主義的な理性ある行動の集積となり、トランプ旋風では、移民排斥や人種差別の粗暴な形で表れた。そのどちらの闘いでも、ヒラリーは格差や貧困の蔓延する社会でのエスタブリッシュメントのシンボルとされ、最終的には敗北したのだ。
本日(11月9日)決着したアメリカ大統領選挙の結果は、ヒラリーの敗北に意味がある。それは、新自由主義・グローバリズムという形の資本主義の行き詰まりを意味している。一方、トランプ勝利の意味は小さい。
(2016年11月9日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.11.10から許可を得て転載 http://article9.jp/wordpress/?p=7676
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