NHK受信料訴訟大法廷回付に思う
- 2016年 11月 15日
- 時代をみる
- 澤藤統一郎
NHKとの受信契約締結を拒否した男性を被告として、NHKが受信料の支払いを求めた訴訟が上告審に係属中である。その事件の審理が大法廷に回付されたことで話題となっている。訴訟の焦点は、契約成立の時期をめぐる争いと報じられているが、問題はそれだけではあるまい。もっと基本的な問題があるはずだ。
この事件では、視聴者側の契約締結の意思表示はない。それでも強気のNHKの主張は、「受信契約の『申込書』を視聴者に送った時点で自動的に契約が成立する」「視聴者が承諾しなくても、放送法に基づいて支払いの義務が生じる」というもの。
もっとも、「この事件の一審・東京地裁判決は『申込書を送っても、承諾しなければ契約は成立しない』と判断。『判決が男性に承諾を命じた時点で契約が成立する』と結論づけ、二審も支持した。他の訴訟の判決でも同様の考え方が主流だ。」(日経)と報じられている。
NHKが、契約未締結の視聴者を被告として、裁判所に「受信契約承諾の意思表示を求める訴訟」を提起し、これに勝訴すればその時点で受信契約が成立する。これが、一審判決の構成。これを前提にすれば、NHKは、契約未締結者の一人ひとりにこのような提訴をしなればならず、煩わしさを覚悟しなければならない。しかし、その覚悟さえあれば、訴訟によって契約未締結者との契約を成立せしめることができることになる。
どうしてそんなことができるのか。NHKと視聴者との関係を規律しているのが、放送法第64条1項。〈受信契約及び受信料〉という標題が付けられた、やや奇妙な条文である。
分かり易く、同条1項本文を整理するとこうなる。
「NHKテレビ放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、NHKとの間において、その放送の受信についての契約をしなければならない。」
一応は、「NHKテレビを受信することのできる受像器を設置した者」に対する契約締結を命じる内容とは読める。しかし、この「しなければならない」は、「したものと見なす」ではない。「しなければならない」の強制手段について触れるところはなく、視聴者がこの規定に従わなかった場合の効果はまったく記載されていない。「契約をしなければならない」にもかかわらず、契約をしなかった場合はどうなるのだろうか。
この64条の規定が裁判規範として法的拘束力をもつものか、それとも訓示規定に過ぎないか。それは定かではない。そもそも、法が「契約締結」を命じうるかが、問われなければならない。
「やや奇妙」というのは、本来契約は自由だからである。契約を締結するかしないか、誰とどのような内容の契約を締結するか、すべて自由であることが想定されている。契約の方式や内容については弱者保護の政策的理由から種々の規制がある。また大量の契約を斉一的に取り扱う必要からも、約款における「契約自由の原則」は変容している。とはいえ、契約締結それ自体を命じる法の条文には、「ナニこれ?」という違和感を禁じ得ない。本当に、放送法64条を裁判規範と理解し、その効果として契約締結を認めうるのだろうか。
国民に義務を課することが可能かと問われている場面である。裁判規範としての法的効果が明示されていない条文を、解釈で補って、これを根拠に義務を課することには慎重でなくてはならない。
また、受信料を契約上の債務とした放送法の趣旨を吟味しなければならない。放送法は、戦前のNHKが権力と一体化したメディアとして戦争や植民地支配そして思想の統制に果たした役割への徹底した批判と反省に立脚して制定されたものと理解しなければならない。
NHKを常に国民の批判に曝されたものとし、国民の負託に応えるべく自覚を継続するに適合した制度として、契約による受信料支払いの制度を構築したものと考えるべきである。契約は、飽くまで自由である。64条は訓示規定と読むべきである。視聴者各自がNHKのあり方に納得し容認して、各自のその意思に基づいて、NHKを支えるべく契約締結に至ることを想定しているというべきである。
あるいは、NHKが、放送法1条や4条に記載された公共放送としてのあり方に適合していることを当然の前提として、放送法64条があると読まねばならない。
このように解して初めて、国民が支えるNHKであり、国民の批判に謙虚に耳を傾けるNHKとなる。軽々に、「64条の効果として、裁判所は判決で契約締結を命じうる」としてはならない。
(2016年11月14日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.11.14より許可を得て転載
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