TPPと福澤諭吉
- 2011年 2月 28日
- 評論・紹介・意見
- TPP岩田昌征
TPPが国論を二分しているといわれる。第三の開国、つまりは完全開国は、農業のみに関わることではないにせよ、農業者の一憂一喜が一番強いようである。日本の全産業がほぼ完全に国際市場というより世界市場における自己競争力によってしか生き残れない事態を望ましいとする勢力は、相当に強いようである。そうなると、農水省試算によれば、日本の食料自給率はカロリー・ベースで現在の40%から14%へ低落する。農業従事者の数も今よりさらに少なくなる。だからといって私たちが空腹になるわけではない。農業以外の諸産業が頑張って食料輸入の原資を稼いでくれる。輸入先の対日輸出農業も安全性や品質を高めてくれるであろう。日本の消費者の効用は高まるし、生き残った合理的農業経営者は、高付加価値農業で高収入をあげるであろう。このような健康体経済を創る。これが第三の開国の趣旨であろう。
既に明治時代に上記のごときTPP的日本経済発展論を説いていた先駆者がいた。かの福澤諭吉先生である。既に明治17年、「運輸交通の便利、頓に商事の進歩を促し、地球全面、貿易の繁昌すること古来今日の如く盛んなるはなし。今後尚ほ益此道を拡め、五大州を縮めて一小市場たらしむるの実を見ること、蓋し遠きにあらざるべしと信ずるなり」(『日本近代思想体系 経済構想』岩波書店、p.257)と説いて、地球全面市場=グローバル・マーケットの時代を予見していた。そして明治31年ともなると、「今後の国是は商工立国の外にあるべからず。・・・専ら工業製造を勉め、大いに航海を奨励して外国貿易を盛んにし、・・・、衣食住一切の必要品は外国に仰ぐものと覚悟して、常に優勢の海軍力を養ひ、万一の場合には海上権を収めて商売貿易と同時に食糧輸入の道を保護して、一歩も敵に犯されざるの用意肝要なれ」(戸高一成著『海戦からみた日露戦争』角川書店、p.40、孫引き)と論ずるに至る。まさしくTPPの下に花開く経済構造であろう。
現在のTPP推進論者に欠けているが、福澤はさすがに「万一の場合」を考えていた。「優勢の海軍力」なる安全装置の強調である。しかしながら、今日、日本国軍事力は、米軍日本部隊的状況にあり、「万一の場合」、例えば最悪のケース、アメリカが日本国を経済封鎖した場合、「海上権を収めて商売貿易と同時に食糧輸入の道を保護」することができない。1990年代、バルカンの小国セルビアは、北米西欧諸国による完璧な経済封鎖の下で、対等の外交戦を北米西欧に対して―最後に78日間にわたるNATO大空爆で屈服したにせよ―10年間続けることができた。それは何よりも、セルビアが中進工業国であると同時に、農業国であり、農村社会を有していたからである。都市住民は、田舎の親類筋に頼れたのである。
日本国の万一の場合を考慮していない農業・農村政策は、耐震設計の欠如した都市計画に等しく、万一の場合、クライストチャーチの大聖堂のように崩落するしかない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0355:110228〕
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