「TPP」に潜む問題点を探るー菅政権は、性急すぎないか
- 2011年 3月 1日
- 時代をみる
- TPP池田龍夫
菅直人首相は1月24日の施政方針演説で、「日本だけが経済の閉塞、社会の不安にもがいているわけにはいかない。現実を冷静に見つめ、内向きの姿勢や従来の固定観念から脱却する」と前置きし、「国づくりの理念」など5本の柱を立てて、国民に訴えた。その第一項目が「平成の開国」であり、「環太平洋経済連携協定(TPP)」参加への意欲を強調したものなので、その冒頭部分を紹介して本題に進みたい。
「経済連携に〝乗り遅れた〟」
「第一の国づくりの理念は『平成の開国』です。日本はこの150年間に『明治の開国』と『戦後の開国』を成し遂げました。不安定な国際情勢にあって、政治や社会の構造を大きく変革し、創造性あふれる経済活動で難局を乗り切ったのです。私は、これらに続く『第三の開国』に挑みます。……開国の具体化は、貿易・投資の自由化、人材交流の円滑化で踏み出します。このため、包括的な経済連携を推進します。経済を開くことは、世界と繁栄を共有する最良の手段です。この方針に沿って、WTОのドーハ・ラウンド交渉妥結による国際貿易ルールの強化に努めています。一方、この10年、2国間や地域内の経済連携の急増という流れには大きく乗り遅れてしまいました。そのため、昨年秋のAPECに先立ち、包括的経済連携に関する基本方針を定めました。今年は決断と行動の年です。昨年合意したインド、ペルーとの経済連携協定は着実に実施します。また、豪州との交渉を迅速に進め、韓国、EUおよびモンゴルとの経済連携協定交渉の再開・立ち上げを目指します。さらに日中韓自由貿易協定の共同研究を進めます。環太平洋パートナーシップ協定は、米国をはじめとする関係国と協議を続け、今年6月を目途に交渉参加について結論を出します」。
太平洋貿易圏拡大を目指す米国
TPPとは、「環太平洋戦略的経済連携協定=Trans-pacific Strategic Economic Partnership Agreement」の略称。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ4カ国が参加する貿易協定で、2006年5月に発効した。当初は問題視されなかったが、米国が08年3月に参加を表明すると、同年11月にはオーストラリア、ペルー、ベトナムが、10年にはマレーシアも参加、現在9カ国に拡大した。にわかに脚光を浴びている「TPP」だが、通常「環太平洋経済連携協定」とされ、「戦略的=Strategic」の表記が無いのが、何故か気になる。中国の台頭に備え、太平洋にシフトした米国の戦略が読み取れるからだ。
普天間基地移設は手詰まり状態。瓦解した鳩山由紀夫政権を引き継いだ菅政権が〝対米急接近〟に舵を切ったとの論評も飛び交っているが、民主党がマニフェストに謳った「東アジア共同体」構想が、菅施政方針演説では消え、「TPP」に傾斜したことを問題視するのは、杞憂だろうか。
「TPPに日本が参加すれば、米国の輸出が倍増する」との〝戦略〟をオバマ政権が考えたに違いないからだ。
菅首相は突然、「黒船襲来」「第三の開国」などと大げさに唱えているが、各新聞の背景分析が乏しいため、〝バスに乗り遅れるな〟との焦燥感が醸成されているような気がしてならない。「関税撤廃によって輸出が拡大する」というTPP賛成派と、「外国の農産物流入で、日本農業(特に米作)はピンチ」との反対派の2項対立がクローズアップされているが、対象は関税撤廃だけでなく、サービス・電子取引・投資・知的財産権・政府調達の規制緩和など24項目にも及んでいる。参加九カ国の主導権は米国が握っていることは明らかで、巧妙な戦略を分析し、慎重に対応しないと禍根を残す。
「例外を認めない日米間FTA」に?
「カナダがTPP参加を検討した際、乳製品の除外を求めたところ、参加を拒否された。日本のコメも例外は認められないでしょう。TPP参加を表明している九カ国と日本の国内総生産(GDP)の合計のうち、日米が9割を占めます。実態としては、例外を認めない形での日米間FTAと見ることができる。交渉項目は、米国の「対日年次改革要望書」に似ている。貿易の関税撤廃は一部に過ぎず、経済のルール全般を共通にすることを目的にしている。BSE(牛海綿状脳症)問題のあった牛肉などの食品や、工業製品の安全性なども日本独自のものでなく、同じ基準の受け入れを求め、米国経済への一体を求めるものです」と、金子勝・慶大教授は指摘(『毎日』2・4夕刊)しているが、米国の狙いを的確に衝いたものだ。
「TPPやFTAは、本来の自由貿易協定と違って『地域限定経済協定』である。ガット、WTОの三本柱は『自由・無差別・互恵』であって、地域的相互主義に走るのは危険だ。WTОの理念は、戦前のブロック経済化が第二次世界大戦を導いた反省の基に成り立っているので、ブロック化を促進するような排他性が入り込む協定を日本はとるべきではない」と、浜矩子・同志社大大学院教授も強調(岩上安身ブログ2・4)している。
小泉純一郎内閣の「郵政改革」などの規制緩和・市場原理主義の悪夢が蘇り、今回のTPP問題では〝前車の轍〟を踏まぬよう、切に望みたい。
米国の戦略と躍進・中国の攻防
9カ国によるTPP交渉は現在、1~2カ月に1回のペースで開かれ、ルールづくりを協議している。菅首相は6月をメドに最終判断すると言っているが、米国は11月に開くAPECまでに交渉を終了する方針。まだ日本は正式交渉に臨んでいないため、参加するにしても、不利な条件を飲まされかねないと危惧している。
「なぜ日本はTPP加入のメリット、デメリットを十分に検討することなく、加入を急ぐのだろうか。内閣府のマクロ経済分析、農水省の農業への影響試算、経産省の基幹産業への影響試算は出ているが、これとても全くの試算であり、きわめて大雑把なものにすぎない。単に農業問題だけではなく、日本の経済全体、特に金融、IT等のサービスセクターにも影響が及ぶ可能性がある。……オバマ政権が突如TPP戦略を持ち出した動機は,国内的には中間選挙を控え支持率低下を防ぐために『強い米国』を誇示する政策とらざるを得なかったこと、リーマン・ショック以降低迷を続ける経済不況を脱するため景気対策としてとらざるを得なかった面があろう。アジア太平洋地域の中で最初のターゲットは日本であるが、本命というべきターゲットは中国であろう。現在のところ、中国は米国のTPP戦略に対して何の反応も示さず、冷静に構えている」と、谷口誠・前岩手大学長は、米戦略の狙いを分析(『世界』3月号)
している。国連大使、ОECD事務次長などを歴任した外交官だっただけに、米戦略の本質に迫る論稿と感服した。最後に〝日本の国際的立ち位置〟に関する谷口氏の見方を紹介しておきたい。
「菅政権がTPP加入を急ぐ理由を突き詰めて考えていくと、単に経済的にプラスかマイナスかの議論ではなく、その背景には最近の不安定化する東アジア情勢があるのであろう。最近の尖閣列島をめぐる中国との軋轢、北朝鮮問題を経験してアジアとの距離を置き、再び米国に近づき始めたとも見える。…このことは、国内不況から脱するためにもアジア太平洋への進出を狙うオバマ政権にとっては一つのチャンスであり、米国が先般のAPEC会議において急遽TPPを推し進めてきた真意もそこにあるとみるべきであろう」。
確かに「TPP論議」は、政治・経済を包含した日米関係の今後に直結する最重要課題であることに気づく。鳩山→菅政権の「普天間問題」の迷走ぶりを見せつけられた国民の多くが、基地問題を棚上げにして、「TPP加入」へ突っ走る政策転換に危うさを感じているに違いない。
中国は、日・中・韓3国を含めた「ASEAN+3」を軸とした経済連携を提唱してきた。中国主導でアジアを束ねてFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に発展させ、中国の国際社会での発言力を強めようとする戦略だ。ここには、米国のアジアへの影響力を殺ぐ狙いもあると思われる。
「アジア共同体」構想も含め、経済成長著しいアジアを舞台に各国の国益を賭けた駆け引きは 今後強まりそうだ。日本は右顧左眄せず、TPPにも慎重に対処し、独自の平和外交に徹して真に対等な対米・対中関係を構築してほしい。
(財団法人新聞通信調査会「新聞通信調査会報」2011 年3月号「プレスウォッチング」より許可を得て転載 ――編集部)
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