トランプ外交の不透明性に世界的な不安拡大-それにしてもお粗末な安倍(日本)外交
- 2016年 11月 30日
- 評論・紹介・意見
- 合澤清
1.トランプ勝利の選挙結果をどう見るか?
徐々にトランプ新政権の人事が固まり、それにつれて彼の今後の方向性も見えつつあるように思える。だがしかし、彼にとってもそう簡単に思い通りには進まないのではないのか。何故なら、国内的にかなり多くの批判層が存在している(ジョージ・ソロスなどが背後で糸を引いている動きもあるというが、基本的には相争う利害対立、既得利権をめぐる対立があることは確かであろう)。また国際的な包囲網もある。米国という超大国が持つ従来世界での重みを考えてみれば、当然のことであるが、米国政治のかじ取りが大きく変わることで、今日の世界的なネットワークへの影響は計り知れないほど大きなものとなる。しかも、それによって途上国ほど、より大きなダメージを受けざるを得ない。
しかし今、この大問題に確かな見通しを立てて行くには既発表の資料が決定的に不足している。そのため、ここでは今後の課題を設定するという程度の意見表明にとどめたい。
私見では、この大問題にアプローチするには少なくとも次の点への見通しと考察が必要になるのではないのか。
第一は、トランプ勝利の背景、それをもたらしたアメリカの現状である。堤未果は、今日のアメリカ社会の根底に広がる格差と貧困の蔓延、および総人口の60%を占める白人層、その底辺部分の失業と貧困を大きな要因として挙げている。しかしそれだけではなかろう。トランプを後押しした勢力(産業界)が何なのか、そしてそれは何のためか、を問題にしなければならないのではないのか?これはまだ幾分推測の域を出ないが、軍需産業や今日では衰退著しい米国内の自動車産業などの姿がすでに見え隠れしている。彼トランプは、若いころからクライスラー社のアイアコッカなどと特別に親しい仲であったことが知られている。この辺を正確に見極めることが必要である。トランプ政権のその後の政策は、主にこの方面と密接に関連して構想されていると思われるからだ。
第二に、その上で、アメリカ社会の今後の行方についての十分な考察が必要である。よく問題にされているのは、「保護主義と民族排外主義」ということである。しかし、この点の強調にはかなり疑問が残る。今や「覇権大国アメリカ」の落日は誰の目にも明らかになりつつある。つまり、米国が独自の力で世界に冠たるアメリカ帝国主義を復興できると考えることは一場の夢物語でしかない。かつての「モンロー主義」が今日ストレートに通用するとは到底思えない。しかもこの国を支えている産業は、IT産業と金融以外では圧倒的に軍事産業である。これから以後も一層「軍事ケインズ主義」的政策を強めていかなければ、この国の経済は完全に行き詰まってしまうし、失業も埋まらない。そして軍事産業のはけ口(武器の輸出先および「戦争政策」)をどこに持っていくつもりなのか?これは死活問題である。
因みに、IMF – World Economic Outlook Databases (2015年4月版)によれば、アメリカの経常収支は「世界ランキング」中の最下位187位(1位はドイツ、日本は16位、イギリスは186位)である。
アメリカが抱える絶望的に肥大化した財政赤字、かつてチャルマールズ・ジョンソンは、「この巨大赤字の解消は不可能だ」とも言っている。しかもこの国は「世界最大の軍事大国」である、何をしでかすかわからない危険をはらんでいる事を決して忘れるべきではないだろう。
この重大問題に直接密接に関わっているのが「外交政策」である。自国利益第一の保護政策がすっきり通用するとは到底考え難いとなれば、さてどういう方向に向かっていくであろうか?
第三は、米国の対外政策の変化によって引き起こされるであろう既存世界「ネットワーク」再編成の見通しという点である。これは既に、世界のもう一方の側に「中国」という経済大国が台頭してきていること、中国が提唱するAIIB、FTAAPへの圧倒的に多数な国々が参加表明している事実をどう考えるかが問題である。
第四は、これらの事柄を充分に考量した上で、今後の日・米関係をどう考えていくべきなのかという点にある。トランプ政治がもたらすであろう日本への影響をどう考えるべきか。日本の対米自立問題、これからの針路なども、このような大きな見取り図の中で総合的に勘案され、われわれの戦略として織り込まれなければ、ただの泡と消えてしまうのではなかろうか。
2.日本(安倍政権)の対米外交政策=お追従外交
「対米外交政策」とは、対米関係そのものであるとともに、それは日本の国家的自立を問うことにつながっている。
11月17日の安倍のアメリカ詣に見られるように、日本政府は、相変わらず卑屈な「対米すり寄り」の姿勢を変えていない。「トランプさんとは仲の良い友達になれそうだ」といった類の発想がそのことを如実に語っている。この卑屈さは、例えばヨーロッパと比較してみればよくわかる。ヨーロッパでは既に「アメリカ離れ」とも言うべき兆候が表れ始めている。「DIE ZEIT」のオンラインには、「(アメリカが)世界に強い影響力を持っているって!本当なの?」という見出しで、「ドナルド・トランプの選挙後、ヨーロッパ人は自分たちの利益は自分たちで貫き、その安全は自分たちで補償しなければならない事を悟った。」との記事が載っている。
そもそもこのトランプ選挙結果についてドイツのシュタインマイアー外相は、トランプのアメリカは、世界に関する外交目標をはっきりさせるべきだと言った後に続けて「われわれはいずれにせよ、(今後起こりうる)事態へのわれわれの見解と立場を作り上げるであろう。われわれはヨーロッパの隣人たちとの多くの協議によって、彼らがNATOやNATOのパートナーについての無思慮な発言をすることにいら立っていることを知っている。」と述べている。
シュタインマイアーは既に8月の段階のトランプについてのコメントで、彼は「憎悪の伝道師」であると言いきっていた。
ドイツの対米外交には、硬軟取り混ぜて、つまり表の批判と裏でのトランプ陣営の取り込み(選挙中にもトランプ陣営とのひそかな外交交渉を積み重ねている)がうかがえる。
それでは日本側の外交はどうか?「ヒラリー・クリントンが大統領になるに違いない」との、アメリカメディア頼りの表面的な情報に踊らされて、正確な情報入手能力を欠いた「予測」の下で立てられた外交政策は、今になって全くの手詰まり状態であることを暴露している。トランプ勝利の後の「茫然自失」ぶり、どこに交渉の突破口を見出せばよいかすらわからない有様であることは、このところの報道でつぶさに明らかになった。今頃になって新聞や週刊誌が書きたてるキッシンジャー談話やレッテル貼り(「愛」と「憎悪」の対立など)は、先のドイツ外交のおこぼれを今頃になって拾い上げているにすぎないのである。キッシンジャーへの相談など、とっくの昔にドイツ外務省がおこなってきたことだ。
「DIE ZEIT」のオンラインによれば、こうだ。(ドイツ外務省)はヘンリー・キッシンジャーと将来予測される外交政策およびドナルド・トランプの人柄について何度も話をしてきた。「彼は賢い老人で、かつて合衆国の外相を務めたことがあり、いまだにあらゆるアメリカの政治家たちが良い忠告を得られると期待して詣出ているのであるが、そんな彼も何らの回答も持っていなかった。ワシントンの全外交関連コミュニティは闇夜の手探り段階にある」
ここではどちらの対米外交が善いか悪いかを云々しているのではない。既成の政治体制の持つ能力の差異を、従って国家としての矜持を指摘しているにすぎない。日本の安倍政権には外交能力が全く欠如していること、この事は「アベノミクス」と銘打って行ってきた国内経済再建政策の失敗と同じである。安倍の命運はアメリカの覇権主義の衰退と共に尽きたといっても過言ではないように思う。
もちろん、対米自立をいうことが、そのまま「独自の防衛能力(国軍)を持つべきだ」という議論につながるとは思わない。例え、自民党や公明党などの与党陣営の趨勢がそういう考えを持っているとしても、そのことははっきり区別して考えなければならない。対米自立の上に、憲法9条を中心に据えた基本法の再構築を考えることは可能であろうし、必要である。沖縄から基地をなくそうという運動はその延長線上に考えられる。
そもそもTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)やTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)も、またそれに対抗して構想されたAIIBやFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)も、表向きは「自由貿易協定」推進のためであるのだが、実際にはグローバル経済を再分割するうえでのブロック化の競争にすぎないのではないのか。いわば独自勢力の経済圏を作るための覇権争い(一種の保護主義であり、敵国への排外主義)である。
トランプが、TPP離脱を宣言し、ヨーロッパでは各国内でTTIP反対の運動が大変な盛り上がりを見せている(現にドイツでは、この法案を通すことは不可能であろう)。憶測にすぎないが、あるいはトランプの政権は「ウルトラC」の展開を図って、ロシアや中国と手を結んで、新たな経済圏構想を目論んでいるとも考えうるかもしれない。そうなれば、ドイツはプーチン・メルケルの「仲」で参加可能かもしれないが、日本は「蚊帳の外」になる公算が大いにありうる。その結果、日・米二国間貿易という形での新たな「対米従属」関係が作動し始めるに違いない。
3.小括-トランプのExtremismus(極端論)が不安材料である
以上で触れたことをまとめると、①トランプ政権への変更を生んだのは、アメリカ国内の格差や貧困であるとともに、現今資本主義そのものの逼塞(今までの様な成長が見込まれないとともに、自動車、電機、鉄鋼などの大型産業が衰退の一途をたどっている)の影響を米国はもろに受けていることにある ②「軍事超大国」として生き残ろうとするにしても、今までの様に「世界の警察」として、世界中に自国軍を派遣し、直接的に眼を光らせることは財政的に不可能になって来ている。それ故、1980年代から徐々にその軍事戦略の変更を余儀なくしてきているのであるが、その基調は「世界の警察を止め」(オバマの発言)、各国にその責任において相応の金銭を負担させることにある。つまり、武器を売り、軍事指導するのみにとどめる、というものである。③先の「ウルトラC」の路線変換とは、実際にはアメリカの屈服を意味するものに他ならず、相変わらずの「世界に冠たるアメリカ」の幻想を追いかけているトランプの政権下では実現はほとんどありえないと思われる ④こうしてみると、トランプの新たな政権による劇的な変化はほとんど期待できそうもなく、既成の路線がより鮮明に、よりラディカルに打ち出されてくるものと考える方がよいのではないか ⑤つまり、資本主義の行き詰まりは、何ら解消されないままに、一層進行し、結果として中産階級の零落が促進され、格差は増大することになる。
今、それに対する対案を述べる能力はない。それに代わって、次のような諸家の所見を紹介させていただき、ひとまず筆を拭いたい。
先の10月29日の「塩川喜信さんを偲ぶ会」の第一部の席上で、山本義隆氏(東大全共闘代表)は、1996年に塩川さんが書いた『高度産業社会の臨界点―新しい社会システムを遠望する』(社会評論社)に触れながら、既にこの頃に塩川さんがこういう考えをしていたことに驚きを感じる、という。この本は、大まかにいえば、成長なき持続社会(sustainable) の可能性について論じたものである。つまり「経済成長」(生産力主義)という神話の終焉を迎える時代が到来していること、そしてそれにかわるべき新たな社会を展望するにあたり、地球資源の問題からも、地域格差、南北問題などの深刻さを考えても、「経済成長」ではなく「ゼロ成長」下における持続可能な社会を構想することが何よりも求められているのではないか、という問題意識によって書かれている。
今、こういう考え方はいろんな方面から聞こえて来ている。例えば、元証券会社エコノミストで、現法政大学教授の水野和夫氏も「日本でも、企業は最高益だが、働く人の賃金が上がらない。非正規労働者が大幅に増え、金融資産を持たない世帯も激増した。成長の果実をみんなが享有できる時代は終わった」「世界は地域ごとの小さなまとまりでブロック化するのではないか。市場を広げる余地がなくゼロ成長だった中世に回帰するイメージだろう」(「東京新聞」2016.11.23朝刊「トランプの米国」)という。
以下、詳細な内容紹介は省くが、広井良典氏(京都大学教授)も、従来の「労働生産性」を重視する成長社会は既に限界に達していること、それに代わって「環境効率性社会」が提唱されるべきだという。彼によれば「ケインズ主義的福祉国家」といわれるものも、結局のところ「その「修正」の中身は、政府ないし公的部門による市場への介入の拡大であるから、それは言い換えれば資本主義がそのシステムを順次“社会化”してきた-あるいはシステムの中に“社会主義的な要素”を導入してきた-ステップでもあった。」(『ポスト資本主義』岩波新書pp.153-156)のである。そこで彼が未来社会として描くのは、「再分配を均等にする方向での社会化」を目指すところにある。そのための提案は以下の様である。
「新たなセーフティネットの提案
(1)「人生前半の社会保障」等を通じた、人生における“共通のスタートライン”ないし「機会の平等」の保障の強化
(2)「ストックの社会保障」あるいは資産の再配分(土地、住宅、金融資産等)
(3)コミュニティというセーフティネットの再活性化 」(同書p.157)
そのほか、マルクス学派の学者グループ(SGCIME)も、「ゼロ成長下の経済学」について積極的な提言を試みている。
私自身は依然としてコムニスムス(Kommunismus)にこだわっているのであるが、このような諸家の見解をも十分考慮しながら、今後のあるべき方向を考えるようにしたいと思っている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion6385:161130〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。