独立への実績を積み重ねるクルディスタン地域政府
- 2016年 12月 9日
- 評論・紹介・意見
- クルド人坂井定雄
もう少し、クルド独立への展望について書こう。
2003年のイラク戦争で消滅したサダム・フセイン独裁政権は、イラク北東部、クルディスタンでの独立を目指すクルド人の町や村々を化学兵器で攻撃し、ハラブジャをはじめ、一か所で多い時には数千人の住民を殺害し、4,500の村を強制移住させて消し去った。同政権消滅6年後の2009年6月24日、クルディスタン地域議会が採択した「イラク・クルディスタン地域憲法案」は、前文をこの虐殺の歴史から記述している。イラクの連邦制を構成する地域政府としての地位とその自治を明記したイラク現行憲法に従い、「地域憲法案」としているが、「案」の文字と第1条の「イラク連邦国家内のクルディスタン地域」の「連邦国家内の」を外せば「イラク・クルディスタン憲法」あるいは単に「クルディスタン憲法」になる堂々たる内容だ。全文122条、
第1条では、国家の基本的な体制について、秘密投票による直接的、一般的、定期的な選挙による、議会制民主主義に基づく民主的共和国と規定している。
第2条では、実現するクルディスタン国家の領域として、ドフーク、キルクーク、スレイマニア、アルビル、ハラブジャ、ニネヴェ各県そのほかの「地理的、歴史的領域」を規定している。
このうち、首都であるアルビルほかスレイマニア、ドフーク、ハラブジャ各県はすでに地域政府の自治行政下にあるが、世界有数の油田地帯のキルクーク県は、2014年にモスルに続いてイスラム国(IS)が占領。翌年クルド民兵軍団ペシュメルガが奪還、以来クルド地域政府の支配下にある。しかし、イラク政府と議会が地域政府に移譲したわけではなく、IS追放後のイラク再建過程で、キルクークの帰属は最大争点になりかねない。
第5条では、クルディスタン地域の構成民族としてクルド人、アラブ人、アッシリア人、アルメニア人そのほかの既存の住民を明記。
第6条では宗教について、クルディスタン地域住民大多数のアイデンティティがイスラム教徒であることを「確認、尊重する」と同時に、キリスト教徒、ヤジディ教徒その他の宗教的権利を尊重し、擁護すると明記している。
▽クルド自治区の安定と繁栄
イラク・クルディスタン自治区は、2003年のイラク戦争でのフセイン独裁政権の崩壊、04年の占領統治と05年のイラク主権回復、新憲法制定後、正式に発足した。
イラクでは、フセイン勢力の残党、イスラム過激諸派の反米・反政府武装勢力と、米軍、政府軍との内戦状態がほぼ全土で続くが、クルド自治区だけは、ほぼその域外にあって、再建が進んだ。長年にわたって、クルド人内部で抗争を続けてきた武装政治勢力クルド民主党(KDP)とクルド愛国同盟(PUK)が歴史的な和解で合意。05年の自治区議会選挙にともに参加した。発足した地域(自治区)議会で、KDPのマスード・バルザーニ議長が地域政府の議長に選ばれ、就任。首相にはマスードの息子のナチルバン・バルザーニが就任して、自治区の実務を取り仕切った。
PUKのタラバーニ議長はイラク新政府の大統領に就任した。イラク政府の実権は首相が握り、大統領は名誉職で交代制。閣僚は原則として30人で、民族、宗派にほぼ人口比で分配され、クルド人は5人。
以後11年間、自治区はイラク本体とは違い、安定した地域政府、議会のもとで、住民の安全な生活が少しずつ向上、経済活動が活発化、ビルと住宅建設が拡大してきた。各国の石油関連企業をはじめ、イラクに進出する企業が、治安の悪い首都バグダッドを避けて自治区首都のアルビルに事務所を構え、同市はさらに活況になっている。治安の良さを支えているのが、クルド人の民兵軍団ペシュメルガ。兵力の正確な実数は不明だが、30万~35万人とみられる。武装は航空機や戦車はじめ重火器はほとんど無く、小火器,軽車両が主体で、一般兵士が持っているのは使い古しの兵器が多いと伝えられる。しかし、戦意の高さと戦闘経験は、今回の政府軍とのモスル解放作戦でも発揮され、米国中心の支援国から高く信頼されている。
このような、クルド人の地域(自治)政府の実力と実績が、独立国家実現への自信と国際的支持を強める力になるに違いない。
ネットでクルディスタン地域政府(Kurdistan Regional Government)のホームページを開いて見ると、その活動と国際的地位への自信が感じられる。アルビルを訪問した各国政府関係者や議会代表団とバルザーニ首相との会談、イスラム国(IS)との戦い、石油問題から女性の権利保障のための政策まで、首相や担当閣僚の発言と様々な動きが見えてくる。差し支えない範囲での内容が多いが、トルコでのクルド人弾圧に関して、クルディスタン地域政府の代表がアンカラを訪れて、エルドアン大統領に抗議し事態改善を求めたニュースもあった。政府広報として、なかなかスマートだ。
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