海峡両岸論 第72号 2016.11.24発行 米一極支配終わり取引外交開始 米中の陰で日本は脇役に
- 2016年 12月 21日
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時代をみる
- トランプ外交岡田 充
<岡田 充(おかだ たかし):共同通信客員論説委員>
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ドナルド・トランプ(写真facebookから)の勝利は、下降し続けてきた米国による一極支配時代の終末を決定づけた。支離滅裂に見えるトランプの登場で、米国は「イデオロギー外交」から実利重視の「取引(ディール)外交」に転じ、駆け引きが得意な中国と取引外交を演じるだろう。「日米同盟基軸」しかすがるものがない安倍政権は、米中両主役の下で“脇役”に置かれる。政権移行チームが確定していない中、「藪にらみ」のそしりは免れないが、敢えて米中関係を展望する。
「ハシゴ外し」が始まった
「はっきり言って外務省にとって想定外。いったいトランプ陣営の誰に電話すればいいのか」。旧知の外務省幹部はトランプ当選直後こう本音を打ち明けた。安部晋三首相が慌ててトランプ会談をセットしたのも、焦りの裏返しである。トランプは選挙運動中、米軍駐留費用の増額や日本と韓国の「核武装容認」をほのめかしたから、懸念は当然である。
官邸は、安倍晋三首相が主要国リーダーとして18日初めて会談したことを誇る。当選一週間後にやっと電話会談し、大国の鷹揚さを見せた中ロ首脳は、日本政府の焦りようを冷笑したのではないか。ニューヨークでの会談で安倍はトランプを「信頼できる」とたたえたが、会談内容は明かさなかった。これに先立つ電話会談では、トランプは「日米関係は卓越したパートナーシップ。この特別な関係を強化したい」と「同盟強化」を約束した。しかし発言内容がころころ変わるトランプのこと、安心できない。
安倍が成長戦略の柱に据えてきた環太平洋経済連携協定(TPP)は、オバマ大統領が批准を諦め、「臨終」を迎えた。政権が最も恐れているのは「日本外し」だ。TPPに続いて、アジア回帰の「リバランス政策」も見直される可能性がある。そうなれば、安部が「正義の拳」を振り上げた南シナ海での「対中包囲網」政策も、米国抜きという「ハシゴ外し」に遭う。安倍政権にとって最悪のシナリオだが、外務省幹部は「どうすれば日本はトランプの関心をつなぎとめられるだろうか」と明かす。米国にすがるしかないサムい舞台裏が透けて見える。
二つの不変要因
主題は日米関係ではない。だが米中関係とは、鏡に映った日中関係の裏返しの姿でもある。東京が恐れている事態を北京は大歓迎し、「逆も真なり」なのだ。冷戦期の「ゼロサム・ゲーム」そのものだが、最悪の状態が続く日中関係の反映である。その北京のトランプ観はこうだ。「ヒラリーが当選していれば、中国との消耗作戦を継続するだろう。(新政権が)取引外交をするなら歓迎だ」(在京中国外交筋)
変数が多く予測が難しい時は、不変要因を抑えることである。トランプが選挙中強調したのは(1)経済は保護主義(2)外交・安保は孤立主義―の二本柱だった。この二本柱を踏まえ不変要因を抑える。第一は米一極支配の幕引きと多極化の始まり。「アメリカを再び偉大な国に」という願望とは真逆の世界である。英国のEU離脱決定を含め、世界で内向きな「自国第一主義」が幅を効かせ、「パラダイム転換」が進む。
第二に、普遍的価値を掲げるイデオロギー外交から「取引外交」への転換。不動産王トランプにとって「ディール」は得意中の得意。選挙戦では、同盟関係の根本的見直しなどを掲げ、「自国第一」の実利主義を鮮明にした。
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取引外交とはなんだろうか。その典型が、フィリピンのドゥテルテ大統領の中国訪問だ。=北京で習近平と握手を交わすドゥテルテ。比大統領facebookから=南シナ海紛争を棚上げし、鉄道などインフラ整備などに約1兆5500億円もの経済支援を北京から獲得。おまけにスカボロー礁での操業も認めさせた。現場海域ではフィリピン巡視船もパトロールを再開したという。仲裁裁判所に訴え、「法の正義」というイデオロギー外交を進めた前政権とは一転、実利を勝ち得たのである。先の中国外交筋は「日米が提供したものはフィリピン民衆に合わない。彼らが望んだのは経済発展と豊かさ」と述べた。
「リバランス」も放棄か
次期政権の安保政策で最も注目されるのが、オバマが進めたアジア回帰の「リバランス政策」。中国筋は「日本と共に中国に対峙するという冷戦型政策であり、成功していない。中国との対抗は米国の利益にならない」と放棄を求める。本音は、アジアにおける米国の地位低下であり、それに伴う中国の存在向上にある。
習近平・国家主席との電話会談でトランプは「中国は偉大で重要な国家。中国の発展は目を見張るものがあり、米中両国は共通利益を実現できる」と述べ、早期の会談実現に期待を表明した。中国もまた「駆け引き」に長けており、実利を分け合う「取引」外交を進めるだろう。毛沢東はかつて「私は右翼が大好き」と言ったことがある。
オバマの南シナ海政策の最大の背景は、1952年に確定した米主導の安保枠組「サンフランシスコ条約」体制のほころびであった。米国は52年の日米安保条約を皮切りに、ANZUS条約、米比相互防衛条約、米韓相互防衛条約、米華(台湾)相互防衛条約と、相次いでアジア西側諸国と同盟関係を結んだ。いずれも冷戦下ソ連、中国、北朝鮮を敵に、東アジアにおける米国の軍事支配を確立する役割を果たした。しかし冷戦終結で様相は一変する。これら同盟国が、中国を「敵」と見做さなくなったからである。朴槿恵・韓国大統領は戦後70周年の15年9月には天安門に駆け付けたし、南シナ海で共闘したフィリピンもドゥテルテが中国と手打ちする始末。頼れるのは「日米同盟強化」をスローガンに、集団的自衛権の行使容認と安保法制を整えた安倍政権だけになった。だが、日本の支援だけで「リバランス政策」を維持するのは難しい。
トランプは当選後、選挙中の「暴言」を取り消し、オバマ大統領を「いい男」と評するなど、「よいこ」を演じ始めた。だが発言の振幅の大きさは、大統領就任後も続くとみたほうがよい。ちょうどソ連崩壊後、大統領になったエリツィンとよく似ている。未経験の外交分野での発言は今後もぶれ続けるだろう。世界が、重心を失った未知の領域に足を踏み入れる危うさでもある。
冒頭、中国外筋の話を紹介したように、中国はヒラリーよりトランプの方が組みやすいとみている。ヒラリーは「国際法の順守」「人権」など伝統的はイデオロギー外交の主唱者だが、トランプは実利優先。中国識者の見方も紹介する。新華社は「最も差し迫った任務は外交ではなく国内問題」とする一方、トランプが「米ロ関係緩和を打ち出し、経済をテコに他国の問題に影響を与え、米国の軍事力を再建して最先端兵器を開発・調達。米国の盟友により多くの防衛費の負担または自力防衛を求める」とする米コロンビア大学の孫哲氏の発言を伝えた。
AIIB参加も
トランプは選挙中「日本、中国を為替操作国に認定し、中国製品に45%の関税をかける」と公約した。公約通り、中国輸入品の関税を引き上げれば、物価高騰を招き庶民の懐を直撃する。この四半世紀、GDPを11兆㌦と28倍に爆増させ、3兆3000億㌦もの外貨準備を持つ中国には通商と為替両面で圧力をかけつつも、経済的利益を目指す取引外交を進めるはずだ。
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TPP撤退は既定路線になった。香港英字紙によると、トランプの顧問ジェームズ・ウルジーは、中国が進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)=写真 6月のAIIB理事会 HPから=の加盟をオバマが見送ったのは「戦略的誤りだった。新政権は“一帯一路”に大きな熱意を」と述べたという。AIIB参加は、米国の腹を痛めることなく、中国と協力しながらアジア地域の発展と成長に貢献できるから、政策転換の可能性は十分あると考えるべきだ。そうなれば、TPPやAIIBで米国に追従してきた安倍政権はまた、試練にさらされる。
全てが中国の期待する方向に進むわけではない。トランプは、選挙戦では「南シナ海での米軍増強」を掲げた。しかし一極支配構造が崩れ「世界の警察官であることをやめる」とも述べており、南シナ海での「自由航行作戦」が継続される保証はない。もし止める場合、その見返りとして安倍政権に「肩代わり」を求めるとしたらどうだろう。
「ビンのふた」がとれる
安倍政権の安保政策は、ダブルトラック(二重軌道)である。安部は「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟」と、日米基軸の旧秩序にしがみつく姿勢を強調した。しかし、日本と中国の間で火花が散った時、米国が火の粉をかぶって中国と事を構えるか疑念は拭えない。その場合、安倍支持層の自主防衛派を刺激し、自主防衛議論が巻き起こる可能性がある。
彼らは、尖閣諸島問題でオバマ政権が日本の国有化に反対し、時には安倍の「挑発」をたしなめたのを忘れていない。櫻井よしこのように、米国の「曖昧姿勢」への疑念は根強いものがある。日本の軍国主義化を抑えるための「ビンのふた」だった日米安保条約の「真価」が試されるかもしれない。台湾では、陳水扁政権で国防相を務めた蔡明憲が「台湾は今後、全面的には米国を頼れなくなることを意識すべきだ」(9日 中央社インタビュー)と、自主防衛への舵切りを強調した。
日米中の三角形は不定形化する。時には二等辺であり時には正三角へと変幻自在だ。「気まぐれトランプ」による翻弄を防ぐ道がある。それは、最悪の状態が続く日中関係を好転させることである。まず双方とも敵視政策をやめなければならない。尖閣や歴史問題など対立懸案は全て棚上げし、安倍政権は露骨な中国包囲網政策を捨てることだ。政府間の対立とは反対に、日本観光に訪れる中国の庶民は増え続け、彼らの日本観は格段に好転している。人々の意識は国家間の対立という壁をやすやすと超える。経済格差を広げ、社会の分断を生み出した「グローバリズム」には世界中で「NO」が突き付けられている。だがヒト、モノ、カネが国境を越えるグローバル化には歯止めはかからない。 |
(了) |
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初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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