スペイン政治の地殻大変動(第2部) ポデモスは分裂の危機?カタルーニャは?
- 2017年 1月 12日
- 時代をみる
- 童子丸開
バルセロナの童子丸開です。
前回の『スペイン政治の地殻大変動』の続編ですが、予定をやや変えてポデモスに大きく注目したいと思います。
スペイン外にいる人にはやや分かりにくいことが多いと思いますが、ポデモスはいま大きな危機を迎えていますが、今後10年以内のヨーロッパにとって非常に重要な役を果たすだろう(果たしてほしい)と私が思っている集団です。
この記事は次でもご覧いただけます。
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-3/Spain_in_2016-2.html
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スペイン政治の地殻大変動(第2部)
ポデモスは分裂の危機?カタルーニャは?
昨年暮れに『2016年: スペイン政治の地殻大変動(第1部)』を公開したのだが、その続きがなかなか書けなかった。というのは、ポデモスの内部で起こっている内紛の姿がはっきりしなかったことと、ラホイ新政府のカタルーニャに対する方針が分かりづらかったためである。年明け早々の情報を含めて、ポデモスとカタルーニャについてお知らせしておきたい。
●小見出し一覧
《イグレシアスとエレホン》 《激化する両派の対立、分裂の危機》 《ポデモスはどこに行くのか?》 《独立に突っ走るカタルーニャとマドリッドの不可解な対応》
《イグレシアスとエレホン》
ポデモスは2017年2月10~12日に総書記(党首)を選び今後の党の方針を決定する第2回全国党大会(ビスタレグレ=Vistalegre)を開く予定だが、それを目の前にして党内で分裂の危機が拡大している。ここではこれを主に取り上げてみたい。なお、全く同じ日程で国民党も全国党大会を開催する予定で、これはこれで国民党内部の対立、特にアスナール派とラホイ(=ブリュッセル)派との対決が注目される極めて興味深いものになるだろう(参照:当サイト『2016年: スペイン政治の地殻大変動(第1部)』)。なお社会労働党の全国党大会は現在のところ5月に開かれると思われる。
ポデモス党首のパブロ・イグレシアスとNo.2で政策委員長のイニゴ・エレホンの間に対立が続いていることは、当サイトの記事《ポデモスは?社会労働党は?そしてカタルーニャはどこへ?》で触れられている。もちろんそれは単なる個人的な対立ではなく、主にマドリッドやアダルシアに勢力を持つエレホン周辺の集団と、イグレシアスが率いる党主流派との対立である。この党が生まれるきっかけとなった15M(キンセ・デ・エメ:当サイト『シリーズ:515スペイン大衆反乱15M』を参照)運動が内部に幅広い雑多な傾向を抱えていた以上、この点はやむをえないことだろう。ここではイグレシアスとその支持者をまとめて「イグレシアス派」、またエレホン側を「エレホン派」と呼んでおく。
党首のイグレシアスの両親はフランコ独裁時代に隠れ共産党員として地下活動を行っており、親族にはスペイン内戦でフランコ側に殺害された者もいた(当サイト『パブロ・イグレシアスが語る』参照)。彼自身、幼い時から両親に連れられて反NATOデモに参加し、現在もマドリッド市の困窮者が集まるバジェカス地区に住んでいる。必然的に、彼の考え方のベースにはマルクス主義があり、資本主義の矛盾に対する怒りと搾取され困窮する労働者階級への思いが常に彼を支え続けている。
したがって、ネオリベラル経済に骨の髄まで食い荒らされたスペイン(参照:当サイト『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』、『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家』)で起こった15Mのような大規模で激しい大衆運動が、必然的に、イグレシアスが急進的な社会改革を唱えて登場する直接のきっかけになったわけである。レーニンが作ったもののような革命党になる可能性はないだろうが、イグレシアス派は労働者や下層市民の側に立って資本主義の矛盾に挑み攻撃し解体する(あるいは無害化する)方向性を追求するだろう。2年前にポデモスが誕生した時に多くの人々がこの党に感じた期待はそのようなものであったはずだ
一方のエレホン派は、イグレシアス派の持つ闘争的なイメージを嫌い、階級間や支配‐被支配の対立を重視せず、誰にでも開かれた「愛される党」を目指し、それをもって「民主的」と呼ぶ。2016年秋に国民党の新政権が作られ野党になることが決定して以降、イグレシアスは、政治・社会・経済の矛盾と闘う地域に根差した活動を軸にして、「支配階級に恐れられる党」になろうと呼びかけた。これに対してエレホン派はあくまで議会の中で様々な改革を要求する『役立つ』声を挙げる勢力となるように主張する。この『役立つ(útiles)』という言葉は、今や国民党との対決を放棄した社会労働党やシウダダノスが好んで使う表現である。要は「選挙のための党」「議会のための党」になろうというのだ。両派の違いは本来ならば別々の党でなければならないほどに明白である。
またエレホン派の先頭に立つマドリッドのフェミニスト・グループは、イグレシアスの闘争的な姿勢に対して「男性優位主義だ」と見当違いな批判を繰り返す。その代表格であるリタ・マエストレは、2011年の15M運動の際にコンプルテンセ大学のチャペルで服を脱い上半身下着姿になった。ロシアなどで見られた反プーチン・リベラリストの女性の上半身丸出しに比べると遠慮深いものだが、2016年の1月に「信仰心に対する侮辱」に当たるとして告発を受け12月に無罪を言い渡された。またタニア・サンチェスはパブロ・イグレシアスの元彼女として知られる。この二人の女性に加えてポデモス・マドリッド委員会の広報担当ホセ・マヌエル・ロペスがイニゴ・エレホン周辺の有力な人物だ。スペインの政治団体では広報担当(スポークス・パーソン)が事実上のナンバー2、党首の「お目付役」となっていることがよくある。
《激化する両派の対立、分裂の危機》
2016年当初からくすぶり続けた両派の対立を一気に過熱させたのが、2016年11月11日に行われたポデモス・マドリッド委員会の書記長選挙である。それはエレホン派のマエストレとイグレシアス派の上院議員ラモン・エスピナルの一騎打ちとなった。しかしその選挙の直前、11月2日に一つのスキャンダルがエスピナルを襲った。彼が2011年に、マドリッド州の公的援助を受けて購入した住宅をほとんど住むことなく転売し、およそ2万ユーロ(約250万円)の利益を上げたことがマスコミに大きく取り上げられたのである。しかしその売買自体に何ら法的な問題はないし売却の値段も法外と言えるものではなく、警察も裁判所も相手にしない程度のものだった。
これはポデモスに対する一連のネガキャンの一つに違いないのだが、ポデモス支持者の多くは土地開発や不動産取引に関連して巨額の不当利益を上げる資本家や政治家に対して強い怒りの感情を持っているわけで、世間一般というよりもむしろポデモス党内でエスピナルに対する反感を掻き立てる効果の方が高いだろう。当然ながら間近に迫るポデモス・マドリッド委員会の書記長選挙に与える重大な影響が予想された。いったい誰が何の目的でこんな情報をマスコミに流したのか?
このような個人的な事情を知っているとすればエスピナルに近づくことのできる内部の者の可能性が高い。イグレシアス派はすぐさまこれを書記長候補となった「エスピナルに対する攻撃」、つまりエレホン派とマスコミが共謀するイグレシアス派追い落とし工作だと断じた。エレホンはあわててこの選挙をめぐる「陰謀」を否定したが、この事件が両者の対立を後戻りのきかないほどに激しく掻き立てたのである。インターネットとSNSでのお互いの攻撃と非難の応酬は「敵対政党」に対するものにも等しくなった。
結局、マドリッド委員会書記長選挙はエスピナルが50.82%の支持を獲得し、43.75%だったマエストレに2000票近い差をつけて勝った。一般党員の過半数がイグレシアスの闘争的な路線を支持したのである。しかしその後も、2017年2月の全国党大会を目指してイグレシアス派とエレホン派の攻防と駆け引きが続く。表向きは、エレホンが「イグレシアスがポデモスを指導し続けるべきだ」と述べイグレシアスは「党大会で選ばれる指導部にはエレホンが加わることを望む」と語ったのだが、その一方でイグレシアスは「もし党大会で自分の提案が通らないのならポデモスの党首を降りる」と宣言した。これに対してエレホン派は「脅迫だ」としてイグレシアスを非難した。奇妙なことに、エレホン派は「党の顔」としてイグレシアスを必要としているのだ。そのうえでポデモスを変質させようと望んでいるのである。
続いて、ポデモス・マドリッド委員会の書記長に選出されたラモン・エスピナルは12月23日に広報担当ホセ・マヌエル・ロペスの解任を発表した。ロペスはエレホン派の最重要人物の一人である。後任にイグレシアス派のロレナ・ルイス‐ウエルタが指名されたが、エスピナルはこの人事について「(国民党の)シフエンテス州政府と対決するにはルイス‐ウエルタのほうがふさわしい」と説明した。しかし実際には委員長選挙の直前に起きた彼への個人攻撃にロペスが関与していると確信したのかもしれない。
ロペスは特に反論も無くこの突然の解任を受け入れたのだが、これをきっかけに両派の対立がさらに激化することとなった。イグレシアス派のSNSはエレホン派への反感と非難であふれ、12月25日にはポデモス全国組織書記長のパブロ・エチェニケがエレホン派に対して「ポデモスを分裂させている」と激しく非難した。また年明けにエレホンが「クリスマス・イブの日にまでSNSで攻撃するなど常識外れだ」とイグレシアス派への非難をマスコミにぶちまけた。
《ポデモスはどこに行くのか?》
ポデモスの内部には今まで述べてきたイグレシアス派とエレホン派の他に、イグレシアスよりももっと過激な反資本主義を唱える欧州議員のミゲル・ウルバンとその同調者たちがいる。ここでは「ウルバン派」と呼んでおくが、少数派ながらポデモスの党決定のキャスティングボードを握っている。そのミゲル・ウルバンは1月2日に「肘掛椅子の議論」「小学校の校庭のようだ」と両派の対立を揶揄し「イグレシアスもエレホンも我々にとっては一緒だ」と述べた。このようにウルバン派が表立ってイグレシアスを否定したことが、ポデモス内部の統一をより困難なものにしており、2月10日から始まる全国党大会でどのような結果になるのか、全く予想の立たない状態となっている。
現在のところ、党員の中でイグレシアス派が50%、エレホン派が40%、ウルバン派が10%程度の支持を受けていると思われるが、パブロ・イグレシアスがあくまで自らの信念を通そうとして多数派を形成する場合、エレホン派が分離するのか党内に残ったままで反対派となり続けるのか、予測がつかない。しかし私は、エレホン派の中にこの党をあらぬ方向に引きずって弱体化・分裂を試みる外部からの工作員が混じっているはずだと感じている。おそらくポデモス・マドリッド委員会の広報担当を解任されたロペスはその一人だろう。
もし仮に外部から雇われた工作員がいないとしても、エレホン派が結党以来のポデモスの方向性から大きく道を外させようとしていることに間違いはない。イグレシアスを「顔」として立てておいて「誰からも愛される『役立つ』ポデモス」にしようなど、厚かましいにもほどがあるし、党の内部分裂と弱体化を促進させるだけなのだが、この者たちはそれが支持基盤を広げる民主的なやり方だと力説する。私としては、ポデモスにはこのような傾向と決別して当初あったような闘う政党の生き生きとした姿を取り戻してほしいと願わざるを得ない。
見かけだけの「スペイン経済の回復」に伴ってますます困窮化する各地域の街頭に戻り、対決点を明らかにして活動するイグレシアスの志向通りに党を作りなおしてみてはどうかと思う。たぶん一時的に支持者を大きく失うのかもしれないし、「ポピュリズム」との非難をますます激しく受けるのかもしれないが、恐れる必要などあるまい。数年内に、現在のスペインの「経済の回復」は破たんするだろうし、ヨーロッパ全体でも政治的・経済的な崩壊が明らかになるだろう。その時に飛躍できるための基盤を作っておくことが最も大切なのではないだろうか。果たしてイグレシアスにそう割り切れるだけの度胸と見識があるのかどうか、来月の全国党大会は見ものである。
《独立に突っ走るカタルーニャとマドリッドの不可解な対応》
最後に、分離独立に向けてしゃにむに突っ走るカタルーニャについて述べてみたい。カタルーニャ独立派の主流がイスラエルを支持するシオニストたちに率いられていることは当サイト『カタルーニャ独立運動を扇動するシオニスト集団』で、また2016年秋までの動きについては当サイト記事《ポデモスは?社会労働党は?そしてカタルーニャはどこへ?》の中で書いたが、その後の状況について簡単に触れよう。
まず大きな動きとして、11月に発足した第2次ラホイ政権は副首相ソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアを「カタルーニャ対策」の担当者にした。国家弁護局員や諜報機関CNI(中央情報局)の監督官として働いたこともあるこの若い女性は、独立を目指すカタルーニャ州政府とそれを食い止めようとする中央政府の関係をどのように調整するのだろうか? 彼女は州政府と「交渉する」ための特別の事務所をバルセロナに開設し、さらに首相官邸内に「カタルーニャ・チーム」を設けることになったが、現在のところ、従来通り「独立を問う住民投票は違法であり認められない」という従来の姿勢を取り続けている。何らかの条件を付けて実施させるのか、それとも強硬な阻止の手段に訴えるのか、まったく明らかではない。彼女がいったい何を目指してどんな作業をするのか、ラホイ政権は何も語っていないのだ。
このラホイとサンタマリアの決定は政府内と国民党内に大きな波紋を投げかけている。いったい何のためにどのような「交渉」をするというのか? 誰も何も分からない。12月になって、厳正な法的措置を求める法務大臣のラファエル・カタラーはこの「対話路線」に強く反発し、政権内にも国民党内にも疑問と不信の声が上がっている。特に元首相のホセ・マリア・アスナールは「独立主義の水門を開く」ものとしてサンタマリアを激しく非難した。アスナールは首相であった2000~2004年に、バスクの独立を図る州知事フアン・ホセ・イバレチェに厳しく対処し、2003年の11月には、もしバスク独立を問う住民投票を行うなら即座に逮捕して懲役刑を求めると脅して、住民投票を断念させたことがある。彼にとってみればこのラホイ政権の対処の仕方は言語道断ということだろう。
さて、「カタルーニャ対策」担当者となったサンタマリアはさっそく12月8日にバルセロナを訪れたのだが、このときには州政府の誰とも会おうとせず政府支部でシウダダノスやカタルーニャ社会党といった独立反対派と会談した。当然まず自分たちのところに来るだろうと思っていた州政府のカタルーニャ独立派にとってこれは驚きだったようだ。独立派の副知事ウリオル・リュンケラスと会って「対話」したのはその1ヶ月後の1月9日になってからだが、お互いに住民投票に対する従来の主張を繰り返しただけだった。
それにしても、確かにこのラホイ政権の出方は奇妙である。国民党内はもとより政府内ですら共通した認識もなく「カタルーニャ対策」を行おうとしているのだ。ひょっとするとラホイとサンタマリアには、当サイト『カタルーニャ独立運動を扇動するシオニスト集団』で述べたような、カタルーニャ独立派の背後にいる国外の尋常ならざる力が見えているのかもしれない。あるいはもっと進んで、国外の勢力の指示に従って動いているのかもしれない。しかもそれを政府内の閣僚にすら明確にできない…。そんなことなのかもしれない。
独立派自体は、来年度の予算編成などで紆余曲折はあったが、来年秋の住民投票実施では一致しており、もうこのまま突っ走るしかない状態だ。また2014年に自主的に(勝手に)行った「住民投票」で起訴されているアルトゥール・マス前知事などの裁判、国王の写真を焼いて不敬罪に問われているCUPメンバーの裁判などが進んでいるが、それらはますます独立派を元気づけている。一方で新聞発表の世論調査によると、カタルーニャ住民の独立への賛成と反対はほぼ拮抗しながら進展しているのだが、住民投票実施自体には4分の3以上が、そして中央政府と州政府とで協定を結んだ形での住民投票には約6割が、それぞれ賛成している。
これから先、カタルーニャがどうなるのか、筆者には全くその未来が見えてこない。当サイト『2016年: スペイン政治の地殻大変動(第1部)』で書いたように、スペイン自体の内実がもはや独立した国家とは言えない状態なのだ。またスペインを取り巻くヨーロッパ全体にしても、不透明感があまりにも強すぎる。この地に住む者として、保険はどうなるのか、年金はどうなるのか、住民票はどうなるのか、…、知り合いの行政書士などに尋ねても「オハラー(神のみぞ知る=なるようにしかならんよ)」と答えるばかりだ。私としては、今からもまた「下からの視点」でスペインとカタルーニャの変化を記録し続けるしかない。
2017年1月11日 バルセロナにて 童子丸開
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〔eye3856:170112〕
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