「竹内景助氏の獄死から50年 三鷹事件再審開始を求める集い」に参加して思う
- 2017年 1月 19日
- 評論・紹介・意見
- 合澤清
1月18日、武蔵境駅前の武蔵野スイングホールで、満席、立ち見の方々を含めて200名ぐらいの人が集まり、改めて「三鷹事件とはなんだったのか」「冤罪とは」「国家権力の犯罪、米占領軍の犯罪とは」を問い返す集いが催された。
主な発言者は、ジャーナリストの菅野良司さん、狭山事件再審請求人の石川一雄さん、元外交官の孫崎亨さん、三鷹事件再審弁護団の高見澤昭治さん以下6名の弁護士、三鷹事件の現場目撃者(当時一橋大学の学生で、事件発生時に別の電車に乗り合わせ、救助に駆け付けた生き証人)の堀越作治さんでしたが、感動的だったのは、いまだに「死刑囚の息子」という世間の冷たい目(十字架)を背負わされて生活している竹内景助さんの息子(75歳)さんが声だけではあるが、出演をしてくれたことでした。
実は、この日が竹内景助さん(三鷹事件で唯一の死刑判決を受け、45歳で獄死)の命日だった。弁護士をはじめ、多くの関係者が八王子の竹内さんのお墓に参ってきたようである。
三鷹事件に関しては、その後の綿密な調査で様々な新たな証拠が発見され、いよいよ竹内さんの無罪〈この事件の冤罪性〉がはっきりしてきたようである。
かいつまんで言えば、この事件(1949年7月15日)が起きた時間に、竹内さんは自宅で奥さんと一緒にいて、子供を寝かしつけていたこと。彼が列車前方の運転室まで歩いていく途中で、偶然拾ったといわれる針金と紙(?)だけで、列車は動かせなかったということ。彼が当初から、列車の暴走(この結果、6人死亡、20人負傷)を目論んでいたのなら、当然下準備を入念にやり、しかるべき道具を持参していたはずなのに、なぜ、途中で針金などを拾う必要があったのか。あるいは二両目のパンタグラフがあがっていたのはなぜか(そこに別の人物がいたとしか考えられない)や、最後尾の車両の前照灯が点いていたこと(やはり別の人物がいたことがわかる)、等々。
しかも、この事件にかかわったとされる人が20人逮捕された中で、竹内さん一人が死刑判決を受けることになったのだが、その際、彼の弁護士は「共産党と組合の共同謀議による共同犯行」(検察側の主張)にしないために、竹内さんに単独犯として自白するように依頼していた(そうすれば、いずれ出所し、「英雄」として迎えられるだろう、と説得した)そうである。事件にかかわったかもしれない同志を助けたいという竹内さんの「男気」に付け込んだ冤罪(「自白」)の可能性がある。
狭山事件の被告人である石川一雄さんは、獄中で(死刑囚は、3人で一緒に風呂に入ることになっていたから、その都度話をしたようだし、午後の数時間は自由に房を行き来する自由が与えられていたため、たびたび訪問しあったこともあったそうだ)竹内さんと会い、いろいろと忠告を受けた経験があるという。石川さんも、ひょっとして自分の兄が真犯人かもしれないとの思いから、「自白」したそうである。
孫崎さんは、まずこの事件が起きた1949年に注目していただきたいという。この年にA級戦犯の岸信介は釈放されている。また、一連の重大事件(7月の下山事件と三鷹事件、8月の松川事件)が発生している。そもそも「特捜部」は誰が、何のために造ったモノなのか?
これは、占領軍によって「隠匿物資」の摘発を目的として造られたものであり、「隠匿物資」の所有者は、大半は政府要人であったわけで、今や占領軍に代わって政権がこれを行っているにすぎない。芦田均が政界から追い出され、田中角栄がロッキードで失墜し、民主党政権ができる時に小沢一郎が強制起訴になったこと、などはこのことを物語っているのではないだろうか。
ゾルゲ事件にも触れて、戦時中の特高幹部や法曹界の重鎮が、こぞって戦後も検察や裁判所に横滑りしている事実、また伊藤律がスケープゴートとして「ゾルゲ事件の自白者=裏切り者」にさせられたこと(このことは、当時を知る某検察官が実際に証言しているとのこと)、さらにスパイ・ゾルゲの役割はほとんど何の価値もないのに、尾崎秀実を逮捕(一般には15日といわれているが、実際には10月14日に逮捕し、一晩中拷問している)、ゾルゲを帰国直前に捕縛し、死刑にまで追い込んだのは、背景に近衛文麿と東条英機の間のヘゲモニー争いがあったからに他ならない(15日に近衛と東条は荻窪の料亭で話し合っていて、この席で東条は近衛を追い落としている-近衛のブレインの一人が尾崎であったため、近衛と尾崎・ゾルゲの関係を脅しに使ったか?)、等々の興味深い話をしていた。
孫崎さんは、外務畑の出身なだけに、話の内容がかなり政治に傾きすぎている(ある種の謀略説)かなと思われるのであるが、それにしてもなかなか聞かせる内容であると思った。
今回の集いは、その内容において、安保法制化、沖縄問題、共謀罪、などを考えていくうえで大いに配慮すべき事案であったように思う。
2017年1月19日記
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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