新訳文:ミシェル・チョスドフスキー『“反対派でっち上げ”と誤誘導される大衆運動』
- 2017年 1月 31日
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「でっち上げられた賛同」vs「でっち上げられた反対」
「反対派への資金投入」
分断化する活動
反グローバリゼーション運動
「進歩的番犬」
世界経済フォーラム、「全ての道はダボスに通ず」
世界社会フォーラム:「新たな世界は可能だ」
西側政府がカウンター・サミットに資金投下して抵抗運動を抑える
NGO指導者vsその草の根運動
グローバル資本主義が反資本主義に投資する:道理に合わない矛盾した関係
バルセロナの童子丸開です。
久しぶりで、カナダ・オタワ大学のミシェル・チョスドフスキー教授の論文を訳してみました。
訳文の前に、長々と「前置き」をつけてしまったのですが、スペインの左翼政党ポデモスの現状を眼前にして、非常に気がかりになった点について触れております。まさに、このチョスドフスキー論文に書かれていることが、そっくりそのまま起こっているからです。
ただ、この訳文は相当に長く引用箇所も多いので、メール配信ではその前半部だけにしました。
以下のサイトでもご覧いただけます。
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/fact-fiction2/Manufacturing_Dissent.html
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ミシェル・チョスドフスキー論文和訳
“反対派でっち上げ”と誤誘導される大衆運動
まず、今回和訳(仮訳)した論文の一部をご紹介することから始めたい。
『… 反対派でっち上げの目的はまさしくこれだ。草の根的運動を効率よく沈黙させ弱めるために、リーダーたちを、自らが属する階級と社会的序列にいる人々から遠ざけることである。 …。 WSFは、グローバル資本主義とその機構の正当性を直接に脅かしたり攻撃したりすることのない個々のイニシアチブのモザイクだ。 …。 この明らかに非組織的な構造は意図的に作られたものである。数多くの個別の話題に関する議論を好む一方で、このWSFの枠組みは、グローバル資本主義に対抗する方向性を持つまとまりのある幅広い議論の場と行動計画を導くようなものではない。 …』(本訳文『NGO指導者vsその草の根運動』より)
少し前に私は、『ポデモスは分裂の危機?カタルーニャは?』の中で、スペインの左派政党ポデモスを襲う危機について述べたが、残念なことに、上に引用したWSF(世界社会フォーラム)についての論評がその行く末を暗示しているのかもしれない。
リーダーのパブロ・イグレシアスが、No.2のイニゴ・エレホンや欧州議員ミゲル・ウルバンからの激しい攻撃を受けている。イグレシアス派は街頭での『草の根的運動』を重視して「支配階級に恐れられる」党活動を主張する。エレホン派はそれとは逆の『グローバル資本主義とその機構の正当性を直接に脅かしたり攻撃したりすることのない』方向を求めて議会での中道党派との連携を重視する。ウルバン派はIMF・欧州中銀・EUの「トロイカ」との対決を叫ぶ一方で極端にゲイ・レズビアンなどのLGBT運動とリベラル主義に偏っている。この3者をまとめる方法はおそらく存在しないだろう。
さらに2月9~11日にかけて行われる全国党大会に向けてこの1月中に起こった議論から、もうひとつ極めて重大な点が指摘できる。エレホン派とウルバン派では政治的主張は大きく異なっても一つの点で共通しており、エレホン自身も「私はイグレシアスよりもむしろウルバンに近い」とまで語っている。それは党自体の構造に関する点である。イグレシアス派は党首を中心にした結束を強調するが、他の2派は党首の統率力と指導力を大幅に制限し、各地域と種々の分野が「独立性」を持ちながらゆるやかにつながる形態を求めている。上の引用の言葉を借りるなら『個々のイニシアチブのモザイク』にしようということだ。
そのうえで彼らは、「党の顔」だけはイグレシアスのまま、党活動の中身を『草の根的運動を効率よく鎮静化させ弱めるために』入れ替えようとしているのだ。これが実現するなら、15M(キンセ・デ・エメ:当サイトこちらのシリーズ)で爆発したネオリベラル経済とグローバリゼーションに対する民衆の怒りと抵抗は、ほとんど息の根を止められることになるだろう。
ポデモスの資金源についてはまだ十分な資料が手に入っていないのだが、反対派を分裂させ弱体化させる策謀、特に党の活動資金の背後に邪悪な力が感じられる。党内の反対派が唱える『明らかに非組織的な構造は意図的に』作られるものにほかならず、それは『グローバル資本主義に対抗する方向性を持つまとまりのある幅広い議論の場と行動計画を導くようなものではない』。ポデモスが、少々あいまいな形ながら結党当初に持っていた方向性が完全に見失われ、むしろグローバル資本主義による支配を完成させるための道具になるだろう。そしてそれは、私がヨーロッパの左翼運動に対して持つ最後のかすかな希望の火種を、完全に吹き消すものになるだろう。
上で一部をご紹介したのだが、今回の和訳(仮訳)の原文は、オタワ大学教授のミシェル・チョスドフスキーの下記の論文である。
“Manufacturing Dissent”: The Anti-globalization Movement is Funded by the Corporate Elites
これは最近になって新しく書かれたものではない。著者自身が主催するグローバルリサーチ誌で2010年に発表され、2015年に同誌に再掲されたものである。最近のポデモスの様子を観察しているときに、ふと思い出して翻訳して発表しようと思い立ったものだ。なお、著者のミシェル・チョスドフスキーはユダヤ系カナダ人で、グローバルリサーチ誌を主宰するほか、反グローバリゼーション・反帝国主義の観点で多くの執筆・言論活動を行っている。当サイトでは『突然変更されたマレーシア航空MH17の航路』、『シリアの化学兵器物語り:人道的大惨事を後押しした米=NATOの計画とは?』が訳文として掲載されている。
なおこの論文は政党ではなくNGOについて述べられている。最近の出来事に関してなら、『欧州の難民危機を煽るNGO』(田中ニュース)がちょうど良い実例を提供してくれるだろう。政党とNGOとを問わず、グローバル資本主義に買収された集団を見分ける方法は実に簡単だ。問題となるものごとの原因を決して語らない点を見ればよい。「難民問題」なら《難民を生み出す西側の戦争政策》、「貧富の差の拡大」なら《貧富の差を拡大させるネオリベラル・グローバル資本主義》である。「でっち上げられた反対派」は決してこれに触れようとしない。
この訳文は長編なので小見出しの一覧を掲げておく。また原文の「dissent」は「異論、反対」などの意味だが、ここでは「異論を持つ運動」「反対を唱える勢力」の意味で使われていると思われるので、「反対派」と訳すことにした。
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【翻訳・引用開始】
“反対派でっち上げ”:アンチ・グローバリゼーション運動はエリート集団に出資される
―― 人々の運動は乗っ取られている
ミシェル・チョスドフスキー著 グローバル・リサーチ 2015年4月12日 (2010年9月10日)
この記事は2010年に最初に公表された。導入部にある著者自身による引用部分は、2001年の9/11の何カ月か前にケベック市で開かれた米州首脳会議に関する記事の主旨説明の中で述べられたものである
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「(フォード)基金が行ったことのすべては、苦しむ人々に慰めを与え、怒りに対する安全弁を提供し、政府の働きの改善を手助けすることにより社会的な緊張を和らげて、『世界を資本主義にとって安全に保つ』ものだと認識できるだろう。」(McGeorge Bundy, National Security Advisor to Presidents John F. Kennedy and Lyndon Johnson (1961-1966), President of the Ford Foundation, (1966-1979))
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「非営利的部門の中で働く関心が高く熱心な多くの人々に資金と方針の枠組みを与えることによって、支配階級は草の根のコミュニティーから指導者を新たに取り込むことができる。…そして、これらの状況の下ではあまりにも時間がかかり煩わしいため社会的公正の作業が事実上不可能な仕事で、投資と会計と評価の要素を作ることができる。」(Paul Kivel,You Call this Democracy, Who Benefits, Who Pays and Who Really Decides『あなたはこれを民主主義と呼ぶが、誰が利益を得て、誰が支払って誰が実際に決定するのか』, 2004, p. 122)
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「新世界秩序の下では、『市民社会』の指導者を権力のインナーサークルに導き入れる儀式が ― その階級と社会的序列を我慢しながらだが ― 数々の重要な機能を果たす。まず、グローバリゼーション批判者たちが参入する権利を得るためには『折れ合わなければならない』ことを世界に告げる。第2にそれは、世界的エリートたちは ― 婉曲に民主主義と呼ばれるものの下で ― 批判の対象になるべきであり、しかしながら同時に、合法的に支配するものだという錯覚を与える。第3にそれは、グローバリゼーションに『とって代わるものがない』ことを告げる。つまり、基本的に変化は不可能であり、これらの支配者たちと効率の悪い『ギブ・アンド・テイク』の中での取っ組み合いを期待するのが精一杯だ、ということである。
善意を持っていることを示すために『グローバル化主義者たち』がいくらかの進歩的な言い回しを使うかもしれないが、それらの根本的な目的は攻撃を受けないということだ。そしてこの『市民社会の新たな取り込み』が果たすことは、エスタブリッシュメント集団の支配力を強化し、同時に抵抗運動を弱め分裂させることである。この新たな取り込みのプロセスを理解することは重要だ。なぜなら、シアトルやプラハやケベック市 [1999-2001]で何万人もの最も道議をわきまえた若者たちが、お金がすべてであるという考え方を拒否し、わずかな者たちがより裕福になるために何百万人が貧困化し脆弱な地球が破壊されることを拒否するために、反グローバリゼーションの抵抗運動に加わっているからである。
この階級と社会的序列とその指導者たちの一部はともにたたえられるべきである。しかし我々はさらに前進しなければならない。我々は「グローバル化主義者たち」の支配する権利に挑戦する必要がある。そのことは抵抗の戦略の見直しを要求する。それぞれの国で巨大な運動を、普通の人々にグローバリゼーションが何をしているのかのメッセージを、届ける運動を起こすことによって、より高い地平に移ることができるだろうか、という疑問だ。それらが地球を強奪する者たちに挑みかかるために発動されなければならない力だからである。 (Michel Chossudovsky,The Quebec Wall, April 2001)
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「でっち上げられた賛同」vs「でっち上げられた反対」
この「でっち上げられた賛同」という用語は、元々はエドワード・S.ハーマンとノーム・チョムスキーによって造りだされたものである。
「でっち上げられた賛同」は、民意を支配し「価値観と信念…を個々人に植えつける」ためにメディア集団によって使用されるプロパガンダ・モデルを意味している。
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マスメディアは一般住民に対してメッセージとシンボルを伝達するためのシステムとして働く。その機能は、喜ばせ楽しませること、伝えること、人々をより大きな社会の支配構造の中に吸い集めるような価値観と信念と行動の規範を個々人に植え付けることである。富の集中と階級的利益の紛争がある世界では、そのような役割を満たすためのプロパガンダが必要とされるのだ。(Manufacturing Consent by Edward S. Herman and Noam Chomsky)
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「賛同のでっち上げ」には民意を操り形作ることが含まれる。それが権威者と社会階級的秩序への服従と受容を確立させる。それは既存の社会的秩序への迎合を要求する。「賛同のでっち上げ」は主流メディアの論調に、その虚構とねつ造に、民意を従わせることを意味する。
この記事の中で、我々はそれと対比すべき概念、つまり(「賛同」ではなく)「反対でっち上げ」の巧妙なプロセスに注目することになる。それは支配階級の利益に仕える決定的な役割を果たすものである。
現在の資本主義の下で、民主主義の幻想が優勢でなければならない。反論と抵抗を、確立された社会的秩序を脅かさないようなシステム的特徴として受け入れることは、エリート集団たちの利益の範囲内にある。その意図は反論を押さえつけることではなく、逆に抵抗運動に形を与え鋳造して、反対派に限界の枠をはめることだ。
経済エリートたちは、自分たちの正統性を維持するために、限度を持ちコントロールされた反対派の形態を好む。抵抗のラディカルな形態の展開は、グローバルな資本主義の基盤と機構自体を揺り動かすかもしれないものだが、そのような展開を防止する視点を持っている。言い換えると、「反対派でっち上げ」は「安全弁」として働く。それが新世界秩序を保護し維持するのである。
しかしながらそれが効果的になるためには、「反対派でっち上げ」のプロセスが、その抵抗運動の標的となる者たちによって、用心深く制御され監視されなければならない。
「反対派への資金投入」
反対派をでっち上げるプロセスはどのように達成されるのか。
本質的には「反対派への資金投入」による。つまり、その抵抗運動の標的となる者たちから抵抗運動の組織化の中にいる者たちへの、財源の水路を作ることによってである。
支配層への新たな取り込みのために、政治家たちの嗜好には限界を設けずに資金が払われる。経済エリートたちは ― 主要な基金をコントロールしているのだが ― 膨大な数のNGOと市民社会組織への資金投入をも監督している。それらの組織は歴史的にいえば既存の経済的・社会的秩序に逆らう抵抗運動に含まれてきたものなのだ。多くのNGOと市民運動のプログラムは、フォード、ロックフェラー、マッカーシーを含む私的な基金と公的な基金の両方からの資金提供に深く頼っている。
反グローバリゼーション運動は、ロックフェラーに支配されるウォールストリートとテキサスの巨大石油企業等々に反対している。ところが、ロックフェラー等々の基金とチャリティーが、環境団体(巨大石油企業に反対)と同じく進歩的な反資本主義ネットワークに、結局はそれらの活動を監督し形態を与えるという視点から、気前よく資金を与えるのである。
「反対派でっち上げ」のメカニズムには、操作された環境と、反戦運動団体や環境主義者や反グローバリゼーション運動を含む進歩的な組織にいる個々人に対する圧力と隠微な新たな取り込みが必要だ。
主流メディアが「賛成をでっち上げる」一方で、複雑なNGOのネットワーク(オールタナティブ・メディアの一部を含む)はエリート集団によって抵抗運動を形作りでっち上げるために利用される。
1990年代の世界的な経済システムの規制の撤廃と、金融支配者の急激な富裕化に続いて、基金とチャリティーを通しての資金提供は急激に増加した。
苦々しい皮肉だが、近年のウォールストリートでの詐欺的な金融利得の一部は、エリートたちによる税金逃れのための基金とチャリティーに還流されてきたのだ。これらの棚ぼた式の金融利得は、政治家たちを買収するために使われているだけではなく、NGO、調査研究所、コミュニティー・センター、教会グループ、環境団体、オールタナティブ・メディア、人権団体、等々に向けても流用されてきた。「反対派でっち上げ」は同時にまた、NGOによって、または直接に基金によって資金を与えられる「左翼集団」と「進歩的」メディアにも適用できる。
その隠された目的は、「反対派をでっち上げる」ことであり、そして「政治的に正しい」反対派の境界線を定めることである。その一方で、多くのNGOにはしばしば西側諜報機関のために働く密告屋が潜り込んでいる。さらに、インターネットでの進歩的オールタナティブ・ニュース・メディアは、ますます多くが、基金とチャリティーの一群からの資金提供に頼るようになっている。
分断化する活動
エリート集団の目的は、人々の運動をバラバラにして幅広い「個々の手作業」のモザイクにさせることだ。戦争とグローバリゼーションは、市民活動家の念頭にもはや存在しない。活動は分断化しがちである。積み上げられた反グローバリゼーション・反戦争の運動は存在しない。経済的な危機はアメリカ主導の戦争と関係があるものとはみなされていないのである。
反対派は分断されてきた。バラバラの「個別に方向づけられた」抵抗運動(たとえば、環境、反グローバリゼーション、平和、女性の権利、気候変動)が推奨され、結束した大衆運動に反対する際に気前よく資金提供される。このモザイクは既に1990年代のカウンターG7サミットと市民サミットの際に幅広く見られたものだった。
反グローバリゼーション運動
シアトルでの1999年のカウンター・サミットは、反グローバリゼーション運動の勝利として常に取り上げられる。つまり、「シアトルにおけるWTO世界貿易機関のサミットを閉鎖させた歴史的な活動家の連合、世界的な反企業運動を爆発させた火花」だ。(参照:ナオミ・クライン著Copenhagen: Seattle Grows Up, The Nation、2009年11月13日)
シアトルは、大衆運動の歴史において実に重要な分岐点だった。5万人以上の、市民社会運動団体、人権団体、労働組合、環境団体といった様々な背景を持つ人々が、共通の追及課題の下に集まった。その目標は、ネオリベラルのアジェンダをその制度的な基盤ごと、力づくで取り壊すことであった。
しかしシアトルは、同時に巨大な逆流をも明らかにした。社会のあらゆる場所から出た膨大な反対に合わせて、公式WTOサミットは急遽、「民主的な」装いを「外部に対して」与えるために、市民社会の参加のしるしを「内部に対して」必要とした。
何万人もの人々がシアトルに集まった一方で、そのシーンの背後で起こったことは、ネオリベラリズムの事実上の勝利だった。一握りの市民社会組織が、表向きにはWTOに反対したのだが、WTOの世界的な貿易の構造を合法化するのに貢献していたのだ。WTOを政府間の非合法な団体として攻撃する代わりに、それらの組織はWTOと西側諸国政府との事前の対話に合意したのである。「容認されたNGOの参加者たちは、親密な雰囲気の中で、大使たちや貿易大臣たちやウォールストリートの大富豪たちとともに、多くのカクテル・パーティーやレセプションを含む数々の公式行事の席に連なるよう、招待されたのである。」(ミシェル・チョスドフスキー、Seattle and Beyond: Disarming the New World Order , Covert Action Quarterly, November 1999, See Ten Years Ago: “Manufacturing Dissent” in Seattle)
その隠された目論見は、抵抗運動を弱め解体し、ビジネス支配層の利益を直接に脅かさない分野に反グローバリゼーション運動を導いていくことだった。
私的な財団(フォード、ロックフェラー、ロックフェラー兄弟、チャールズ・ステュアート・モット、ディープ・エコロジー基金を含む)に資金提供を受けて、これらの「容認された」市民社会組織は、表向きには自分たち自身を人々の運動のために活動するロビー・グループとして位置づけた。優秀で献身的な活動家に率いられ、それらは手を結んだ。それらは結局のところは、根本的に不法な組織であるものの合法化を受け入れることによって、意図せずして反グローバリゼーション運動を弱体化させることに貢献したのである。(The 1994 Marrakech Summit agreement which led to the creation of the WTO on January 1, 1995)(同上)
NGOのリーダーたちは資金がどこからきているのかについて十分に知っていた。にもかかわらず、アメリカとヨーロッパのNGOコミュニティーの内部では、それらの基金とチャリティーは企業集団から切り離された独立の博愛主義的な機関であるとして認識される。たとえばロックフェラー兄弟財団は、銀行や石油会社のロックフェラー・ファミリー帝国から離れた別種のものであるとみなされている。
給与と活動の経費を私的な基金に頼りながら、それが当たり前のことであると受け入れられるようになった。ねじ曲がった理屈の中で、資本家集団に対する闘いが、資本家集団に所有された税金逃れの基金からの資金提供によって行われなければならないのである。
NGO集団は拘束衣の中に捕らえられた。それらは存在自体を基金に頼った。それらの活動は厳しく監視された。ねじ曲がった理屈の中で反資本主義運動は資本家たちによって、その独自の基金を通して、間接的にコントロールされた。
【以下、省略: http://bcndoujimaru.web.fc2.com/fact-fiction2/Manufacturing_Dissent.html にてお読みください。】
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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