青山森人の東チモールだより 第341号(2017年2月3日)
- 2017年 2月 3日
- 評論・紹介・意見
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XG[司法制度を非難] vs. TMR[司法制度を擁護]
公開書簡による攻勢
去年(2016年)12月20日、デリ(Dili、ディリ)地方裁判所によって7年の禁錮刑と4年の禁錮刑をそれぞれ言い渡されたエミリア=ピレスとマダレナ=ハンジャンの件(東チモールだより第338号 参照)について展開がありました。
裁判所命令を無視し帰国せずポルトガルに滞在を続け逮捕状が発行されているエミリア=ピレス被告はタウル=マタン=ルアク大統領に公開書簡を送り、数日後、シャナナ=グズマン計画戦略投資相(以下、投資相)はエミリア=ピレス被告への手紙を公開しました。エミリア=ピレスとマダレナ=ハンジャンが閣僚に就いていたときの行動に責任があるシャナナ前首相は、同僚への書簡を公開するというかたちで彼女たちへ下された判決についてようやく“口を開いた”のです。被告たちとシャナナが同じ側にいることを考慮すれば、シャナナたちは公開書簡攻勢に打って出たといえます。
結論からいうと、かれらの公開書簡の内容は他でもない被告無罪の主張と司法制度への非難です。それにたいしタウル=マタン=ルアク大統領は司法制度を擁護し、エミリア=ピレス被告には裁判に協力するよう訴えます。
東チモール解放運動の最高指導者であったシャナナ=グズマン(Xanana Gusmão=XG)と、解放軍の参謀長であったタウル=マタン=ルアク(Taur Matan Ruak=TMR)は、東チモールにとって祖国解放の二大英雄です。去年2月、タウル=マタン=ルアク大統領が国会演説でシャナナ投資相を名指しで非難した(東チモールだより第319号 参照)ことによって、この二人の“対決”(XG vs. TMR)は、現政権を率いるシャナナ=グズマン投資相と、その開発重視政策に歯止めをかけようとするタウル=マタン=ルアク大統領の政治対立として表面化しました。シャナナ連立政権下の汚職事件を裁く司法制度をめぐっても二人に意見は真っ向から対立しています。
エミリア=ピレスから大統領への公開書簡
専門委員会設置を要請
タウル=マタン=ルアク大統領はエミリア=ピレス被告から公開書簡を1月23日に受け取りました。ポルトガルの通信社「ルザ」の記事によれば(2017年2月24日)、その書簡を通じてエミリア=ピレス被告は、海外の著名な専門家による委員会を設置し、エミリア=ピレス自身の件だけでなく東チモール人のためにも司法制度の機能不全を調査することを求めています。
「大統領、わたしは控訴しました。しかしわたしに対する司法制度の偏見に鑑みて、裁判をさほどあてにしていませせん。わたしは裁判に苦しめられ、社会の中で苦しみ続けています」。
「大統領、憲法によると大統領には司法制度の健全な機能を保障する義務があります。それに関してわたしは、著名な専門家による国際的な委員会を創設し、わたしの件についてだけでなく司法制度の機能不全の調査を提案します。わたしのためではなく、東チモール人全体のためにです」。
エミリア=ピレス被告はまた、裁判は国が1ドルさえも失ったことを証明する物証がないにもかかわらず、自分に7年の禁錮刑が下されたことについて裁判を強く非難しています。
なにやらまっとうなことを主張しているように思えますが、ちょっと待ってくださいな。被告として裁判を向き合わせねばならない立場にある人が、海外から帰国するとことなく裁判逃れをしておきながら、司法制度の機能不全を調べるための外国の専門家による委員会を設置してくださいとは、あまりにも虫が良すぎはしないか。主権国家の司法制度を徹底的に否定している態度に、はい、そうしましょう、と大統領が応じるわけがありません。少なくともまずエミリア=ピレス被告は帰国しなければ、説得力も何もあったものではありません。
エミリア=ピレス被告のご都合主義にたいして、フレテリン(東チモール独立革命戦線)のフランシスコ=ブランコ議員のこの反論が的を射ています。「エミリア=ピレス被告は自己擁護のためにあれこれと策を練るべきでなく、裁判に協力しなければならない。彼女は大臣だったとき、良い法律だ、良い憲法だと、すべてが良いといっていたのに、いま法律で問題を抱えると、法律が良くないという」(『ディアリオ』2017年1月27日、電子版より、ブランコ議員の発言は1月24日)。
エミリア=ピレス被告の公開書簡にたいしタウル=マタン=ルアク大統領は、東チモールは新興独立国なので多くの問題を抱えており、司法部門に十分な投資をおこなっているといえないが、わたしは司法制度を信頼している、エミリア=ピレス被告は裁判に協力しなければならないと、1月26日、住民との対話集会で述べました(『東チモールの声』2017年1月27日、電子版)。
シャナナ=グズマンからエミリア=ピレスへの公開書簡
「わたしは東チモールのスハルト」
陳情を申し出る相手として大統領を選び、そしてその書面を世間に公開するという行為はエミリア=ピレス被告側からすれば理にかなっているといえます(裁判逃れをしておきながら何をいうか、といいたくなりますが)。
しかし、シャナナ=グズマン投資相がエミリア=ピレス被告へ公開書簡を送るというのは、個人への手紙を通じて意見を公に示すことによって、あくまでも個人としての意見であることをシャナナ投資相は示したかったのでしょうが、いかにも妙であり、不自然さを感じます。
司法制度を非難し、エミリア=ピレス被告を擁護したいのならば、エミリア=ピレス被告へ書いた手紙を公開するという形式をとらずに、控訴裁判で堂々と弁護するというのが国の指導者として正道のはずです。国の指導者でありながら国の制度が自分の思い通りにならないシャナナ投資相の苛立ちを読み取ることができます。
ポルトガルの通信社「ルザ」の記事(2017年1月26日、電子版)は、シャナナ投資相のこの公開書簡を「皮肉と嘲笑に満ちた手紙」と評しています。「ルザ」の同記事は9ページの手紙と伝えていますが、わたしが入手した写しは11ページでした。ポルトガル語で書かれています。たしかにシャナナ独特の「皮肉」が満載された内容になっています。ただし「どうしたシャナナ、大丈夫か?」と心配したくなるほど、笑えない「皮肉」となっています。冒頭一段落目はこう始まります。
「親愛なる友人へ、
君が人生のなかで最も困難な時を送っていることをわたしは知っている。君はよく知っている、わたしが法律のことは何も知らないこと、なぜならわたしが山にいたとき(*)、ほかの尊敬すべき東チモール人が、今日この国の司法制度の権威を占めている人たちだが、海外でとくにインドネシアで人権について講話をするようなことがわたしには許されなかったからだ」。
(*青山)山に潜んで抵抗運動をしていた時という意味。
シャナナ投資相はエミリア=ピレス被告にたいして親しい呼び方の二人称単数tu「君」を使っています。シャナナ流の皮肉としてまず自分を法律について無知な人間であると卑下します。そして次に非難の矛先である司法関係者を褒めることで馬鹿にするのです。二段落目の一部にこうあります。
「君は、エミリア、わたしがこの人たちを賞賛しているのを知っている。かれらはポルトガル語を理解しておらず、ポルトガル語で書かれた法律で裁きをし、かれら自身何が書かれたかを知らない判決に署名をするのだ」。
このような調子で司法を馬鹿にし、エミリア=ピレスの無実を信じているといっているのですから、この公開書簡は公人としてではなく個人的な手紙として取り扱われるべきものの何物でもないといえます。司法関係者を軽蔑するような非難の仕方は、冗談ではなく、シャナナ自身の品位をおとしめているとわたしには思えます。
最たる「皮肉」は、自分のことを「東チモールのスハルト」と称していることです。五段落目にこうあります。
「第四次と第五次の立憲政府でわたしとともにいた人たちは、シャナニスタと呼ばれたし、呼ばれている。“強欲”の神々の喜びのゆえにかれらはみんな汚職で起訴される。なぜかわかるかい。なぜならわたしは東チモールのスハルトだからだよ。そして君たちみんなが、わたしの汚職のイデオロギーによって影響され汚染された。そしてある者たちは東チモール民主共和国の司法の“見習い者たち”(憐れな者たち!)へ、おめでとう、といった。なぜならシャナナの多くの閣僚たちを法廷に“置いた”からだ」。
この手紙の最終部では、エミリア=ピレス被告ともう一人の被告であるマダレナ=ハンジャン元保健副大臣を不正な司法制度の犠牲者といい、二人に抱擁を送っています。そして最終段落にこうあります。
「エミリア、マダレナ、スハルトは君たちと共にいる!そして、スハルトとともに、『聖なる山』と『死者の魂』(*)が隆起し、君たちの潔白を宣言せん!」
(*青山)固有名詞扱いをしているテトゥン語にポルトガル語で複数形を表すsが付いているので「死者の魂たち」という意味となるが、単数形なら東チモールの有名な山の名前にもなるので、二つの意味をかけているのだろう。
手紙の最後に場所と日付(デリ、2017年1月25日)と名前(カイ=ララ=シャナナ=グズマン)を署名付きで書かれていますが、「東チモールのスハルト」と付け加えられています。
[写真]シャナナからエミリア=ピレスへの公開書簡の署名部分。
「東チモールのスハルト」とある。
自分のことを「東チモールのスハルト」と称するのは、あきらかにタウル=マタン=ルアク大統領にたいする当てこすりです。大統領は去年(2016年)2月の国会演説のなかで、シャナナ投資相とマリ=アルカテリZEESM(市場社会経済特別区域、オイクシ経済特区の開発事業)最高責任者の家族に公共事業を通して利益がまわっていることを、東チモールを侵略したインドネシアのかつての独裁者スハルト大統領のファミリービジネスを引き合いに出して批判しました。しかしだからといってインドネシア軍と闘った指導者が「東チモールのスハルト」と自虐するのはあまりにもひどい笑えない皮肉です。解放運動の最高指導者をして「東チモールのスハルト」と自虐せしめるタウル=マタン=ルアク大統領を叱責する効果を狙っているとしたら、その狙いは完全に外れです。インドネシア軍による侵略によっていまも精神・肉体の傷の後遺症に苦しんでいる大勢の東チモール人を悲しませるだけだと思います。
ファーストレディ、シャナナへの反論
シャナナ投資相の公開書簡の内容にたいし、タウル=マタン=ルアク大統領の妻であるファーストレディ・イザベルさんが記者たちの問いに応えて反論しました(『ディアリオ』2017年1月31日、電子版)。
「わたしは東チモールの司法制度を軽視するシャナナ氏の言い分を受け入れることはできません。わたしは、一人の市民として、人権活動家として悲しいし、良くない言動として同意できません。シャナナ氏がエミリア=ピレス被告に7年の禁錮刑を下したデリ地方裁判所に同意できないならば、公開書簡で司法制度・裁判官・検察官・弁護士を軽視するようなことをしないで、証拠を示してエミリア=ピレス被告を弁護すればよいことです」。
「今日、わたしたちは東チモール民主共和国という独立国家の法のもとに等しくあり、わたしたちは法に頭をたれなければなりません。そして法は人を共和国大統領とか元戦士たちとか戦争を闘った者たちとして見ないで、人びとみな等しく扱うのです」。
「いろいろな事件が起こったとき、シャナナ氏は人にたいしてポルトガル語を知らないのだといいませんでした。2006年の危機が起こったとき、タウル=マタン=ルアクやレレ=アナン=チムールそしてファルル=ラテ=ラエク(*)その他の人たちが告発されたときシャナナ氏は、裁判は良くないといって今日エミリア=ピレスを擁護するようにかれらを擁護しませんでした。マリ=アルカテリ氏が告訴されたとき、国のために戦った人だといってシャナナ氏は擁護しませんでした。どうしてエミリア=ピレスを特別扱いするのでしょうか。このことはわたしたちみんなの疑問点です。インドネシア時代に人権活動をしたわたしにとってシャナナ氏の発言は悲しく思います。戦いの指導者であったシャナナ氏に申しあげたい、今日、わたしたちは独立したのであって、すべてあなたの思うようにことがすすまなければならなかった抵抗運動(の時代)にあるのではないのだと」。
(*青山)F-FDTL(東チモール国防軍)の幹部たちの名前。
何も言い足すことはありません。イザベルさんのおっしゃるとおり。度の過ぎた皮肉と嘲笑が健全な市民感覚によって吹き飛ばされた爽快感を覚えます。XG[司法制度を非難]vs. TMR[司法制度を擁護]の勝負は、シャナナ投資相の負け、タウル=マタン=ルアク大統領の代役としてイザベルさんの勝ち。
タウル=マタン=ルアク大統領、あなたが大統領選挙に再出馬しない意志は固いようですから、どうでしょう、いっそのことイザベル夫人に立候補してもらうというのは……。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6487:170203〕
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