政治的な愚行は何を暗示しているか
- 2011年 3月 10日
- 評論・紹介・意見
- 三上 治前原辞任
献金問題での前原外相辞任劇は政治的な愚行である。辞任した方もほうだが、それで鬼の首でも取ったように騒いでいる面々もおかしいのだ。政党には政争劇という宿病があってそこから逃れられないということか(?)今回のことは外国人からの政治献金が政治資金規正法に違反するからといって大騒ぎする必要のないことである。政治資金規正法の法的趣旨や政治献金についての見識がしっかりしていれば事の理解は明白なはずだ。辞任した前原は「脇が甘い」と言われているが、彼の政治資金(政治の中のカネ)についての見識の欺瞞性が自己の身に降りかかったに過ぎまい。彼が政治資金についてクリーンであることを政治的な看板にしたために自分がその言辞に自縛されただけである。これについてはここで止めるが、僕が注目するのはこの政治的な波及である。
この前原の辞任劇が政治的な愚行であることは明瞭であるが、その結果がもたらすものは別のことだ。政治においては愚行が予想もしなかったことにいたること、あるいはその導火線にいたるということがある。今、言われていることは菅内閣が窮地に追い込まれ、政局は泥沼化するといることだ。菅内閣が政治的展望を閉ざされ迷走して行くことは前から予測されていたことである。彼は最初からボタンを掛違え(小沢排除)をしていたわけであり、それが今に出たからといって取り立てていうまでもないことだ。僕はそれより今度の劇が政党再編の最初の一歩になって行くように思える。前原の辞任は泥船の菅内閣からの逃げ出しであるとささやかれているが、これは菅内閣を構成してきた菅支持グル―プと前原グループの離反の前兆と思える。前原グループにすれば仙谷の官房長官更迭が底にあるのだと推察されるが、民主党の再編劇から政界の再編劇にいたる兆しが出てきたのではないのだろうか。この再編劇は民主党内部にとどまらず、自民党や公明党、またみんなの党に波及するだろう。地方選挙における「減税日本」などの地域政党の動向も影響を与えるかもしれない。現在の政党や政治家が国民の意思や意向を体現しえていないということに根本がある以上この動きは必然ではないか。それは政党や政治家の見識や構想力が問われていることでありそこしか収まりどころはない。政治の安定なんていう言葉ではなく日本社会の今日と明日の構想の創出と具体化しか解決の道はない。自民党や公明党は解散・総選挙を言うが政治的構想は何もみえない。政権の座に就きたいそれが欲しいだけなんて今の政治的動きの根にあるもの見ていないかなめているかだ。政治の混乱は必然だしまた悪いことではない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0369 :110310〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。