「イスラム・テロ」を根底から問い直す―衝撃的な板垣雄三解説 『シャルリ・エブド事件を読み解く』
- 2017年 5月 10日
- 評論・紹介・意見
- イスラム坂井定雄
2015年1月7日、パリで風刺誌出版社「シャルリ・エブド」社を2人の男が襲撃、同誌編集長以下の編集スタッフ10人と警官2人が殺害された。犯人2人は逃走し、人質をとって印刷会社に立てこもったが警官隊に射殺された。ほぼ同時に、別の男が市内のユダヤ食品店を襲撃、客と店員を人質にして立てこもった。こちらの犯人も警官隊に射殺されたが、人質4人が死亡した。フランス当局は、「シャルリ・エブド」社襲撃犯の二人をアルジェリア系のフランス人だとして氏名も発表した。「シャルリ・エブド」はイスラム教をあくどく風刺し、イスラム教徒が絶対的に信仰するムハンマドまで戯画化して掲載、そのつど、国内のイスラム教徒とイスラム諸国から強く抗議されていた。
4日後の11日、パリはじめフランス全土で、“Je suis Charlie “ (わたしはシャルリ)をかかげた大規模(370万人と報道された)なデモが行われた。イスラエルからネタニヤフ首相がやってきて、デモに参加した。事件後、フランスをはじめ欧米諸国では、イスラム・フォビア(イスラム嫌悪)勢力による反イスラム・キャンペーンが強まり、治安当局によるムスリム(イスラム教徒)社会への監視が強化された。一方で、中東での偏狭なイスラム過激派IS(イスラム国)に、欧州諸国からの若者たちの参加が拡大していた。
このような厳しい状況下、事件から3か月後の15年4月、本書が米国で刊行された。中心となった編著者は米国市民でイスラム教徒のケヴィン・バレット。アラビア語・イスラム・人文学の研究者。「対テロ戦争」批判で最も著名な一人。
22人の執筆者たちは、「社会的・宗教的・民族的帰属も思想信条もいちじるしく多様で、個性的だ。研究者・ジャーナリスト・技術者・市民運動家・かって政権内部にいた人・緑の党・アフロアメリカン・ユダヤ教ラビ・カトリック思想家・プロセス神学者・シーア派法学者・イスラム思想家・イスラム終末論者など」(板垣雄三氏による)。
多様な執筆者たちに共通するのは、「シャルリ・エブド」事件はじめ数多くのテロ事件がイスラム・テロだとすることへの強い疑念だ。諸事件はイスラエルの強大な謀略機関モサドか各国の情報機関が実行した偽旗作戦(敵対する勢力を他者に攻撃させるために起こす欺瞞的な軍事行動やテロ)、謀略ではないかという疑念を消し去ることはできない。その背景にはイスラム・フォビア(イスラム嫌い)があることも確か。
本書が発刊された以後も、15年11月13日にパリで発生した同時多発テロ事件(6カ所で爆発や銃撃があり、計130人が死亡、300人以上が負傷)をはじめ、イスラム教徒によるテロと治安当局がみなす大小の事件が発生している。中東を本拠とするIS(イスラム国)が犯人との関係を発表することも多いが、犯人の多くが現場で死亡しており、メディアは治安当局の発表に頼るだけだ。
本書は全体で481ページ、そのうち77ページが、板垣雄三東大名誉教授の解説。板垣氏は言うまでもなく、日本での中東・イスラム研究のリーダーだ。
この「ウソと謀略に踊る世界の破局―どう向き合うか」と題した解説は、本書の理解を助け、原著刊行から現在までの2年の時間差を埋めただけでは決してない。第2次世界大戦後の、とくに欧米で発生した「9.11」をはじめイスラム教徒の犯行だと喧伝されたテロ事件が、実はイスラエルや欧米諸国の情報機関の謀略、偽旗テロである疑いがあることを、板垣氏は解説で鋭く追及している。
そして板垣氏は「この『シャルリ・エブド』の本では、ウソと謀略の現況の出発点を、ケネディ大統領暗殺まで遡らせた。しかし、植民地主義・人種主義・軍国主義批判と、いのちの尊厳擁護の観点からは、起点を1953年イランのモサッデグ政権を倒したCIAによる軍事クーデターまで、さらに1948年のイスラエル国家樹立まで、引き上げるべきではないだろうか」と主張している。
この解説ではまた、過激発言とフェイク(偽・でっちあげ)を多用して当選したトランプ米大統領についても触れられている。
なお、本書の続編が、米国で出版されている。
ケヴィン・バレット編著、板垣雄三監訳・解説「シャルリ。エブド事件を読み解くー世界の自由思想家たちがフランス版9.11を問う」。第三書館。2017年5月発刊。
定価3500円+税
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