男子テニス:フェデラーとナダルの復活
- 2017年 8月 1日
- カルチャー
- テニス盛田常夫
ビッグ・トゥーの完全復活
昨年まで怪我や疲労などで不調が続いたナダルとフェデラーが、今年に入って完全に復活した。ナダルが10勝目を達成した今年の全仏を見る限り、全盛時のナダルと変わらぬほどの無敵状態だった。30歳を超えても、セットを一つも落とさず7試合を戦える力は驚異である。
ウィンブルドン8勝目のフェデラーもまた、今年に入ってグランドスラム大会2勝目である。彼もセットを落とさず7戦を戦い抜いた。しかも、ほとんどの試合を2時間以内に収めた。これで今年のグランドスラム3大会はナダルとフェデラーが分け合うビッグ・トゥーの天下になった。ナダル31歳、フェデラーは今年の8月で36歳である。
次のグランドスラム大会である全米で、ナダルとマリーが早い段階で敗退し、フェデラーが勝ち進めば、再びフェデラーのランキング1位が見えてくる。36歳になってもランキング1位を狙えるフェデラーは、やはりレジェンドである。リオ五輪の後、錦織選手は、「さすがに東京五輪にはもうフェデラーはいないと思う」と語ったが、39歳になるフェデラーが残された最後のタイトルを求めて、五輪金メダルを狙いに来る可能性も否定できなくなった。
名ばかりのグラスコート
芝のコートで選手がプレーするのは、ウィンブルドンの前哨戦と本大会を含め、1年間でわずか1ヶ月に過ぎない。芝のサーフェイスは球が弾まず滑ってしまうので、クレーコート・シーズンを終えた選手には適応が非常に難しい。ウィンブルドン本大会まで3週間ほどの適応期間があった錦織選手は、1回戦を3セット70分ほどの短時間で試合を終えた。相手のチェッキナートは数日前までクレーコートの大会に参加していて、芝での練習がほとんどできない状態で錦織戦を迎えた。打球のポイントを掴めず、まったく勝負にならなかった。それほどサーフェイスの違いは大きい。
激しい動きが続く現代テニスでは、芝コートはすぐに傷んでしまう。コートがまだらになって禿げ、芝と土の境に球が落ちるとイレギュラーバウンドする。グラスコートといえば聞こえは良いが、でこぼこの文字通りの草テニスである。こうなってしまうと、ストロークで押す選手に勝ち目はなくなり、速いサーヴで、ヴォレーが上手な選手が圧倒的に有利になる。ベストエイトに残った選手は皆、剛球サーヴァーである。とにかく、ウィンブルドンを勝ち進むためには、サーヴ力がなければ勝負にならない。
フェデラーは3月20日のマスターズ・マイアミ(ハードコート)で優勝した後、クレーコートの大会を避け、ウィンブルドンの芝コートに焦点を絞ってきた。ストローク力が試されるクレーシーズンを避け、サーヴ力で勝負できるウィンブルドン1本に賭けたのである。その準備が完全に嵌った。錦織選手が全豪大会の後、ハードコートの試合が続くにもかかわらず、一時的にクレーコートでの勝負に賭けて、南米の2大会に出て失敗したのと対照的である。慣れない南米の柔らかいクレーコートへの中途半端な大会参戦が、錦織選手の調子を狂わせてしまった。マネージメントミスである。
サーヴ力で決まるウィンブルドン
ストロークで押す錦織選手は芝コートに向いていない。それでも、2回戦までの試合では芝コートへの準備が見られたから、もう少し上位まで行けると思っていたが、3回戦敗退となった。日本のテニス評論家の中には、「芝のコートへの苦手意識を払拭すべき」という論評もあったが、これは的外れ。意識やメンタルな問題ではなく、錦織選手のサーヴ力で芝コートを戦うのは難しい。
テニスのサーヴは、野球の投手の投球と似ているところがあり、必ずしもスピードだけでサーヴ力が決まるわけではない。ビッグ4のサーヴスピードはとくに速くなく、平均速度はファーストサーヴが180km/h前後で、センカンドサーヴは150km/h前後である。チリッチやラオニッチ、あるいはティームやディミトロフなどの体躯のある若手選手のサーヴスピードは、ビッグ4より10~20%ほど速い。チリッチ、ラオニッチやティームなどは勝負所で210km/hを超えるサーヴを連発していたが、どれだけ速いサーヴでも、受け手のツボに入ってしまうと、リターンエースになる。大谷選手が160km/hを超える球を投げても、ホームランを打たれるのと同じである。
フェデラー選手のファーストサーヴは190km/h前後だが、制球力が効いている。サーヴの制球力がフェデラーの最大の武器で、コーナーを突く制球力があれば、この程度のスピードでも十分にポイントを取ることができる。しかも、チェンジアップのように、ファーストサーヴの速度を意識的に落として、相手のミスを誘う技術も持っている。
優れたサーヴの制球力がフェデラー選手の試合時間を短くし、身体的な負担を少なくしている。だから、36歳になった今も、全盛期と変わらぬ活躍ができる。
錦織選手の課題
フェデラー選手の試合運びの対極にあるのが、錦織選手である。錦織選手の最大の弱点はサーヴ力。ファーストサーヴを叩かれることはほとんどないが、緩いファーストサーヴでは勝負所のポイントを確実に取れない。また、極端にスピードが落ちるセカンドサーヴは、相手選手の狙い目になっている。錦織選手のセンカンドサーヴの速度は110-120km/hで、これだけ遅いと、いろいろな変化を付けても相手の餌食になる。
サーヴ力が弱いと、勝負を決めるポイントを取るのに苦労する。サーヴィスゲームでセットを締めるべきところを、簡単に締められない。必然的にストローク勝負になり、試合時間が長くなる。試合時間が長くなると、緊張感を維持するのが難しく、試合を通して、プレーの波(好不調の波)が大きくなる。だから、フェデラー選手と正反対の試合展開になる。その結果、体力を消耗し、怪我を誘発する。これでは長丁場になるグランドスラム大会を勝ち抜くのは至難の業である。
「錦織選手に欠けているのはメンタルなもの」という的外れな論評が多い。錦織選手に欠けているのは、メンタルなものではなく、フィジカルなものである。フィジカルが強くなれば、メンタル面でも余裕が出るはずだ。身体能力の高い若手の追い上げにあっている錦織選手は、サーヴ力を上げない限り、現在のランキングを維持するのも難しくなるだろう。日頃のトレーニングで、サーヴ力を高めることに力を入れるべきだろう。とくに、セカンドサーヴのスピードと制球力を上げることは必須の条件である。これなしには、グランドスラム大会はもちろん、年間9大会あるマスターズ1000で優勝するのも難しい。錦織選手がひと踏ん張りして、選手生活にもう一花咲かせるのを見たいものだ。
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