周回遅れの読書報告(その33)日本における民衆による武装蜂起の呼びかけ
- 2017年 11月 11日
- 評論・紹介・意見
- 脇野町善造
吉野源三郎は『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)で知られているが、彼は編集者でもあった。そして『職業としての編集者』(岩波新書)という本を残している。何が語られていたかはほとんど忘れたが、次の一節だけは、内容の特異さで記憶に残った。
占領直後にホワイト・ハウスから発表されたアメリカの対日方針によれば、「封建的・権力主義的傾向を修正しようとする統治形式の変更は、日本政府によると日本国民によるとを問わず、許容され、かつ支持される」ことになっていて、しかも「かかる変更の実現のため、日本国民または日本政府が反対者の抑圧のために強力を行使する場合には、最高司令官は、麾下の部隊の安全ならびに占領目的達成を保証するのに必要な限度で干渉する」とさえ宣言されていた。そして、私などの面識のあった、労働運動や革新政党のいわゆる活動家たちの中には、かなりあとまでこの「対日方針」を信じて、占領下における革命をさえ日程にのぼせうると考えていた人が、けっして少なくはなかったのである。
(146-7頁)
これを読んで、最初に「本当にそんな時代があったのか」と思った。日本人が武装蜂起を考えていたなど、とても信じられなかった。吉野は信頼すべき書き手だが、この一節だけは、半信半疑であった。そしたら、永山正昭が『星星之火』で、堀内長栄(戦前の日本海員組合の最後の組合長、敗戦時は海運報国団理事)が敗戦直後に永山に語ったことを紹介していた。
(堀内は言った。)/…アメリカ占領軍は、占領目的に、日本の民主化をかかげ、日本の軍国主義的な国家権力の粉砕をうたっているが、それが日本の民衆の手によって実現することこそ、少なくもここ暫くは、彼らにとってもっとものぞましいことだろう。/だからもし民衆が、軍国主義打倒を叫んで蜂起し、占領軍に要望するならば、少なくも今日現在においては、彼らは民衆に最小限の武器を貸与するだろう。/そして蜂起した民衆は、おそらく武器をほとんど使用することなしに、権力を奪取し、“臨時政府”を組織することができるだろう。そういう“臨時政府”だけが、占領政策の枠内にしても、最大限日本の民主化を実現できるだろう、と。/「占領軍は武器を貸してくれないと思うかね、……わしは、貸してくれると思うがねえ、……話のすすめ方にもよるけれども……」/私は堀内の質問に回答できなかった。正直、私にはわからないことだった。占領軍から武器を借りる、などという発想が、私には思いもよらぬことだった。私にはわからないと答えるほかはなく、それに占領軍から武器を借りるということへの疑問も言いそえた。/「いや、それはダメだ、……武器なしには、“臨時政府”はできっこないネ……」/堀内は、武装蜂起が絶対に必要だ、と断定的に言った。しかもそれは、今すぐに必要なのだ、と言った。/今なら可能だが、時期が遅れれば遅れるほど困難になり、やがては不可能になってしまうだろう、と言った。/占領軍自体の占領目的が変質してしまう危険性もあることだし、今日現在、虚脱状態で無力化している日本の支配階級が、日とともに力を回復してくることも当然予想される、と言った。/面従腹背は日本人の特殊能力でもあるから、日本の支配階級は必死に占領軍にとり入って、いつか日本の民主化を骨抜きにしてしまうだろう、そうなってしまってからでは、すべてはもう遅いのだ、鉄は熱いうちに打たねばならぬ、と言った。/私の知る堀内らしくなく、いつになく昂奮気味に、熱っぽく説く堀内の本心をはかりかねて、私は当惑した。(169-170頁)
引用文中、「私」とあるのは、『星星之火』の著者、永山正昭である。これを読む限り、敗戦直後にはたしかに民衆武装蜂起構想が語られていたのだ。本書の解説によれば、堀内長栄(1887-1961)は、静岡師範卒という変わった経歴の海員で、日本海員組合の設立に加わった人物である。戦前は日本共産党系の海員から「ダラ幹」と批判されたこともある。敗戦時は、既に57歳である。永山は1913年生まれであるから、1945年時点で、31-32歳ということになる。若い永山が躊躇した民衆武装蜂起論を、かつて「ダラ幹」と批判された老闘士が説いていた。しかし永山らは決起しなかった。そして、日本のその後は堀内が予想した通りになった。堀内にはそれが見えていて、だから民衆武装蜂起論を永山に語ったのであろうか。
民衆による武装蜂起など、「夢のまた夢」になっている現在、この報告が何ら意味を持たないのは承知の上で、この永山の文章を紹介しておきたい。
永山正昭『星星之火』(みすず書房、2003年)
吉野源三郎『職業としての編集者』(岩波新書、1989年)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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