中国こそ世界最大の民主国家である?
- 2017年 12月 6日
- 評論・紹介・意見
- 阿部治平
――八ヶ岳山麓から(243)――
中国共産党の理論誌「求是」の最新号に、「中国こそ世界最大の民主国家である」と題する論文が載りました。著者は北京外国語大学党委書記の韓震。韓氏は教育部(日本の文科省)中国特色社会主義理論体系研究中心特約研究員の肩書ももっていますから、中共中央のイデオロギー部門のメンバーでしょう。
内容は大略こんなぐあいです。
①欧米(原語では「西」)は、インドを最大の民主国家だというが、それは欧米型民主主義を移植したにすぎない。欧米は中国の特色ある社会主義制度を「民主主義ではない」とくさすが、中国は世界最多人口をもつ最大の民主国家である。
②現代欧米の民主主義は、多党制・代議制・一人一票などを主な特徴とする。だがこれは一時的歴史形態に過ぎず、唯一合法的な民主形式ではない。。
③欧米型民主主義は金銭政治とポピュリズム政治が変化したものであって、文化的背景と歴史発展の条件が異なる非欧米国家には適合しないものである。
④中国はいま人民民主主義の新しい段階にむかって着実に歩んでいる。中国の特色ある社会主義的民主主義は、真実性、有効性、優越性を明らかに示している。現下の中国の政治的・経済的成功がそのゆるぎない証拠である。
産経新聞の西見特派員は、ネット上では「(韓震論文は)黒を白と言いくるめるものだ」「恥知らず」など批判的な声が多数を占めたと書いていますが(産経2017・11・21)、私がこの論文を見たときは、読者数が4099。うち17人のコメントがありましたが、その中に批判的な意見はありませんでした。
さて韓氏は次のように厳しく欧米型民主主義を批判します。
①欧米人民は投票のとき動員されるだけで、投票後は忘れ去られる。普通選挙は形式上は有権だが、実際は無権の政治的遊戯である。
②欧米側の判断基準は、選挙の結果が独占資本の覇権体系の利益に符合しているかどうかである。たとえば、欧米はパレスチナの2006年選挙でのハマス組織の勝利や、普通選挙を実施するイランを「民主国家」とは認めない。チリのアジェンデ政権をクーデターで打倒した例を見よ。
③米大統領選挙では普通選挙の得票数では勝ったのに、選挙人による選挙では負けた候補者が歴史上3人いる。バーニー・サンダースのような下層人民の支持を受けた候補者の登場は妨害される。アメリカの政治は、ケネディ家、ブッシュ家、クリントン家を見ればわかるように、門閥化、家族化、貴族化している。
ならば肝心の中国の民主主義とはいったいなんでしょうか。
韓氏は「中国の特色のある社会主義」が民主主義だといいたいようです。現下の中国の政治的・経済的成功がそのゆるぎないあかしであるとしています。
中共第19回大会で最高指導部入りした理論家王滬寧氏も、「中国の民主主義は社会主義の基本政治原則を基礎とすべきだ」といいますから、中共の独裁そのものが民主主義だと理解しているようです。
なぜそうなるか、不思議に思っていましたが、このごろようやく天安門事件の前、中国の学生たちが「民主」を「人民が主人」と理解し、その対立概念は「君主」だといっていたのを思い出しました(私は「専制」だといいましたが)。理論家たちはこれを演繹して、「中共は労農人民の党であり、人民の政治を代行している、だから中国では『人民が主人』である。だから中共の一党支配そのものが民主主義だ」としているのではないかと思います。
ではなぜこのように中国の現体制を持上げ、欧米民主主義を批判するか。
理由は簡単、個人崇拝を強める習近平政権の正統性を中国人民に訴えるためです。
安倍晋三首相もトランプ大統領も、世論の批判に屈せずやってゆけるのは、普通選挙によってその地位の正統性が担保されているからです。中国でも中華民国時代には、言論の自由や選挙制度があった時期があったのですが、中共の政権は人民の支持ではなく、革命戦争によってかちとったものです。
だから毛沢東時代から中共支配の正統性は、抗日戦争の主力は国民軍ではなく共産軍であり、中国を救ったのは中共であるという建国神話によっていました。現在では世界第二の経済力と国際的地位の高さがこれに加わりましたが、この神話が否定されれば中共支配の正統性は揺らぎます。
ところが、私はほんとうに驚いたのですが、中国最大の検索サイト「百度」上に「抗日戦争中、国共両党のどちらが最大の貢献をしたか」という設問がありました。この問いに対する回答を要約して紹介します。
まず神話支持者の回答。
①(抗日戦の主力は)共産軍にきまっている。抗日戦争では「共産党は基盤を固めるだけで、日本人とはまったく戦わなかった。戦ったのは国民党だ」という人がいるが、国民軍は寄せ集めのヘナヘナ軍で、彼らは実戦の中で鍛えられるほかなかった。
日本投降以後国共は決戦したが、国民軍はアメリカから近代的な武器を援助されていたのに、3年足らずで一蹴されてしまった!もし朝鮮戦争がなかったら国民党は台湾にもいられなかったはずだ。抗日戦争のとき、共産軍は敵後方において日本軍と真正の戦いをして鍛えられた。そうでなかったらあのような百戦百勝の軍隊が生れるはずがない。建国後の抗米援朝が立派な証拠だ!
――これに対する賛成24、反対233。
次は神話否定論。
②当然国民党だよ。×××は抗日戦の時期なにをやったってんだ?国民党の愛国将兵が前線で決戦を挑んでいたとき、×××は力を養って将来の国民党との戦いに備えていたんだ。みんな抗日映画を見てるよね?あれはすべてでたらめだ。×××は抗日戦の果実を独り占めしただけなのさ。(×××はママ)
――賛成359、反対26
③我々は歴史を修正する人々を譴責する!我々には本当の歴史を知る権利がある!
小中学校の歴史教科書では共産軍が抗日戦争の主役で、悪いのはすべて国民軍とされている。第二次大戦期、日本軍は中国で40万人余戦死した……、だが共産軍は日本軍を1万人足らず殲滅しただけだ!国民軍は日本軍と、上海で、武漢で、盧溝橋で、真正面から大きな犠牲を出しながら戦ってきた。
私は真実の歴史を知りたい!生きているうちに第二次大戦の真実の歴史が書かれたら……。
――賛成797、反対28(以上 https://zhidao.baidu.com/question/583522936.html
)
こんな問答が中国のネット上にあるのは、当局に特殊な目的があるとしか思えません。さもなくば(不都合な声をネット上から削除するのが専門の)「五毛党」がサボったからか。
さらに同検索サイトを見てゆくと、「中国は民主主義国家か?」という、そのものずばりの設問と回答がありました。ネットサーバーの声をひとつだけあげます。
「否。中国が民主主義でない根本理由は、人民に政府を選挙する権利、政府を監督する権利、権力を制約する手段がないからだ。中国政府は、形式的には人民代表大会の選挙で生れるが、指導者はまず中共党内で指名されている。我々に必要なのは人民の監督を受ける政府だ。
いま政府は人民を恐れ警戒して、毎年治安維持のために驚くほどの経費をつかっているが、その一方でいつも当家の主人は人民だ、公務員は人民の雇員だという。ところが実際には人民は監視され、人民は政府を恐れている。どこに主人が雇い人を恐れるなんてことがあるだろうか」
この意見を読んだ人は561、賛成は49、反対はゼロでした。
(2017・11・26 https://zhidao.baidu.com)。
以上で、中国社会の底流には政権や権威に対する根強い批判があり、またその批判を見たがっている人もばかにならない数がいることがわかります。このような「危険思想」は、あちこちで頻繁する農民暴動や山猫ストとは違い、個別には解決できません。放置すれば組織され、支配の土台を崩される恐れがあります。2015年、民主人権派知識人が一斉に逮捕投獄されたのもそれゆえです。
韓震先生の「中国こそ世界最大の民主国家である」は、世界第二の経済大国になった自己陶酔でも強がりでもなく、まさに中国老百姓(無権の民)の反体制傾向を無視できない、支配者の危機意識を反映したものであると思います。中共の理論家たちは、絶えず政権の正統性を強調していなければならないのです。
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