東京「君が代」裁判(第4次訴訟)控訴理由書完成
- 2017年 12月 19日
- 評論・紹介・意見
- 弁護士澤藤統一郎
弁護団を組んでの大型訴訟は、学ぶところが多いし面白い。弁護士の経験の伝承の場でもある。しかし、弁護団には特有のマネージメントの負担が大きい。これだけで一苦労だ。この苦労を一身に背負うのが弁護団事務局長。誰かが引き受けなければことが進まないが、「車輪の下」で雑務の山の重荷を支えることには、覚悟が必要だ。
そもそも大半の者の弁護士志望の動機が、マネージメントは不得手、やりたくない、というものだ。不得手でも、やりたくなくても、必要だから誰かがやらざるを得ない。心ならずも私もそんな役回りをいくつも引き受けてきた。が、もうこの齢では務まらない。
「10・23通達」関連訴訟の中核に位置づけられる東京「君が代」裁判(第4次訴訟)。9月15日に東京地裁民事第11部(佐々木宗啓裁判長)で、一審判決の言い渡しがあり、今日(12月18日)が控訴理由書の提出期限だった。
先ほど、弁護団事務局長の平松真二郎弁護士から、「皆さまお疲れ様でした。控訴理由書無事提出しました。」との報告があった。ご苦労様、という以外に言葉がない。
議論して構成を考え、手分けして執筆し、執筆したものを持ち寄って討論してまた加筆し、ようやく完成した控訴理由書が、397ページの大冊となった。事務局長は、弁護団の校閲担当者とともに最後の調整を担当している。
東京地裁の原判決は、減給以上の全処分を取り消したが、戒告(9名についての12件)については処分取り消し請求を棄却した。不当であり無念というほかない。私たちはこの点を逆転したい。
本控訴理由書は何よりも違憲論を重視している。その違憲の根拠を、「客観違憲論」と「主観違憲論」に大別した。立憲主義に基づく憲法の構造上、そもそも公権力が国民に対して、「国に敬意を表明せよ」などと命令できるはずはない。また、憲法26条や23条は教育の場での価値多様性を重視しており、公権力が過剰に教育の内容に介入することは許容されず、本件はその教育に対する公権力の過剰介入の典型事例である。というのが、客観違憲論。誰に対する関係でも都教委の一連の行為は違憲で、違法となる。
そして、主観的違憲論(思想・良心の自由保障、信教の自由保障違反)では、宗教学の島薗進教授の説示を援用して、新たな主張を展開している。同教授には、宗教学の立場から鑑定意見書を作成していただく予定である。
控訴理由書は、以下の全10章からなる。
序 章 原判決の基本的な問題点
第1章 事実関係に関する問題
第2章 本件通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが公権力行使の権限の限界を踰越していること
第3章 通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが教基法16条1項の禁じる「不当な支配」に当たること
第4章 国歌の起立斉唱の義務付けが憲法19条に違反すること
第5章 国歌の起立斉唱の強制は憲法20条2項,20条1項に違反すること
第6章 本件通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが憲法23条,26条,13条が保障する教師の教育の自由を侵害すること
第7章 卒業式等における国歌の起立斉唱の義務付けが国際条約に違反すること
第8章 本件各処分は裁量権の逸脱・濫用にあたる
第9章 国賠法1条1項に基づく慰謝料等請求が認められるべきこと
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本控訴理由書の目次を掲載しておく。この目次をよく読み込めば、控訴理由の大意が把握できるはず。
序章 原判決の基本的な問題点 9
第1 原判決の事実認定の問題点 9
第2 原判決の法的判断の問題点 11
第3 貴裁判所に望むこと 13
第1章 事実関係に関する問題 15
第1 原判決の事実認定の問題点 15
1 原判決の事実認定 15
2 10・23通達発出の真の目的を見極めるために必要な事実の認定が欠落している 15
3 職務命令と10・23通達の関連性についての認定が欠落している 17
4 卒業式等において教師に創意工夫や裁量の余地がなく画一的な儀式を押し付けられたことに関する認定が欠落している 18
5 小括 19
第2 1989年学習指導要領改訂と学校における「日の丸・君が代」の取り扱い 19
1 はじめに 19
2 学習指導要領改訂前の学校の日の丸・君が代実施の状況 19
3 学習指導要領改訂時の議論 22
4 学習指導要領改訂後の運用状況 24
第3 10・23通達発出に至る経過 25
1 学習指導要領改訂後の都教委の指導 25
2 国旗国歌法制定とその立法趣旨 27
3 1999(平成11)年通達 39
4 都教委の方針転換 43
5 教育委員や教育長らの考え 55
6 都議会議員らとの迎合的関係 61
7 対策本部の議論 66
第4 10・23通達から職務命令発出に至る経過 69
1 10・23通達につき校長の独自の権限はなかった 69
2 管理職への事前指導による「職務命令発出」の徹底 70
4 卒業式当日の異常な監視体制 83
5 服務事故報告書,校長への事情聴取 84
6 都教委による10・23通達完全実施体制 85
第5 10・23通達下の卒業式等の実施 89
1 教職員に対する強制 89
2 生徒への強制 94
3 障害児学校での卒業式の変容 107
4 通常学校における卒入学式への影響 121
第6 教育現場の変容 124
1 上意下達の結果~破壊された教育現場 124
2 かつての教育現場~教師集団による闊達な議論 125
3 都教委が10・23通達前後に行った「教育現場改革」と教育現場への介入 126
4 上意下達体制の貫徹による「沈黙の教育現場」 131
5 「お上が望む教育へ」~教育内容への介入 133
第7 小括 139
第2章 本件通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが公権力行使の権限の限界を踰越していること 140
第1 「職務命令」と「信念等」との対比では抜け落ちてしまう重要な側面 140
1 原判決では控訴人らの主張が理解されなかったこと 140
2 職務命令と「歴史観・世界観・教育観」との対比 140
3 何が捨象されてしまうのか 141
4 等閑視された「求めること」と「強制」との隔絶した違い 143
第2 「公権力行使の権限踰越」の意味と判例上の位置づけ 145
1 公権力行使の権限踰越が本章の主題 145
2 職務命令が違憲という従前の主張とは異なる 145
3 南九州税理士会事件最高裁判決とそれが依拠した大法廷判決 146
4 アメリカ連邦最高裁のBarnette(バーネット)事件判決 149
5 憲法判断の客観的アプローチ 150
6 「権限がない」の意味についての補足説明 153
7 「権限の限界の踰越」の意味についての補足説明 153
第3 原判決に対する批判 154
1 「公権力行使の権限踰越」の主張に対する原判決の判示 154
2 判示①について 154
3 判示②について 155
第4 「国家シンボルと個人」から画される「公権力行使の限界」 157
1 国家と対峙する個人 157
2 国家シンボルに対する敬意表明の強制は権限を踰越した公権力の行使 157
3 公務員に対しても強制はできない 160
4 根拠とする憲法の条項 162
第5 「生徒の精神的自由」と「教職員の職務」から画される「公権力行使の限界」 163
1 精神的自由の内在的制約 163
2 単に法律に根拠があるだけでは人権の制約はできない 164
3 一連の最高裁判決による制約の正当化 164
4 調整すべき生徒の人権は抽象的で希薄な「学習権」だけではない 166
5 生徒と教職員は別という議論 166
6 「不利益処分の制裁をもって」が重要なのではない 167
7 現に起立斉唱できないという思いをもつ生徒の存在 169
8 教職員による起立斉唱の率先垂範は生徒の自律的な思考と判断を損なう 172
9 教育的配慮として生徒の気持ちに寄り添うことは教職員の職責 173
10 教職員の職責と矛盾する行為を教職員に強制をする権限は行政にない 174
第6 結語 175
第3章 通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが教基法16条1項の禁じる「不当な支配」に当たること 176
第1 教育委員会が教育内容に関する具体的な命令の発出が許されるとした原判決は,旭川学テ事件最高裁判決の判断に反していること 176
1 原判決の判示 176
2 旭川学テ事件最高裁判決の判断枠組み 177
3 原判決は旭川学テ事件最高裁判決を誤読していること 185
第2 教育委員会は「必要性,合理性が認められる場合には,適正かつ許容される目的のために必要かつ合理的と認められる範囲内において,具体的な命令を発することもできる」と判断した誤り 186
1 原判決の判示 186
2 旭川学テ事件最高裁判決が示した教育委員会の権限行使の限界 187
3 具体的な命令を発しうる「特に必要な場合」はどのような場合か 189
第3 国歌の起立斉唱の義務付けが「適正かつ許容される目的のために必要かつ合理的であると認められるとした原判決の誤り 193
1 原判決の判示 193
2 具体的な命令を発する「必要」性を認めた原判決の誤り 194
3 起立斉唱命令の「合理性」を認めた原判決が判断を誤っていること 199
第4章 国歌の起立斉唱の義務付けが憲法19条に違反すること 205
第1 原判決は事案類型の把握が誤っていること 205
1 原判決の概要 205
2 控訴人らの主張 205
3 控訴人ら「教職員としての職責意識に基づく信条」の内容 207
第2 原判決は,「憲法が宗教儀式ならびにこれに準ずる世俗的儀式等への参加強制を禁じている」ことを看過している 211
1 原判決の違憲判断回避の構造 211
2 「間接制約」論の誤謬 214
3 儀式・儀礼による集団規律と宗教及び全体主義との関わり 216
第3 起立斉唱行為の義務付けの必要性及び合理性がないこと 221
1 原判決の判断 221
2 控訴人らの主張 221
3 そもそも10・23通達発出の必要性及び合理性はなかった 222
第5章 国歌の起立斉唱の強制は憲法20条2項,20条1項に違反すること 227
第1 憲法20条に関する原判決の判断 227
第2 「日の丸・君が代」の宗教性 234
1 「日の丸・君が代」の宗教性 234
2 国旗・国歌(日の丸・君が代)の儀式における役割 236
第3 憲法20条2項違反について 237
1 憲法20条の構造 237
2 強制の契機 238
第4 憲法20条1項違反について 240
1 内心に限定された自由ではない 240
2 「間接制約」論の誤謬 241
3 剣道実技拒否事件最高裁判決の射程 242
第5 教員の信教の自由とその限界 244
1 人権制約における厳格な審査基準 244
2 日の丸・君が代強制と厳格審査基準 245
第6章 本件通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けが憲法23条,26条,13条が保障する教師の教育の自由を侵害すること 246
第1 原判決は教師の教育の自由に関する旭川学テ事件最高裁判決に反していること 246
1 原判決の判断 246
2 普通教育における教師の教育の自由に関する旭川学テ事件最高裁判決 247
3 小括 252
第2 教職員に対する起立斉唱の義務付けが国旗国歌条項の趣旨に沿うとした原判決の判断は誤っていること 252
1 原判決の判示 252
2 教職員全員の起立斉唱が国旗国歌条項の趣旨にかなうものではないこと 253
3 教職員全員の起立斉唱を命じることはできないこと 258
4 教職員全員の起立斉唱は子どもの学習権を侵害すること 262
5 小括 263
第3 本件通達及び本件職務命令は,教育の自由を侵害すること 263
1 原判決の判示 263
2 原判決の判示は事実誤認に基づくこと 264
3 小括 原判決は事実を誤認したものであること 270
第7章 卒業式等における国歌の起立斉唱の義務付けが国際条約に違反すること 272
第1 原判決の判断内容とその基本的問題点 272
1 原判決の判断内容 272
2 原審判断の特徴と問題点 273
第2 原判決が自由権規約18条の解釈を誤ったこと 275
1 自由権規約,児童の権利に関する条約の裁判規範性 275
2 国際条約における一般的意見,総括所見の持つ意味 277
3 条約法条約による解釈規則 277
4 規約人権委員会の人権規約18条に対する一般意見 278
第3 原判決は,自由権規約委員会の日本政府の第6回報告に対する総括所見について誤った位置づけをしたこと 282
1 自由権規約委員会の日本政府の第6回報告に対する総括所見 282
2 第6回総括所見に至るまでの経過とその内容 283
3 第6回総括所見の意義 287
第4 原判決の自由権規約18条の解釈・適用の誤り 289
1 自由権規約18条の解釈の誤り 289
2 第6回総括所見の持つ意味 291
3 原判決の自由権規約18条の適用の誤り 292
第5 児童権利条約違反 301
1 原判決の内容とその問題点 301
2 控訴人らは,児童(子ども)の権利に関する条約違反の主張ができること 302
3 児童権利条約で保障された具体的権利の内容 304
4 10・23通達とそれに基づく卒業式等の実施が児童権利条約違反となること 309
第8章 本件各処分は裁量権の逸脱・濫用にあたる 312
第1 はじめに 312
第2 2012年1月16日最高裁判決は戒告処分の無条件容認ではない 312
第3 戒告処分が取り消されない限り,問題の解決は図られない 315
1 思想・信条,教職員としての職責意識を捨てない限り起立はできない 315
2 都教委は,教育現場で校長が教職員の思想・信条に配慮することを認めない 318
3 不起立による実害はない 320
4 懲戒処分を科すことにより発生する教育現場への弊害 321
5 まとめ 328
第4 本件の各戒告処分は取り消されなければならない 328
1 はじめに 328
2 本件職務命令は不当な動機・目的でなされたものであり違法である 328
3 戒告処分の裁量権の逸脱濫用を認めなかった原判決の誤り 333
4 都教委自身も認める戒告処分に付随する様々な不利益 349
5 標準的な処分量定との比較 364
6 国旗国歌をめぐる全国の懲戒処分の状況と東京都の突出 365
第5 結論 367
第9章 国賠法1条1項に基づく慰謝料等請求が認められるべきこと 368
第1 本件各懲戒処分に行った都教委には国賠法上の過失が認められること 368
1 原判決の判示 368
2 本件通達及び職務命令による起立斉唱の義務付けは違憲・違法であること 369
3 懲戒処分を行ったことにつき都教委に国賠法上の過失が認められること 370
第2 控訴人らに損害が生じていること 383
1 原判決の判示 383
2 処分の取消によっても慰謝されない精神的苦痛が残されること 384
3 懲戒処分による経済的不利益 389
4 結論 391 (付 別表)
(2017/12/18)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.12.18より許可を得て転載
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〔opinion7199:171219〕
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