「日韓合意」の破綻の真因を逆立ちさせる日本政府とメディア、それに口をつむぐリベラル政党
- 2018年 1月 7日
- 時代をみる
- 醍醐聡
遅まきながら、皆さま、よい新年をお迎えのことと思います。今年もよろしくお願いいたします。
今年の干支は戌年(いぬどし)。年賀状には一緒に過ごし、先に逝った姉妹犬の写真を載せました。
新年の抱負といわれても、過去を引きづってしか先のことを考えない性分ですから、新年だからと言って、穏やかな記事を書かねばという意識はありません。
「日韓合意」の欺瞞を暴いた韓国タスクフォースの報告書
韓国の旧日本軍「慰安婦」被害者問題合意検討タスクフォース(以下「TF」)は、2年前に日韓外相が発表した「慰安婦」問題に関する「日韓合意」に至る協議の過程を調査した報告書を昨年12月27日に公表した。 報告書によると、合意の核になった「不可逆的」という言葉は、もともとは韓国側が「謝罪の不可逆性」を強調するため先に言及したものだったという。それまで、日本政府が「謝罪」を表明した後も与党政治家などからそれを覆す発言繰り返されたことを踏まえて韓国の被害者団体が要求したことを受けた対応だった。
ところが2015年4月の第4回高官級協議では日本側の強い要求によって「謝罪の不可逆性」が慰安婦問題「解決の不逆性」に反転した。
これでは国内世論の反発は避けられないと判断した韓国外交部は、「不可逆的」の表現を削除することが必要だという意見を大統領府に伝えたが受け入れられなかったという(「『最終的かつ不可逆的』慰安婦合意の文言は日本の返し技だった」『ハンギョレ新聞』日本語版、2017年12月28日)。
以上、『ソウル聯合ニュース』2017年12月27日、15:01配信)も参照。
また、報告書は、「日韓合意」には発表内容とは別に「裏合意」があったことを明らかにした。具体的には
➀ (日本)韓国の市民団体「挺対協」が合意に不満を表明した場
合、韓国政府が説得してほしい
(韓国)関連団体が意見表明を行った場合、政府として説得
に努める⓶(日本)在韓日本大使館前の少女像を移転する韓国政府の計画
を尋ねたい
(韓国)関連団体との協議を通して適切に解決されるよう努
力する(日本)第三国における「慰安婦」像の設置は適切でない
(韓国)韓国政府としてそのような動きは支援しない、
韓国政府が今後、「性奴隷」という単語を使わないよう希望
(韓国)公式名称は「日本軍慰安婦被害者問題」であること
を再度、確認する、
というものだった。
『ハンギョレ』(日本語版、2017年12月29日、)は、こうした裏合意は実質的には日本政府の言い分のほとんどすべてを韓国政府が聞き入れたものと論評している。実際、報告書は、「裏合意」の存在およびその内容は「合意が被害者中心、国民中心ではなく、政府中心で行われたことを示している」と指摘した。
国賓級礼遇で慰安婦被害者を遇した文在寅大統領
こうした検証結果の報告を踏まえ、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は4日、慰安婦被害者たちを大統領府での昼食会に招き、日本の謝罪と賠償を求めて一生を闘ってきた彼女たちを「12・28合意」で再び傷つけた韓国政府の無分別を謝罪した。
「国賓級礼遇でハルモニら迎えた文大統領…『12・28拙速合意』正すための第一歩」(『ハンギョレ』(日本語版、2018年12月4日、http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29409.html
スピーチの中で文大統領はこう述べて慰安婦被害者に謝罪したという。
『国を失ったとき、国民を守れず、解放によって国を取り戻した後は、ハルモニたちの傷を癒し、痛恨を晴らさねばならなかったにもかかわらず、それができなかった。むしろハルモニたちの意思に反する合意をしたことについて申し訳なく思っている。」
これに対し、被害者の一人、イ・ヨンスさんはこう答えた。「12・28合意以来、毎日胸がつかえたように息苦しく、恨みがこみ上げてきた。大統領が合意が間違っていることをひとつひとつ明らかにしてくれて、胸がスカッとしており、ありがたくて泣きに泣いた。」「慰安婦問題に対する(日本政府の)公式謝罪、法的賠償を26年間も叫んできた。必ず闘って解決したい」同じく被害者のイ・オクソンさんは「私たちは先が長くない。謝罪だけは受けさせてほしい。大統領と政府を信じる」と語った。
しかし、慰安婦被害者に対して行った韓国大統領の謝罪は、本来、加害国・日本の首相がとっくの昔に~百歩譲っても河野談話を発表した時に~慰安婦被害者のもとへ出向き、行うべきものだったはずです。それが被害者に通じるささやかな謝罪のはずだ。
安倍首相自ら真珠湾へ出向き、米国側の戦死者に向けた謝罪と同じことを、なぜ韓国の、それも当時の日本軍の管理下で多くの兵士による性暴力によって、個人の尊厳を蹂躙された無垢な女性たちに対して、しない理由は何なのか?
謝罪を底抜けさせた安倍首相の「毛頭」発言
しかし、安倍首相の口から出たのは謝罪の手紙を出すことさえ、「毛頭考えていない」という言葉だった。その理由は「手紙は合意に含まれていない」から、だった。
「慰安婦被害者への手紙 安倍首相『毛頭考えていない』」
(『聯合ニュース』2016年 10月 3日 15:48)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2016/10/03/0400000000AJP20161003000800882.HTML
この発言ほど、安倍首相の謝罪を以て、戦時慰安婦問題は区切りがついた、などと言えるものではないことを裏付ける事実はない。 ところが、私が知る限り、この安倍発言を正面から批判した日本のメディアも(革新)政党も皆無だった。日本の論壇からも、立憲を自称する野党からも、こうした政府の対応を正面から批判する声はまったく聞こえてこない。 日本政府も大方のメディアも、名ばかりの「謝罪」とお金を出したことで、日本は加害責任を果たした、慰安婦被害者、支援団体、韓国政府は、日本からのお金を受け取った以上、過去の被害、謝罪をもう、つべこべいうな、という心根なのか? 26年間、日本政府からの公式の謝罪と法的補償を待ち続けた慰安婦被害者が、不本意でも生きているうちに日本政府からの拠出金を受け取ったからといって、それと引き換えかのように、歴史上の問題を言い立てるなという道徳的資格があるのか?
・日本はいつから、こんなに卑しい、理性の荒廃した国になったの
か?・「外国人」の尊厳は日本国憲法の、日本人の良識の「蚊帳の外」
なのか?・それとも、こと日韓・日中の歴史問題となると、日本の「進歩的」
論者やリベラル政党さえも、日本社会に垂れ込める「同調圧力」
に飲み込まれてしまうのか?「北朝鮮問題で連携しなければならない時に」は誰に向かっていうべき言葉なのか?
韓国のタスクフォースの報告書に関し、河野外務大臣はさっそくコメントを発表。「合意に至る過程に問題があったとは考えられない」、「日本政府としては、韓国政府が報告書に基づいて既に実施に移されている合意を変更しようとするのであれば、日韓関係がマネージ不能となり、断じて受け入れられない」と語った(『産経ニュース』2017年12月28日、0924 安倍首相は韓国側のTF報告書に表立って反応していないが、『日本経済新聞』電子版(2017年12月27日、23:37によると周囲に「合意は1ミリも動かない」と語ったという。 これより先、安倍首相は昨年12月19日に来日した康京和韓国外相と会談した際、「韓国とはさまざまな課題もあるが、両国がしっかりとコントロールしながら未来を切りひらいていきたい」と語り、日韓合意の着実な履行を強く要求したという(『毎日新聞』2017年12月19日)。
要するに、日本政府の反応に目新しいことは何もない。日本は「日韓合意」を忠実に履行してきた、合意の履行が暗礁に乗り上げているのは、挙げて韓国側が「不可逆的」にすると約束した「慰安婦」問題を蒸し返すことにある、という主張に尽きている。それに加えて、北朝鮮と米国間の軍事的緊張が高まっているなか、日米韓の連携が大事な時に、それを妨げるような歴史問題を再燃させるべきではないというのが日本政府の言い分である。
しかし、北朝鮮問題が大事だからというなら、北朝鮮問題を歴史問題と絡めて軍事的な暴発の危険を回避する行動を妨げているのは誰なのか?
韓国政府はもともと、北朝鮮問題と日韓の歴史問題を切り離す「ツートラック」方針を採用してきた。その結果、韓国側の呼びかけで南北朝鮮間の対話の場が曲がりなりにも開かれた。対話の行方は楽観できないし、北朝鮮が易々と軍事的挑発を止めるとは考えにくい。が、非難と軍事的挑発の応戦を繰り返すより、好ましい状況であることは間違いない。
他方、トランプ政権は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が「核兵器のボタンは私の机の上にある」と威嚇発言したのに対し、「私の机の上にある核のボタンはもっと大きい」と言い返すなど、軍事的緊張を煽るような発言を繰り返している。そして安倍首相は、軍事的攻撃も含めたあらゆる選択肢があると公言するトランプ政権と世界で一番近い首脳になっている。
NHK政治部の岩田明子記者は、安倍政権5年目の日のニュース7に登場して、安倍首相がトランプ氏、プーチン氏らと信頼関係を築いたことを安倍政権の外交的成果と持ち上げた。
NHKの元気象予報士、半井小絵さんは安倍首相を囲む新春対談に登場し、「首相はプーチン露大統領やトランプ米大統領ら癖のある外国首脳と親しいので『猛獣使い』とも呼ばれているそうですが、何かコツがあるんでしょうか」と、賛辞にこれ努めた。 しかし、そのトランプ氏はいまや国内でも国連でも孤立を極め、政権の維持さえ、危ぶまれる状況になっている。そうした手詰まり状態を「打開」するため、北朝鮮と「瀬戸際作戦」の競い合いをされてはたまらない。
以上をまとめると、「北朝鮮問題で連携しなければならない時に」という言葉は韓国政府にではなく、トランプ政権とその「盟友」を自認する安倍首相にこそ向けなければならないのである。
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4275:180107〕
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