最近の習近平政権論をよむ
- 2018年 1月 26日
- 評論・紹介・意見
- 中国習近平阿部治平
――八ヶ岳山麓から(248)――
中国関係の本はだいたい中国の悪口だ。しかもやたらに多い。こう多くてはなにを読んでいいかわからない。新聞の書評にとりあげられたのを買って「だまされた!」と思うことがときどきある。
『習近平の悲劇』(産経新聞社2017)を読んだ。著者矢板明夫氏は去年まで産経新聞北京特派員、現在は外信部次長である。本書は矢板氏の2007年から10年間の論評をまとめたものだ。
内容はおおざっぱには、中国共産党中央の派閥抗争、習近平の能力と業績の低さ、習派閥の形成過程、文化大革命の復活傾向と独裁への傾斜、幹部の伝統的特権、さらに中国外交の失敗といったところだ。これも中国悪口派の書だが、だまされたとは思わなかった。もちろん意見はある。
私は産経の神憑り的な右翼思想にうんざりしながらも、同紙の文革以来の中国報道には一定の信頼を置いてきた。というのは、半世紀前、日本のメディアの多くが文革礼賛に傾くなか、産経は柴田穂北京支局長の文革の実態をつたえる記事を掲載し、その後も反共イデオロギーを旨としてではあるが、中国に遠慮のない報道をつづけたからである。
私は、矢板氏の記事にも柴田記者以来のリアリズムを感じてきた。とくに、中共幹部から農民・労働者にいたるまで、矢板氏が直接取材した記事には、自分の中国体験を重ねて深い共感を覚えた。
まもなく全国人民代表大会で「習近平思想」が憲法に明記される。強引というほかないが、このすさまじい権力欲はどこから来たか。矢板氏によれば、それは習近平の劣等感の産物である。
かつて矢板氏は、習近平は江沢民や胡錦濤と異なり、権威者による指名とか高い行政能力とかのゆえでなく、ただただ中共最高層の派閥抗争の結果としてその地位についたといった(『習近平――共産中国最弱の帝王』)。彼は本書でもこの論理を貫いた。習統治の過去5年間には、反腐敗闘争のほか見るべきものがなかった。本書を『習近平の悲劇』としたのは、「習の支配下にある中国人民にとって大きな悲劇である」からだという。
矢板氏は文革について多くのページを割いた。
中共中央が民主人権派に対して、文革時代の「反革命」というレッテルを貼るとき、中国はふたたび暗黒時代を迎えるという。いま中国では、現代史を知らない若者はもちろん、経済発展から取り残された労働者・農民も「文革時代はみな平等だった」という神話にひきつけられ、毛沢東を懐かしむ。そして習近平への個人崇拝やメディア統制、政治犯の拘束などを認める風潮がうまれている。
しかも、中共は1981年の歴史決議によって文革を「毛沢東の誤り」としたのだが、今日習近平が毛沢東を持上げているがために、文革を実証的に語ることができない。
めずらしいことに日本共産党の機関紙「赤旗」もこれをとりあげて、「『文化大革命』の項削除か」という記事で、歴史教科書から文革の「誤り」という文言が消えそうだと伝えている(2017・01・16)。
矢板氏は、2012年の習近平登場以来、中国経済は外国からの投資、輸出、国内消費、公共投資のいずれにおいても失速し、同時に地下経済も縮小した。「爆買い」は中産階層の肥大ではなく、景気の悪化を示すものだという。
私も中国経済の低成長は「中進国のわな」にはまりつつある兆しかと疑うが、矢板氏ほどには、中国の実力を低く見ることはできない。なぜなら巨大な国内市場と軍事科学の抜きんでた成長、これを無視できないからだ。
矢板氏は、安倍政権が中国の圧力に屈しなかったことで、中国は対日外交で使えるカードを使いきってしまったという。私は逆に感じる。中国は摩擦を起しながらも、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を軸に、インドを除くアジア各国に外交と経済方面の影響力を強めつつある。安倍政権もこの頃は「一帯一路」に尻尾を振っているではないか。
矢板氏は、トランプ米大統領のツイッターを毎日点検して、トランプがアジア外交にあまり関心がなく、台湾問題を北朝鮮、南シナ海、尖閣諸島などと同様、中国との取引材料にしか見ていないという。習近平政権の今後5年間を考えたとき、危険は朝鮮半島ではなく、台湾海峡に存在する。
習近平は自分に毛沢東や鄧小平に比肩する歴史評価を切望している。挑戦すべき課題は台湾統一のほか残されていない。ところが台湾人の大半は大陸との統一を望まない。いきおい習政権は武力統一に傾斜せざるをえない。いったんことが起れは、日本にとっても尖閣以上の深刻な問題になる。トランプがどうであれ、矢板氏にはいままで以上に台湾に注目してほしい。
かつて柴田穂記者の記事は、産経本社の右翼イデオロギーを超越していた。私は矢板氏に柴田記者のジャーナリスト精神を継承することを心から期待する。
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