これも2020年が目標か? 大学入試改革――民間英語試験の導入について
- 2018年 3月 19日
- 評論・紹介・意見
- 入試小川 洋英語
2020年
観光で来日した外国人と街を歩く機会がある。歴史的建造物がやたらと工事のシートで覆われている。主要鉄道駅でも工事が続いている。そこには「2020年完成予定」と書かれていることが多い。「東京オリンピックに合わせて」と説明する。次の訪問先がまたシートで覆われていると、「ここも2020年完成か?」と、皮肉を言われる始末だ。
なぜか大学入試センター試験も2020年に廃止され、「大学入学共通テスト」に模様替えすることになっている。第2次安倍政権発足後間もなく、センター試験の廃止と新しいテストの導入が提案され、その後、20年度に移行することとされた。技術的な問題も含めて、その実現性に多くの問題が指摘されたにも関わらず、期限が切られたのである。その過程については、本サイトですでに論じた(2017.08.24 安倍政権の危うい大学入試「改革」)ので、ここでは最近の英語試験の動きを取り上げる。
英語に関しては、当面4年間、従来のセンター試験と同様の試験と民間試験を併用し、その後は、民間試験に一本化するとされている。民間試験の利用については、大学側や高校側から反発や批判が相次いでいる。国立大学協会は、両者を課す方針を示したが、その扱い(加点)は、1割未満とする方針だと言われている。その後、東京大学は3月10日、「公正さ・公平さを担保できない」として、民間試験を利用しない方針を明らかにするなど、混乱が続いている。
民間試験
さて、民間試験として候補に挙げられているのは10種類程度といわれる。日本人に親しまれているのは、英語検定試験、Test of English as a Foreign Language (TOEFL)及び、TOEIC(Test of English for International Communication)あたりだろう。文科省は今後、これらのテストについて学習指導要領との整合性などをみて、採否を判断するとしているが、東大の方針にもみられるように、そもそも、高校教育以下の語学教育との整合性がろくに検討されていないにも関わらず、民間試験の導入ありきで話は進められてきた。不思議な話である。
常識的に考えれば、種々の民間英語テストについて、それぞれの目的、性格あるいは実施方法(年回数、料金、得点表示など)などについて検討し、センター試験よりも優れていて、大学入学者選抜に適したものがあるか否かを判断するのが先だろう。教育研究者は、試験の必要条件として、妥当性、公平性、実用性、二次効果、社会的公正の5項目をあげる。現在、候補となっているテストについて検討したい。
いくつかの民間試験
第一に、英語検定試験は日本の英語教育関係者たちが開発し、運用してきたもので、「高卒レベル」という試験も用意されているので、妥当性という点では問題が少ないかもしれない。しかし5級から1級までの7段階(準2級、準1級を含む)の各級の合否を判定する仕組みだから、大学としては選抜資料としてではなく応募資格として扱うしかない。
第二に、TOEFLは、文字通り、英語を母語にしない人が、英語による教育を受けるための能力試験である。アメリカのテスト機関であるEducational Testing Service(ETS)の運営によるものだ。英語圏の大学に進学する際に求められる。これがなぜ日本の大学教育を受ける能力試験になるのか、意味不明であり、妥当性の点でまず不適切というしかない。
筆者もかつて受験したことがあるが、高得点を取るためには、ラテン語由来の学術用語などのボキャブラリーが必要となる。日本語を学ぶ外国人が、日本語の新聞を読むために、一定数の漢字熟語を習得する必要があるのと同様である。英語でも学術的な文献や知識人向けの雑誌などを読むには、日常的な単語だけでは難しい。TOEFLは、おそらくネイティブ話者でも、教育水準の低い者が受験しても高得点はとれないだろう。そのような性格のテストである。
第三に、TOEICに至っては、ビジネス英語能力テストである。日本人がETSに働きかけて開発されたものだとされる。実際に受検者の3割が日本人であるが、非ネイティブ話者が英語を使って仕事をする能力を測ることが目的とされる。企業の採用条件によく使われていることは知られているところだ。
筆者はこれも数年前に受験している。TOEICにも何種類かあるが、45分100問のリスニングと75分100問の読解の2分野からなるテストが一般的だ。リスニングでは、回答欄の絵を見ながら指示にしたがって正解を選ぶ単純なものから、店と顧客との電話のやり取りを聞いてから答えを選ぶような複雑な問題もある。読解では電子メールのやり取りの文を読む問題も多く出される。たしかに日常的に英語で仕事をしていれば、慣れ親しむ世界であるが、それが大学入学の選抜資料として妥当か、考えるまでもないだろう。
何よりも公平性に問題がある。高校までの学習経験の中で、英文メールのやり取りをする機会のある生徒はほとんどいないだろうし、なによりもこのテストの特徴からして、根本的に公平ではありえない。このテストで高得点を取るには「慣れ」が必要だ。おそらくネイティブの英語話者でも、このテストの形式を事前に理解していなければ、好成績をとるのは難しいだろう。試験問題の持ち帰りは禁止されているし、試験準備のためには、主催者であるETSが編集・出版している問題集を購入せざるをえない。一冊3000円程度である。主催者は本番のテストよりも、これらの教材販売で利益を上げているのではないかと思われるほどである。
なによりも時間配分に慣れておかないと、時間切れとなってしまう。120分で200問を解答しなければならないのだ。とくにリスニングでは、解答直後に思い違いに気づいても、修正することはほとんど不可能だ。テスト対策を紹介するウエブサイトにも、さまざまな「コツ」を伝授する情報が溢れている。予備校や塾の提供する模擬テストを何回か経験し、講師のアドバイスを受けておかないと、本番で思うように解答できないはずだ。経済的に余裕のない家庭の生徒にとっては大変に不利になる。
試験の文化摩擦
最後に、ほとんど誰も論じていない重要な問題を指摘したい。TOEFLもTOEICもアメリカのテスト理論によって作成されている。アメリカは、さまざまな文化的背景をもった移民によって急速に形成されてきた社会である。大人数を効率的に選別するために高度に標準化された能力判定のシステム=テストが必要だった。徴兵や大学入学者選考に使える仕組みとして種々のテストが独特の発達を遂げてきたのである。テスト自体が、アメリカの歴史と文化に深く根差している。日本の試験文化とはおよそ異なった特徴をもつ。
例えば、出題される問題の中に採点されない問いが含まれる点である。通常のテストに、採点しない問題を潜り込ませ、その問題が将来的に使えるか否かのデータを集めていると言われる。また実際に出題された問題で、総得点の低い受検者に限って正答率が高く、高得点者が「誤答」する割合が高かった問題は採点されないという話もある。日本人にとって、これらのテストの採点はブラックボックスなのである。潔癖なほど透明性が求められ、些細なミスも社会問題になる国である。そのような試験が大学入試に使われることに、日本人は納得するだろうか。
大学入試に民間英語試験を利用するのは、公正さ、公平性、妥当性などの点から不適当というしかない。さらに、海外の試験を導入すれば、一種の深刻な文化摩擦を引き起こす可能性がある。そこまで文科省や関係者たちは考えて、民間試験の導入を検討しているのか。今からでも遅くはない。ボタンを掛け違えたのであれば、いったんボタンを外すのが早道である。
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