突然の中朝首脳会談は何だったのか ― 双方の孤立が生んだ虚礼と空論の復活
- 2018年 4月 2日
- 時代をみる
- 中国北朝鮮田畑光永
(新・管見中国36)
先月26日、北京の市内に正体不明の大げさな車列が現れ、たちまち世界的なニュースとなった。ほどなくその主は北朝鮮の金正恩労働党委員長と判明したが、それはそれで来月に初の米朝首脳会談が予定されているだけに、今度は習近平・金正恩会談でなにが話し合われるかに世界は固唾をのんだ。
長い編成の特別列車でやってきた金正恩一行は北京に一泊しただけで、翌日午後には帰国の途に就いた。しかし、一般の首脳外交のように共同記者会見もなければ、共同声明もなく、両国のメディアがそれぞれ自国内用の報道を繰り広げただけであった。
それによると、今回の訪問は中国側からの招請に北朝鮮側が応じたもので、両国の伝統的な友好関係を復活させるのが目的であり、習氏の側が「首脳の相互訪問や特使派遣など様々な方法で頻繁に連絡を保ち、交流を積極的に進めたい」と述べたのに対して、金氏も「朝中友情を発展させることは北朝鮮の戦略的選択でいかなる状況でも変わらない」と応じた、という。
注目の「非核化」については、習氏が「われわれは半島の非核化を実現する目標を堅持し、対話と交渉で問題を解決する。中国は半島問題で引き続き建設的な役割を果たす」と述べ、金氏は金日成主席と金正日総書記の遺訓に基づき朝鮮半島の非核化実現に尽力することはわれわれの終始変わらぬ立場だ。南朝鮮(韓国)と米国がわれわれの努力に善意で応えて平和安定の雰囲気を作り、段階的で同時的な措置をとるなら半島の非核化問題は解決できる」と従来の立場を繰り返した、とされている。
このように表面に出ている限りでは、文字通り友好関係の復活が主目的で、米朝会談への対処方針を話し合ったというほどのものではなかったようである。
しかし、それはそれで意味は大きい。北朝鮮の故金正日総書記は死去した2011年の前年にも中國を訪問した。金総書記ははかばかしくない国内の経済情勢を抱えてなにがしかの援助を要請したものと見られているが、それに対する中国側の態度は冷たかった。
とりわけ胡錦濤国家主席は金氏に「お互い同い年で長年政治に携わってきたわけだが、私は10数億の国民に十分食べさせることに心配はない。あなたの方は人口ははるかに少ないのにいまだに食糧問題を解決していない」と、痛いところを指摘し、援助よりも「改革・開放政策」への転換を勧めたといわれる。
これを深く恨みに思った金氏は死ぬ前に後継者の金正恩氏に「日本は百年の敵、中國は千年の敵だ」と遺言した、と伝えられている。
これが事実かどうか、確かめるすべはないが、その後の正恩氏の行動は正日氏の意向に沿っていたことは間違いない。第一に文字通り国境を接する隣邦でありながら、今まで7年も訪問していなかった(もっともほかの国にも行っていないが)。それに見せつけるように習近平主席は2014年7月に韓国を訪問している。
さらに金正恩氏の叔母の夫で後見人と見られていた張成沢氏が中國との関係がよく、正恩氏に代えて金正日氏の長男で、正恩氏の義兄にあたる金正男氏を擁立する計画を中国首脳に伝えたと言われ、それを知った正恩氏は2013年張氏を処刑し、金正男氏を昨年クアラルンプールで毒殺したとされている。
さらに北朝鮮が国運を賭して進めている核・ミサイル開発に対して、中國は米と歩調を合わせて、対北朝鮮制裁に加わっているし、このところ聞かなくなったが、中國各地で北朝鮮が経営する朝鮮料理店の従業員たちが集団で韓国に亡命するのを中国が見て見ぬふりをしていることなど、双方ともに相手に対する憤懣の種は数えきれないほどにあるはずだ。それらにともかく蓋をして、友好の復活を誓い合ったのだから、その意味は大きい。
では、何が両者をして和解に向かわせたのか。
まず北朝鮮について考えると、核やミサイルの実験をつぎつぎと繰り出しているうちは、批判と非難の嵐ではあれ、世界の耳目を引き付けていたが、それが一段落してみると極東の貧困国に逆戻り、誰からも見向きもされなくなった。それでいて国連の制裁決議がじわじわと首を絞め続け、このままでは今秋以降の国の台所事情はお先真っ暗だと言われている。それが今年に入ってからの平昌冬期五輪・パラリンピックへの参加、それを突破口に韓国との関係拡大、米国への首脳会談申し入れと手のひらを返したような八方美人外交の理由であろう。2020年の東京五輪・パラリンピックへもIOCのバッハ会長に対して参加を申し入れたと伝えられた。
一方の中国も、昨年の5月に「一帯一路」計画を派手に打ち出す国際会議を北京で開いたあたりまではよかったのだが、その後、この計画はさっぱり進まないばかりか、世界的に中国の利権取得目的の下心に対する警戒感が広がっている。企業買収にしても買い手が中國となると相手が急に身構えるようになった。その上に米トランプ大統領が中国からの輸入を目の敵にして貿易戦争をしかねまじき権幕で対米輸出削減を迫っている。
北朝鮮にしろ、中国にしろ、事情は天地ほども違うが、周り全部が敵に見えるような状況に陥っている。それが今回、金正日と習近平の背中を押しての北京会談になったと私は見ている。
だからといって、5月に開かれることになっている米朝会談への影響がないとはいえない。今回の北京会談での金正恩の「非核化」についての発言は、自ら言うように金日成、金正日以来の「朝鮮半島の非核化」で、韓国からも核を取り除くことが同時に行われなければならない。米国は核兵器がどこにあるかを明らかにしないから、そうなると米軍の韓国撤退しか韓国の非核化は実現しない。北朝鮮は決して自分だけ核を捨てるような話には乗らないだろう。それではこれまでの活動との整合性がなくなってしまう。
したがって、トランプ・金正恩会談は行われたにしても目に見える成果が表れると判断する材料はない。中国との関係を悪いままにしていると北朝鮮はアジアの孤児になる。
中國にしても、目を背け合うような関係では、北朝鮮の肩は持ちにくい。しかし、韓国から米軍がいなくなることには中國はもとより賛成のはずだから、関係がよくなれば北朝鮮とともに「朝鮮半島の非核化」の旗を振るだろう。その意味で今度の北京会談がトランプにどう響くかは注目に値する。金正恩にとっては初めての外交らしい外交であったが、それなりに見ごたえのある一手だったと言えるのではないか。(180331)
(なお、前回3月26日に掲載した一文のサブタイトルが「新・中国管見35」となっていましたが、筆者の勘違いで「新・管見中国35」が本来のサブタイトルでした)
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