キューバ再訪記 - 社会主義最後の「改革・開放」はどこまで?(下) -
- 2018年 4月 12日
- 評論・紹介・意見
- キューバ田畑光永
カストロと毛沢東
前2回、ここ数年のキューバの「変化」を概観してきたが、私の印象ではその変化は予想ほど速くない。そのおかげというべきか、キューバ社会主義の生命線ともいえる医療制度も、一部に医師の転職といった現象が見られるにせよ、今のところ根幹はゆらいでいないようである。
もっとも、速い、遅いといったところで、勿論、客観的な基準があるわけではない。たまたま私がそばで観察することが出来た1970年代末からの中国の変化と比べての印象にすぎない。巨大な大陸国家と人口ではその100分の1以下の島国では人々のものの感じ方、動き方が違っても不思議はない。大国の方が動きが速く、島国のそれが遅いというのは予想外ではあったが。
しかし、両者を比べている中で、私にとって大きな発見があった。発見といってもこれまで不勉強で知らなかっただけのことなのだが、カストロのある発言に驚かされたのである。
それは旅の予習として読んだ後藤政子著『キューバ現代史』(明石書店・2016年)にある、2005年11月にカストロが母校のハバナ大学に招かれて行った講演である。驚いた部分を同書から引用する―
このときカストロは学生に対し、「革命は崩壊するか」と質問を投げかけた。「ノー!」という会場からの叫び声に対し、「革命は崩壊するかもしれない。破壊するのは彼らではない。われわれ自身だ」と答え、「もはやこれまでのような体制は維持できなくなった。21世紀に相応しい、まったく新しい社会主義とは何か、若い諸君は知力を尽くして考えてほしい」と訴えた。(231頁)
ここで「破壊するのは彼らではない」の「彼ら」は長年、敵対関係にある「米帝国主義」を指す。帝国主義に倒されなくて、革命を破壊するのは「われわれ自身」だと言ったのだ。
なぜか―
「われわれの最大の誤りは『社会主義とは何かを知っている』、『社会主義社会の建設の仕方を知っている』と考えたことだ。マルクスの理論もレーニンの理論も、それぞれの時代の条件の下で成立したものであり、普遍化できない。・・・
われわれは、いま、ようやく社会主義建設のあり方について明確な考えをもてるようになった。・・・一人でやっていかなければならない。誰かが助けてくれると思ったら間違いだ。自分の責任でやらなければならない。
だが、革命は崩壊するかもしれない。破壊するのは彼らではない。われわれ自身だ」
そして、こう続ける―
「労働意欲は低下し、腐敗がはびこっている。管理者ぐるみで企業から横流しされる物資。それを公然と売る闇市場。盗品を食材に使い儲けるレストラン。国の補助金で手に入れた住宅を他人に高く売る市民・・・」(234頁)
著者によれば、この当時、カストロは「病に陥り、2006年7月に国家評議会議長と共産党第一書記の職務を(実弟の)ラウル・カストロ国防相に移譲する8か月前のこと」であったという。カストロは晩年にいたって、社会主義について「知らない」ことに気づき、しかも助けになる仲間もいないことを悟り、「われわれ自身が革命を破壊する」可能性にまで思いつめた。
これを読んで、1950年代末、大躍進から人民公社化運動の音頭をとり、挙句、国を大飢饉に追い込んだ毛沢東の述懐を思い起こした。
「社会主義建設について、われわれにはまだ大きな盲目性がある。われわれには社会主義経済はいまだ多くが認識されない必然の王国である。私自身、経済建設における多くの問題が分からない。工業も商業もよく分からない。農業は多少分かるが、比較的分かるというだけで、知っていることは多くない。その農業にしても土壌学、植物学、作物栽培学、農業化学、農業機械などなどを知らなければならない。また農業内部の各分業部門、例えば食糧、棉、油、麻、糸、茶、糖、野菜、煙草、果樹、薬草、雑などがあり、さらに牧畜もあれば、林業もある」(『毛沢東 鄧小平 論中国国情』中共中央党校出版社・1992年・459頁)
これは1962年1月、毛沢東の「中央工作会議における講話」として知られる講演の一節である。50年代末に展開された大躍進から人民公社化運動が「3年続きの自然災害」とされる農業不振を招き、2000万人ともそれ以上とも推定される餓死者を出したことを受けて、毛沢東が自己批判したと言われるくだりである。
カストロも毛沢東も武力闘争において傑出した指導力を発揮して、革命を成功させ、新国家を指導する地位についた。おそらく2人とも、命を的の武力闘争に比べれば、弾丸の飛んでこない状況の中での、そしてそれまで民百姓を搾取していた支配階級がいなくなった後の建設は容易に進むと考えたであろう。
しかし、実際はそうではなかった。毛沢東は自然についての自らの知識の乏しさを嘆き、カストロは武装闘争で自分を支持してくれた民衆の日常に戻った後の度し難さを嘆いている。共通するのは社会主義が分からなかったということである。結局、これが地上から社会主義が姿を消す共通の理由であろう。
社会主義を経験した後の国柄はそれぞれである。選挙で政権を選び、市場に経済を委ねた国もあれば、社会主義の看板を残して「プロレタリア独裁」のテーゼを掲げて独裁体制を続ける国もある。キューバがこの後、どんなコースを歩むのか、予測はつかない。
キューバでは来る4月18日の人民権力全国議会において、ラウル・カストロ国家評議会議長が引退し、新しい指導者が選出されることになっている。今のところ後任の有力候補者としてミゲル・ディアス=カネル・ベルムーデスという名前が挙がっている。同氏は1960年の生まれで57歳。「キューバ革命未体験世代」の筆頭格と言われ、2013年から集団指導機関である国家評議会と行政府である閣僚評議会の両方の第一副議長を務めている。
同氏が選ばれるかどうかはともかく、キューバもいよいよ名実ともにポスト・カストロの時代に入る。世界に多くのキューバ信者を生んだ優れた医療制度を含め、キューバ社会主義がどういう変容を遂げるかは新世代の手に委ねられる。(完)
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