じわじわと緊張高まる台湾海峡――問題の根は深い、米中はどこまで本気か(下)
- 2018年 5月 3日
- 時代をみる
- アメリカ中国台湾田畑光永
新・中国管見(38)
習近平時代の大陸と台湾の関係は、2016年に独立志向の強い民進党の蔡英文総統が就任してから日を追って険悪化してきた。前の国民党政権時代には2015年秋に馬英九総統をシンガポールに呼び出して、習近平は世界中から集まったカメラの前で長い長い握手をして見せることに成功した。ちょうど4月27日に板門店で起きたことのように。
その成果がその後の台湾の総統選挙で国民党が敗れたために無に帰してしまった。習近平にすれば歯噛みするほどに口惜しいことだったであろう。それからはWHO(世界保健機関)といった実務的な国際組織からまでも台湾の代表を追い出すことに血道をあげたり、また第三国で台湾の人間が罪を犯したような場合、その国に圧力を加えて中国に送還させたりと、はたから見ればいかにも大人げない態度で台湾にいやがらせを続けている。
習近平のいら立ち
なんでそこまでやるか。中国の伝統的な考え方によれば、皇帝はその徳が天に認められることによって、天に代わって「天下」を統治する資格を得るのであり、その徳がどこまで広く慕われるかが権力の強さ、安定に直結している。民衆が皇帝の徳を見放した時に天は皇帝を交代させる。それが革命である。
習近平は皇帝ではないが、皇帝気取りであることは最近の言動で明らかであり、彼が古い皇帝観の持ち主であることは、3月末に北朝鮮の金正恩が中国を訪問した時の彼自身の満足そうな顔にはっきりと表れていた。あれは長年、服従を肯んじなかった小国がようやく朝貢したのを迎える皇帝の顔であった。
この観点から見れば、国内に不服従勢力を抱えることは、皇帝にとってはなはだ不面目であり、自分の権威を傷つけるものである。台湾ばかりでなく、ウイグル族やチベット族に対するきびしい監視やしめ付けはそのためである。ウイグルやチベットはもともと中国ではないではないかと言っても無意味である。とにかくいったん中国に入ったものを手放すのはそれだけ徳が失われ、それだけ政権の寿命を縮めると考えるからである。
この考え方は昔から変わらないが、政権の強さによって現れ方はちがう。1972年の日中国交回復の時、日本は台湾の中華民国との外交関係を切って、中国と国交を結んだのであるが、当時の毛沢東、周恩来は国交断絶後の日本と台湾の関係を心配し、実務的関係に支障がないようにすることを日本に望んだのであった。彼らには自己の統治に自信があった。
習近平は違う。先日の本欄でも書いたが、習近平は3月の全人代での国家主席選挙に際して3000近い投票数に1票の反対も許さなかった。これは強さではなく、逆に自信のなさの表れである。だから習近平は台湾の現政権にいらだっている。と同時に、もし台湾を大陸の政権の下に入れることができれば、彼は文字通り天下を統一した皇帝になれる、と信じている。これが現状の危険の根源である。
武力を誇示する危険
中国が最近まで、長年せっせと2桁パーセントで国防費を増やし武力を増強してきた結果、世界の、特にアジアの軍事バランスは大きく変わった。中国は軍備増強の理由として国土の広さや国境線の長さを挙げると同時に、それでも人口比やGNP比ではそれほど大きな軍事費ではないと言い続けてきた。
しかし、ここへきて習近平政権は頼山陽の「川中島」ではないが、「遺恨十年、一剣を磨いた」軍事力にいよいよものを言わせる時期到来と判断したかのようである。
さる4月10日、海南省(海南島)の博鰲(ボーアオ)でスイスのダボス会議のアジア版「ボーアオ・フォーラム」が開かれ、習近平は開会演説をおこなったが、それにはこんなくだりがあった。
「現在の世界では平和・協力の潮流が滾々と前へ進んでいる。…冷戦思想、ゼロサムゲームはますます古びたものとなり、傲慢自尊、独善主義はいたるところで壁にぶつかっている」
そして翌日、習近平は迷彩服に身を包んで南シナ海に浮かぶ軍艦の上にいた。中国海軍が5日から11日まで海南島の東側沖を航行禁止として大規模な演習を繰り広げていたのである。
空母「遼寧」を中心とする空母打撃作戦群など参加艦艇48隻、参加航空機76機、参加将兵10000人。中国海軍始まって以来の大規模演習である。軍艦「長沙」の甲板から閲兵した習近平は「強大な海軍を建設することは中華民族の偉大な復興を実現するための重要な保障である」と声を張り上げた。
中国海軍のデモンストレーションはそれだけではなかった。18日には予告付きで福建省沖の台湾海峡で実弾演習を行い、さらに20日には与那国島の南約350キロの太平洋上で空母「遼寧」から戦闘機が発着するのを日本の護衛艦が確認している。
さらに海ばかりでなく、中国空軍も台湾周辺での動きを活発化させている。4月18日から20日まで3日連続で爆撃機が台湾をめぐる形で飛行、26日にはH6爆撃機など4機が宮古海峡を抜けて台湾東側を南下、バシー海峡から中国に戻る飛行をしている。
台湾側も同18日には蔡英文も参加して海上訓練をおこなったが物量では大陸に対抗すべくもない。
一連の実力誇示行動について、中国当局は今やそれが台湾の独立への動きを阻止する目的であることを公言するように なったし、「平和統一がだめなら、ほかの手段に訴えることは当然だ」とか、「台湾解放作戦のシミュレーションでは、開戦後100時間以内、つまり米軍の来援が到着する前に作戦は終わることがわかった」といった言論が飛び交っている。
米の立ち位置に変化?
こうして圧倒的な中国の軍事力による脅しにさらされている台湾ではあるが、一方では彼らを勇気づける動きもある。
ほかでもない米国が3月に「米台双方の政府当局者は自由に相手を訪問することができる」という「台湾旅行法」を成立させたのだ。勿論、当局者同士が会談することも自由である。となると、今後は中国と台湾の当局者が米国務省や米国防総省で鉢合わせをすることもありうるわけで、「中国を代表する唯一合法政府」を錦の御旗とする中国政府にとってはメンツの丸つぶれ、我慢のならない米のやり口であろう。
中国政府は勿論、激しく抗議したが、とにかく法律は成立してしまった。この法律の推進者は最近、安全保障担当の大統領補佐官に就任した、かねて対中強硬派で知られるボルトン元国連大使であるといわれており、こういう人物が台湾を自ら訪問するとでもなったら、それだけで緊張が大きく高まることは必至だ。
まだある。台湾は保有する古い4隻の潜水艦に代わる潜水艦を自力開発すべく努力中であるが、装備や技術の入手がむつかしく、計画はさっぱり進んでいないとされてきた。そこへ4月7日、米政府は米企業がこの問題で台湾側と接触することを許可したと、台湾国防部が発表したのである。これまた中国の顔に泥をぬる仕打ちである。
こう見てくると、「中華の復興」を掲げ、皇帝としての功を焦る習近平と、その中国に№1大国の地位を追われそうな米国を「ふたたび偉大にする」と公約して大統領になったトランプ、この2人の置かれた状況こそが現今世界の危険の集約点ではないかという気がしてくる。
しかもその戦線はたんに軍事面だけでなく、IoT時代を控えた半導体をめぐる競争、EV(電気自動車)や新エネルギー車をめぐる先行争いと幅広い。双方のどこが命綱でどこまで争うのか、まだ見当がつかない。しかし、少なくとも太平洋の両岸が危険地帯となった覚悟だけは必要だろう。
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