イタチの最後っ屁
- 2018年 5月 5日
- 評論・紹介・意見
- 熊王信之
現在、この国では、改憲が政治課題になっている、らしいです。
らしい、と言うのは、市井の課題ではないから、であり、例えば私事ですが、私の周囲では、改憲等は話題にもなることが無いのです。
報道、それも右派の新聞等では、改憲が大きな見出しになっているらしい、です。 反対派が街頭で宣伝活動をされているのも見かけたことがあります。 でも、通行人が関心を示すことはありませんでした。
客観的に、改憲が必要な緊急の課題でもあるのでしょうか。
そもそも現政権が改憲志向なのは衆目の一致する処であり、国民世論次第では、改憲の発議に必須の手続着手をするでしょうが、これだけ安倍政権への異議申し立てが相次いで出される現況では、肝心要の国民投票で否決される恐れがあるでしょう。
例えば、地方の住民投票ですが、大阪都構想の実現に向けての大阪市の住民投票では、維新の思惑は雲散霧消しました。 大阪市の解体を住民が拒否した訳でした。 白昼夢を現実にしようとする試みはありましたが、同じ住民投票を何度行っても無駄と悟ったのか、再度の住民投票の実施は、延期されるようです。 勿論、大阪都構想は、維新の存在意義そのものなので、再び日程に上るでしょうが、目下は無理でしょう。
国政の場合も同様で、改憲がいくら安倍政権のレーゾン・デートゥルであると言っても、実現性の無いことを試みるのは無駄と言えましょう。
ただし、現下の状況で、己の支持基盤向けに結束を固め、見捨てられる状況に追い遣られる危険を脱しようとする企図は分かります。
そもそも、およそ安倍政権の企図のとおりに、安全保障法体制を整えることが出来たのは事実でしょう。 その現状で、あえて憲法第9条に自衛隊の存在を加えることが何故必要なのか、と問わねばなりません。
安倍首相曰く、自衛隊が違憲と言う学者が居るから、と。 呆れて物が言えません。
大学の法学部の初級講義で学ぶ者でも理解出来ることですが、そもそも法令には、解釈がつきもので、解釈の必要の無い法令を作るのは、相当無理をしなくては出来ません。 法令用語の一々につき肝心の法令中に定義を入れるものもありますが、あらゆる法令を解釈無用とするのは不可能なのです。 憲法は、その代表例です。
では現行憲法第九条の解釈で、多くの学者が自衛隊は違憲、と主張されている事実を改憲の理由とすることは首肯出来ることか、と言えば、前述のとおりに出来ません。
少し詳しく観れば、まず、裁判所、それも最高裁判例では、自衛隊の存在につき裁判所が判断することは出来ない、とあります。 高度に政治的判断を要することは、いくら違憲立法審査権を持つ裁判所でも出来ない、と言う訳です。
従って、国民に選ばれた議会で出来た法令に基づき存在する自衛隊は、すくなとも合法と言う訳ですし、違憲と裁判所が判断された訳でも無いのですから、安倍政権は、合憲と主張可能なのです。
勿論のことに、九条には諸種の解釈が存在しますので、自衛隊の存在は違憲との主張も可能ですし、此方の解釈の方が有力です。 また、憲法制定の議会では、政府解釈として、例え自衛のためでも「陸海空軍その他の戦力」は有しない、とのことでしたので、自衛隊は、違憲の存在になるのでしたが、その後、この解釈そのものが「変遷」したのでした。
従って、安倍政権は、国民の声を封殺することが狙いなのでしょう。 では、改憲のために議会で発議を行う手続に着手する合理性があるのか、と問えば、前述のとおりにこの時期に手続に着手する合理性は無いものと思われます。
敢えて改憲を掲げるのは、支持者にとっての錦の御旗を振るものであり、撒き餌。 そして批判者にとっては、例えは悪いのですが、イタチの最後っ屁でしょうか。
その昔、極少数説ですが、憲法改正は、歴史の進歩に向けるものに限り認められる、と説かれた憲法学者が居られました。 京都学派の田畑忍です。
憲法学者の中では、この説は賛同者が少数でしたが、憲法の改正に限界がある、との主張には大いに賛同出来るものです。 例えば、立憲民主主義に基づく憲法を君主制に改正出来るのか否か、と言う訳です。 私の考えでは、出来ない、となります。 一定の原理に基づく憲法を、当該一定の原理を蹂躙し無限の改正が可能とするのは、如何にも無理があるからです。 その意味では、田畑説には同意出来る意義があると思われます。
憲法も人権に関わることですが、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(第97条前段)と田畑説が説く「歴史の進歩」を認めて明文にしています。 その意味では、自民党が掲げる憲法改正案は、「歴史の進歩」に逆行するものであり、到底、憲法改正案と呼べるものではありません。
従って、憲法第九条についても、日本国憲法の平和主義を蹂躙し、第九条に憲法が認めることの無い戦力を定めることは改正の限界を超え、出来ず、無効であると言わねばなりません。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7611:180505〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。