朝鮮半島の非核化をどう実現するか - 米朝首脳会談に期待高まる -
- 2018年 5月 7日
- 時代をみる
- 伊藤力司北朝鮮韓国
世の中の出来事を何でも賭け事の対象にするロンドンの賭け屋では、ことしのノーベル平和賞がトランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)・北朝鮮国務委員長に決まるという賭けが話題になっているとか。4月27日に板門店で行われた文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領と金正恩委員長のトップ会談が成功したので、賭け率は大幅に低下しただろう。
この南北首脳会談の内容を明らかにした共同発表で、両首脳は「完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現することがわれわれの共同の目標であることを確認した」と述べた。
金委員長が「完全な非核化」に同意したことが、この首脳会談のキモである。だがどのように非核化するかについては、一切触れられていない。
どのように、いつまでに非核化するか、という問題は、6月初旬までに開かれる予定の米朝首脳会談に先送りされている。トランプ大統領によって国務長官に任命されたポンペオ前中央情報局(CIA)長官は、3月末から4月1日にかけてピョンヤンを極秘訪問、金委員長らと米朝首脳会談について打ち合わせをしてきた。
ポンペオ氏から報告を受けたトランプ大統領は最近、金委員長のことを「率直でとても立派な人物(frank,very hounarable person)」と褒めたたえた。つい昨年までは「ちびのロケットマン」とからかっていたのに。金委員長も昨年までは、トランプ大統領を「頭のイカレタ老いぼれ」と罵倒していたのだったが…。
朝鮮半島情勢は本年1月1日、金正恩委員長がTV演説した「新年の辞」で大きく転換した。2018年春に韓国・平昌で冬季オリンピックとパラリンピックが開かれること、9月に朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)が建国70周年を迎える「記念の年」であることを踏まえて、北朝鮮が平昌オリンピックに選手団を派遣することを明らかにした。
昨年まで核実験や中・長距離弾道ミサイル実験を重ねて世界中から異端視されていた北朝鮮だったが、2018年は新しい様相を見せようとしているのか。汚職容疑で失脚した朴槿恵(パク・クネ)大統領の後を受けて昨年5月政権の座に就いた韓国の文在寅大統領はもともと南北共存路線の人である。
文大統領は金委員長の新年メッセージを直ちに汲み取り、韓国の女子アイスホッケーのチーム編成を南北合同選手団に編成するよう働きかけるという“政治介入”まで行って、南北統一選手団の編成を強行した。冬季オリンピックの開会式には、北朝鮮の序列ナンバー2の金永南(キム・ヨンナム)・最高人民会議委員長と金正恩氏の実妹金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長が出席した。
この開会式には、アメリカもペンス副大統領とトランプ大統領の娘のイヴァンカさんを派遣するなど気を使ったようだ。しかしこの段階では、オリンピックという機会を利用しての米朝接触はなかった。
ともあれ北朝鮮による和平攻勢はその後も続き、3月初め訪朝した韓国の鄭義溶・大統領府国家安保室長は3月8日ワシントンを訪れ、金正恩委員長がトランプ大統領との首脳会談を望んでいることを伝えた。トランプ大統領は即決で金委員長との首脳会談を行うことに同意、この時点では5月中に米朝首脳会談が開かれるとトランプ氏が発表した。
金正恩委員長はさらに3月9日、長距離列車を連ねてピョンヤンから北京を訪問、中国の習近平・国家主席と米朝交渉について報告し、朝鮮半島の核問題について議論した。父親の金正日総書記が死亡した2011年12月以来、6年4カ月にわたって疎遠だった中国との関係を復活させる必要を感じたためであろう。
中国の『上御一人』となった習近平・国家主席は、夫人同伴で北京に来た金正恩氏を自らも夫人ともどもで歓迎し、中国が以前と変わらず北朝鮮の後ろ盾であることを保証した。これで金正恩氏としては、後顧の怖れなく米国との交渉に当たれるわけだ。
中国のバックアップを得た北朝鮮は4月20日、朝鮮労働党中央委員会総会の場で核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を中止すると発表した。これは明らかに米国向けのアピールである。また「核実験中止を保証するため」として北部咸鏡北道豊渓里の核実験場を廃棄することを決定した。
金委員長はこの中央委総会で「国家核戦力建設という歴史的大業を5年足らずの短期間で完璧に完成させた」と指摘、2013年に決めた核開発と経済建設を同時に進める「併進路線」の「偉大な勝利」と強調した。その上で「核の兵器化が完結された以上、いかなる核実験、中距離弾道ミサイル、ICBMの発射実験も必要なくなり、核実験場も使命を終えた」と結論づけた。
しかし金委員長は、日米はじめ世界が求める核の放棄には一切触れず「わが国への核の脅しや挑発がない限り、核兵器は使わない」とだけ表明した。米国による北朝鮮の体制保障が得られるまでは、核を手放さない方針を確認したわけだ。言うならば、来るべき米朝首脳会談でトランプ大統領が“金王朝”の存続を保証してくれるかどうか、である。
北朝鮮はこれまでに2回核廃棄を国際公約したが2回とも約束を破った前歴がある。1994年10月にアメリカと調印した「枠組み合意」と、2005年9月に日韓朝米中露の6か国が北京で調印した共同声明である。いずれも北朝鮮の完全核放棄と国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れの公約を盛り込んでいたが、北朝鮮はこれらの公約を守らず核開発を続けてきた。
トランプ大統領は米朝首脳会談を準備するための事務折衝が順調に進んでいることを示唆して、首脳会談について楽観的な見通しを語っている。トランプ大統領は今度こそ、約束破りをさせない形で北朝鮮に完全な非核化を実行させる方式を実現できるだろうか。
「朝鮮半島の非核化」と言えば、米国が韓国に保証している「核の傘」の問題をどう処理するか、という問題もある。1953年の朝鮮休戦協定は「全外国軍の撤退」を規定していたが、米軍は休戦協定に調印しなかった韓国政府の要請を受けたとして、その後64年余り駐留を続けてきた。先日の文在寅・金正恩首脳会談で南北共存の展望が明るくなった現在、米朝首脳会談で在韓米軍の問題がどう扱われるかが見逃せない焦点だ。
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