駆け引きはトランプが一枚上手(うわて) - シンガポール米朝首脳会談実現へ -
- 2018年 5月 31日
- 時代をみる
- 伊藤力司米朝会談
トランプ米大統領は5月24日(米東部標準時)、6月12日にシンガポールで開催される予定の米朝首脳会談をキャンセルするとの金正恩朝鮮国務委員長あての書簡を公表した。世界中の新聞はこれをトップニュースで伝えたが、その後米朝両国から発せられるニュースは、米朝首脳会談が予定通りシンガポールで開かれそうだという見通しを色濃くしている。
トランプ大統領はホワイトハウスで5月24日、米朝首脳会談中止を決断したのは北朝鮮の敵対的な言動を受けたものだと強調し、北朝鮮に姿勢を改めるよう要求した。これに対し北朝鮮の金桂冠第1外務次官は翌25日、トランプ大統領が米朝会談中止を通告したことに遺憾の意を表明「われわれはいつでもどのような方式でも向かい合って問題を解決する用意がある」と再考を促す談話を発表した。
首脳会談中止を告げたトランプ書簡には、今回はキャンセルするが遠からず米朝首脳会談を開きたいとの言葉が盛り込んであった。こうしたやりとりを見聞すると、米朝双方が早急な首脳会談を望んでいることが明白だ。おそらく近日中に、米朝首脳会談(シンガポール)の予定が発表されるだろう。
この1週間のいきさつを振り返ってみると、アメリカの外交タクティクスが北朝鮮を上回っていたことが明らかだ。トランプ大統領は2017年1月の就任以来、世界環境保護のパリ協定やアジア太平洋経済協力のTPP条約からの米国離脱を実行、“外交白痴”とまで酷評されてきた。しかし今回の北朝鮮との対応では、一方的に会談中止宣言で北朝鮮を脅かし、北朝鮮に会談再開を依願する形をとらせた点で、外交的に勝利したと言えよう。
トランプ大統領は大統領就任まで外交交渉とは縁のない人生を送ってきた。しかし不動産ビジネスの本場ニューヨークで、取引の修羅場をくぐってきたビジネスマンだ。その経歴から生まれた相場観から、この段階では金正恩に「会談中止」という“爆弾”を投げてみよう、と投げてみた。そして“爆弾”は見事に相手に当たったのではあるまいか。
これまで明らかになったところでは、5月29日までに米国務省とホワイトハウスのスタッフ30人ほどがシンガポールに到着して、北朝鮮側とスタッフと首脳会談を開くための事務折衝を進めている。一方、板門店では北朝鮮の核問題に明るいソン・キム駐比米大使が率いる米代表団が、崔善姫外務次官らの北朝鮮代表団と会談している。その内容は当然、北朝鮮の核兵器廃止のプロセスであろう。
さらに北朝鮮では金正恩委員長に次ぐ金英哲朝鮮労働党副委員長が29日にニューヨーク入りし、ポンペオ米国務長官と会談している。これらの会談で話し合われている焦点は、北朝鮮の核兵器を完全に破棄することだが、米側はCVID、Complete(完全な)、Verifiable(検証可能な)、Irreversible(不可逆的)、Denuclearization(非核化)を要求している。
移転、核技術者の国外移住などの厳しい条件を突き付けている。北朝鮮としては核弾頭の国外移転はともかく、核技術者の国外移住などの条件を甘んじて呑むか呑まないか、厳しい判断を迫られているようだ。
また北朝鮮としては、最大のポイントである“金王朝”の体制保証をアメリカから取り付けることである。それなのに、新任のボルトン米大統領補佐官が北朝鮮の核廃棄を「リビア方式」で実現すべきだと発言したことで、北朝鮮が強く反発した。
リビア方式とはリビアが米国の説得によって核放棄を実行したのに、後年米国などが支援した反政府分子の反乱でリビアのカダフィ政権が倒された事件を指す。トランプ大統領がリビア方式を支持したかどうかはともかく、ボルトン発言が北朝鮮を刺激したことは言うまでもない。
2018年元日に発表された「新年の辞」で金正恩委員長は、昨年までの対決姿勢から協調姿勢に転換した。平昌冬季オリンピックへの北朝鮮の参加を皮切りに韓国との雪解けをきっかけに、対米外交の展開にまで踏み切った。トランプ大統領が米朝首脳会談をOKしたことにより、金正恩の威信は一挙に高まった。
だが朝鮮半島をめぐる問題点は複雑だ。朝鮮戦争(1950~53)は65年にわたって休戦状態にあるが、和平協定は締結されていない。そのため国連軍の名目で米軍が韓国に駐留し続けている。北朝鮮からしてみると、在韓米軍がいつ金王朝を倒すために北朝鮮に進軍してくるかわかったものではないとする恐怖感は抜けきれていない。
朝鮮戦争の休戦協定が調印された当時、トランプ大統領は4歳の幼児だったし、金正恩氏は生まれていない。この65年間、国連軍の名目で韓国に駐留し続けた米軍の存在がポイントだ。つまり在韓米軍の存在は韓国に対するアメリカの「核の傘」を保証する存在なのだ。
朝鮮半島の非核化とは、北朝鮮の非核化と同時に韓国に対する米軍の「核の傘」の問題をはらんでいるのだ。
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