ギリシャよりドイツの方が貧しい?
- 2018年 6月 7日
- 評論・紹介・意見
- ビジネス傭兵藤澤 豊
Webであちこちの新聞を漁っていたら、まさかと驚くタイトルの記事がでてきた。「Are Germans really poorer than Spaniards, Italians and Greeks?」と題したニュースで、直訳すれば、「スペイン人やイタリア人、ギリシャ人よりドイツ人方が貧しいのか?」になる。urlは下記の通り。
https://voxeu.org/article/are-germans-really-poorer-spaniards-italians-and-greeks<br><br>
VOXは初耳だし、どこまで信頼していいのか気になって、「VOX news credibility」と入力してググってみた。どうやら左翼系のニュース解説サイトで、トランプやその周りのようにFakeニュースを撒き散らしているサイトではなさそうだ。記事を読んでいくと、欧州中央銀行が発表したデータをもとに、EU全体を鳥瞰した資産の活用を提言しているのがわかる。
2013年4月16日付けのニュースだから、すでにご存知の方も多いだろうし、いまさら何をと言われそうな気がしないではない。そうは思いながらも、タイトルが今まで思ってきたことと違いすぎて、そのまま素通りする気になれない。
「あれ、本当かよ?」というタイトルが気になって読んでいって、「やっぱり、そうだよな」という結論がでてきてほっとした。ほっとしただけならいいのだが、そこには、(おろらく)普通の日本人には、「本当かよ、そりゃないだろう、また騙されていた」というデータがあった。
四十も半ばを過ぎてドイツの会社で働くまでは、ドイツの科学技術には畏敬の念が、社会民主主義には憧れすらあった。それは父親の影響を受けたもので、子供のころからいつかはドイツのようにとぼんやりにしても思っていた。
ドイツの会社では、上意下達の文化の下で矮小化したジャーマンシェパードの役どころだった。ドイツ人の同僚も上手い下手はあっても、似たような役どころに疑問を持つこともなく、トヨタ方式をかたちだけ真似た経営の尻拭いに明け暮れていた。富士山のように遠目に見てればよかったものを、近づきすぎたのだろう。ぼんやりともっていた憧憬の念が雲散霧消した。
距離をあけておけば余計なものの見えない夜景のようなもので、なにがあったところで遠い向こうの話でしかなかったのが、もうかなり整理もすんで、いまさらドイツに何を見るとも思えなくなっていた。それが思わぬ記事を見つけてしまった。「騙されていた」というデータ、勉強不足で知らなかっただけかもしれないが、ドイツの社会民主主義を高く評価してきた、している人たち、このデータとどう向き合うのか、そっちの方が気になる。
ここでちょっと情けないお断りをしておかなければならない。大きな読み間違いはないと思うが、経済学(もと言った方がいいが)の知識が半端で、記事を読みきれていない可能性がある。できればサイトにアクセスして記事を一読していただきたい。その価値はある記事だと思う。
ECB(European Central Bank:欧州中央銀行)が公表したEU各国の「中央値世帯資産」(median household wealth)をみると、EU内でドイツがもっとも貧しい。記事にあるグラフをみれば分かりやすいが、「中央値世帯資産」でもっとも豊かなのはベルギーで二十万ユーロを超えている。スペインが約十八万ユーロ、イタリアが十七万ユーロで続いて、フランスが十二万ユーロ、ポルトガルでさえもというと失礼だが、七万ユーロ以上あるのに、ドイツは五万ユーロしかない。ベルギーやスペイン、イタリアはドイツの三倍から四倍、ギリシャにしてもドイツの二倍はある。
それにしても、今まで持っていたドイツに対するイメージとはあまりに違いすぎる。そんなに貧しいのだったら、なぜ難民の多くがドイツを目指しているのか。つじつまが合わない。
ECBの報告は、「中央値世帯資産」(median household wealth)だけでなく、「平均世帯資産」(mean household wealth)も公表している。富の分配の公平さの指標として重要な数値であるにもかかわらず、 こちらは巷の常識というのか、みんなが思っていることと似たようなもので、メディアの関心を引かない。
「平均世帯資産」を見ると、ドイツは平均をちょっと下回るぐらいで、「中央値世帯資産」のように最下位というわけではない。ここでも、トップはベルギーで三十四万ユーロ、スペインが二十八万ユーロ、イタリアが二十七万ユーロで続いている。ドイツは二十万ユーロ弱でオランダが十七万ユーロ、ポルトガルとギリシャは十五万ユーロ辺りにいる。
「中央値世帯資産」(median household wealth)と「平均世帯資産」(mean household wealth)を比較すると、各国における富の分配状態が見えてくる。両者の差が大きければ大きいほど、富の分配が不均衡ということになる。驚くことに両者の違いはドイツが一番大きい。
「中央値世帯資産」に対する「平均世帯資産」の比率をみると、ドイツでは「平均世帯資産」が「中央値世帯資産」の四倍近くある。他の多くの国では一・五から二の間に過ぎない。ここからドイツでは他の国々に比べて世帯資産が富裕層に集中していることが分かる。ドイツでは世帯資産の多くを上位の社会層(富裕層)が所有している。
世帯でみた資産の分配の不均衡は、上位二十%の富裕層の資産と下位二十%の社会層が保有する資産を比べるとさらにはっきりする。ドイツの上位二十%の富裕層が保有する資産は下位二十%の社会層が保有する資産の七十四倍もある。この視点でみると、ドイツはUE内でもっとも富の分配の不均衡な国になる。
保有資産の世帯層間の格差は問題だが、世帯の視点から一歩引いて国レベルでみてみれば、資産の多くが国家や企業によって保有されていて、世帯が保有しているのは少ない。国民一人当たりの総資産で比べれば、北方のEU諸国のほうが豊かで南欧諸国は貧しい。ドイツはこの点ではEU諸国のなかでオランダに続いて二番目に豊かな国で十四万ユーロ、ギリシャは六万ユーロ、ポルトガルにいたっては四万ユーロしかない。
欧州中央銀行のヨーロッパの各国の世帯の資産データの都合のいいところを取り出して、貧しいドイツ人が豊かな南ヨーロッパの人たちを経済支援すべきではないという主張のうらづけとする人たちがいる。確かに「中央値世帯資産」をみれば、ドイツは南ヨーロッパの国々より貧しい。しかし、それはドイツは国としては豊かだが、豊かさが平等に分配されていないということを示しているにすぎない。ところが平等いかんには目もくれずに「中央値世帯資産」を強調することに腐心する社会集団がいる。<br>
データをくまなく見ていけば、ドイツは貧しいから南欧諸国に支援するのはおかしいのではなく、支援すべき豊かな国だということになる。
ドイツが貧しい国をいうタイトルにびっくりしたが、今まで思っていたとおりドイツは豊かな国だということでほっとした。ほっとはしたが、国としての豊かさとは裏腹に富の分配ということでは、EUのなかでもっとも不平等な国だというのは知らなかった。伝え聞いてきた「ドイツは社会民主主義の国で……」を思うと、なんかだまされてきたような気さえする。
都合のいいデータを持ち出して都合のいい話、べつに「ドイツの社会民主主義」に限ったことでもなし、いつでもどこにでもある。ただ、だまされていたというのが、ドイツにではなく日本の誰かや社会集団にかと思うと、なにを目的としてのことかと考えだす。考えているうちに、そんな誰かや社会集団が何をもくろんだところで、最終的にはだまされていた自分の問題じゃないかと思いだす。何をしたところで、あっちでもこっちでももっともらしい話にだまされつづけて、わかったような気になっているだけじゃないかと……。「信なくば立たず」でありたいと思うが、「疑なくば生きられず」ということなのかもしれない。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7708:180607〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。