朝鮮半島をめぐる希望と絶望
- 2018年 6月 29日
- 評論・紹介・意見
- 北朝鮮阿部治平
――八ヶ岳山麓から(261)――
このたびの朝鮮半島南北首脳会談と米朝首脳会談については、本ブログ上でもすでに伊藤力司・広原盛明両氏の論評があり、私などが何かいうことはないと思うが、すこし意見を述べたい。
朝鮮半島の最悪のシナリオは第2次朝鮮戦争だったが、これが回避できただけでも結構な話だと思う。もしかしたら、シンガポール会談は東アジアに新時代をもたらすものになる可能性がある。
この春トランプは航空母艦2隻で北を脅したのち急転換した。これは予定の行動だったかもしれない。金正恩もまた従来の対アメリカ政策を変え、平昌オリンピック以来妥協的になった。韓国文在寅政権の努力もあって、互いにののしり合う関係は終った。
日本には「トランプは金正恩にしてやられた」という右翼メディアの批判がある。たしかに「完全で、検証可能で、不可逆的な核兵器の廃絶(CVID)」は共同声明に書きこまれなかった。朝鮮半島の非核化は、米韓日にとっては北朝鮮の核だが、北朝鮮からすれば在韓米軍の存在である。そこで北朝鮮の核・ミサイル開発とアメリカの北朝鮮敵視政策が取引され、この結果北朝鮮ばかりでなく中国をもにらんできた米韓軍事演習は中止となった。トランプはゆくゆくは在韓米軍を引き上げるかもしれない。今後ぎくしゃくすることはあるだろうが、この趨勢は後戻りしないと思う。
すでに1994年の米朝枠組み合意では、アメリカは北朝鮮朝鮮に対して核兵器をもって威嚇しないと約束していた。2005年の6か国協議の共同声明では、さらに核に加えて通常兵器でも攻撃はしないと宣言した。にもかかわらず、北朝鮮が合意から離脱して(日本では裏切というが)、核・ミサイルを開発した理由は、アメリカに対する強烈な警戒心であった。たとえばブッシュ(子)政権の「ならず者国家(rogue state)」扱いによるリビアのカダフィと同じ運命への警戒である。
北朝鮮が求めたものは、なによりも金氏一族支配の維持だった。北朝鮮はアメリカの軍事的威嚇を非難するとともに、北の海外銀行口座の凍結、北朝鮮系企業の資産凍結を激しく非難しつづけた。これが支配体制維持のための軍資金だからである。資金源を絶たれては不信感を拭えるはずはなかった。
トランプは、記者会見で、「CVID」が目標だとしながら、その実現には15年ぐらいの長い時間がかかると発言した。その間北朝鮮はすでに作ってある核弾頭などを長期にわたって持ち続けることになる
インドは核拡散防止条約(NPT)を核保有国のエゴイズムとしてこれに加盟せず、1974年に核爆弾を自力で開発し、98年に核実験をくりかえし自ら核保有国と名乗った。インドに対抗するためにパキスタンも核開発をやって成功した。インド、パキスタンの核保有に対しては、一時期先進国による経済制裁があったが、ブッシュ政権がテロ戦争対策として制裁を解除して以来、インド・パキスタンの核保有は事実上公認されて現在に至っている。おそらくは北の核も完全廃絶まではこのような形で存在するだろう。
ところで、独裁国家は地球上にいくらでもあるが、金氏一族の人権蹂躙は際立っている。端的には拉致問題だが、金正恩も叔父と兄を殺した。
北朝鮮は国連への公式報告でも、公開処刑などあたりまえのことと考えている。裁判は金氏一族の思いのまま。十数万の人間が収容所で強制労働に服している。参政権など思いもよらぬ。脱北は祖国反逆の罪。言論の自由はもちろん、移住や職業選択の自由がない。親が罪に問われれば子供も連座して罰せられる。こういったことはこの数年国連人権委員会が指摘している。
トランプはこのような北朝鮮の支配を承知で「体制保証」をした。金氏一族の安全を保証しなかったら、朝鮮戦争の終結も北朝鮮の核完全放棄も在韓米軍の撤退もないからだ。核を保有する、残酷な支配体制がかなり長期に存在してもやむを得ないというわけだ。
長い展望で考えれば、「体制保証」をして北朝鮮を普通の国際関係の中に組み入れることは、東アジア諸国の関係にも、朝鮮人民の運命にも良好な影響をもたらすかもしれない。
北朝鮮が中国・ベトナム型の開発独裁国家に変われば、市場経済をとおして外部世界の文化・情報が入る。欧米諸国と普通の外交関係が樹立されれば、北の実情は世界により広く明らかになる。ひいては、金氏一族の支配体制に対する北朝鮮民衆の大いなる疑問、反感が拡大する可能性がある。
そこでわが祖国日本の問題である。日本では朝鮮問題の第一は拉致問題ということになっているが、北朝鮮政府は、拉致問題は解決済みとしている。だから日朝両国の関係改善なしに、拉致問題を話し合うことはできない。
ところが安倍晋三は、「拉致問題が解決しないかぎり北朝鮮に対してどんな援助もしない」という。そういいながら金正恩との会談を望んでいる。またトランプが北朝鮮への圧力を強め、軍事行動も辞せずとしたとき、これを称賛した。そうしておいて米朝会談が行われると、こんどは6月18日の国会で金正恩を「指導力がある」と持上げた。
さらに小野寺防衛相は、6月22日、政府が導入を目指す地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を配備するため、山口、秋田両県へ行って「北朝鮮の脅威」を強調した。彼は政府が北朝鮮の弾道ミサイルの避難訓練を中止したことに関し「(北朝鮮への)警戒を緩めているわけではない」「北朝鮮は具体的な(核・ミサイル)廃棄の動きもない」と発言した(時事2018・6・22)。
安倍政権は、改憲と北朝鮮・中国に向けた軍備増強のために、北への敵意を日本国民に煽っているのである。これでは「拉致問題」の解決は一層困難になる。
北朝鮮が経済開発のために外国資本導入を決定したとき、中韓露3国はもちろん、北朝鮮と国交がある194ヶ国からもこれに参入する資本が出るだろう。韓国とロシアの首脳はすでに北への経済協力を討議している。
ついこの間まで険悪だった中朝関係は、金正恩の路線転換によって修復された。北朝鮮における対中貿易の割合は圧倒的であり、韓国でのそれも25%を越えている。南北和解と外資導入がすすめば、朝鮮半島での中国の影響力は一層強まる。これにひきかえ日本は北朝鮮に何の地位も得ることがない。いや早い話が、日本の北朝鮮でのもうけ話はなくなるが、日本の財界はどうするつもりだろうか。
だが、このおかしな外交姿勢をとる安倍内閣を支えているのは、我々日本国民である。とりわけ国民の3分の1を占める固い安倍支持者である。
我々は東アジアの平和を願い、朝鮮半島の戦争には反対しても、中国・北朝鮮脅威論にはやすやすと組みしてしまう。この自己撞着は、自分が何を考え、何を求め、自分の位置はどこにあるかわからないからかもしれない。これは現代日本人独特の病理なのではなかろうか。(2018・06・25)
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