旧東独ケムニッツで起こった右翼デモ:混乱は収まったが…
- 2018年 9月 19日
- 時代をみる
- グローガー理恵
ザクセン州のケムニッツ市で起こった刺殺事件とデモ抗議
8月26日(日曜日)早朝3時15分頃、ケムニッツ市の中心街のブリュッケン通りで、数人の男性の間で争いが始まり、三人がナイフで刺され重傷を負い、その中の一人が病院で亡くなった。亡くなった男性は35歳のダニエル・H、キューバ系ドイツ人で、刺傷・刺殺事件の容疑者は23歳のシリア人、22歳のイラク人だった。さらに、もうひとり容疑者がいるのだが、彼は逃亡したという。ドイツ人が難民に刺殺されたという情報を受けとるや否や、右翼組織のリーダーたちは「ケムニッツに集結し哀悼行進・移民抗議デモを行おう!」と呼びかけた。そして、事件直後からケムニッツでは右翼グループによる一連のデモ行進・集会が相次いで起こり、デモ騒擾は一週間ほど続いた。
8月27日のケムニッツ・デモ Sputniknews-Video のスクリーンショット(ソース: Telepolis) 9月1日のケムニッツ・デモ (撮影:Spatz – ソース Telepolis)
デモ抗議を呼びかけた右翼グループには、反ムスリム/反移民をスローガンにする右翼政党「AfD(ドイツのための選択肢)」、反ムスリム/反移民政策を求める右翼団体「ペギーダ(Pegida)」、さらにもう一つの右翼団体「ケムニッツのために (Pro Chemnitz)」などがあった。
デモ参加者は「ドイツはドイツ人のものだ!(Deutschland den Deutschen!)」 「外国人は出ていけ!(Ausländer raus!)」「われわれの声はもっと大きい!(Wir sind lauter!) 」「われわれの数はもっと多数だ!(Wir sind mehr!)」「メルケルは辞めろ!(Merkel muß weg!)」と、シュプレヒコールを唱えながら、移民排斥を訴えた。
デモ参加者の中にはヒトラー式の敬礼をする者もいた。ドイツではヒトラー式敬礼をすることは違法行為だが、その場にいた警察はそれに反応せず何もしようともしなかった。また、デモ集団から離れた数人のグループが路上にいた外国人を追いかけ襲いかかろうとしたシーンもあった。右翼グループに取材を妨害されたジャーナリストもいた。デモ参加者と警察との衝突もあった。
- なお、ケムニッツ・デモ混乱の様子は下記のYoutubeリンクでみることができる:
1) Protests on the streets of Chemnitz following a fatal stabbing
2) Far-right protests lead to violence
デモが始まってから2日めの8月27日の夜、ケムニッツ市にあるユダヤ料理店「シャロム」が12人の黒い覆面をしたネオナチ暴漢に石や瓶、鉄棒で襲撃され、料理店のオーナーは肩に傷を負った。料理店「シャロム」は2000年に開店して以来、何度か反ユダヤ主義者による侵害を受けているという。
その背景:右翼政党AfDの台頭と根強い反移民感情
ドイツ東部・ザクセン州に位置するケムニッツ市は、東西ドイツが統一される以前 (1953年から1990年まで)はカール・マルクス市と呼ばれていた。2017年の連邦議会選挙では、ザクセン州の有権者の27%が反移民/反ムスリムを唱える右翼政党・AfD (ドイツのための選択肢)に投票した。その結果、AfDはこれまでザクセン州で第一政党だったCDU/CSU(キリスト教民主同盟/社会同盟)を0.1%という僅少差で追い抜き、ザクセン州の第一政党となった。
2015年、欧州難民危機の中、メルケル独首相は「(難民を受け入れることは)わたしたちにはできます!(Wir schaffen das!)」と主張し、ドイツの国境を開いた。その結果、ドイツ国内に難民が押し寄せ、2016年の末までに亡命の許可申請をした難民の数は100万人近くにのぼった。しかし、メルケルの「難民”歓迎”政策」を”歓迎”せず、移民に対する警戒心を懐き、反移民感情をもっているドイツ市民は多い。
とりわけ旧東独においては反移民感情が強いようである。彼らの反移民感情は今に始まったことではない。すでに、1991年10月、東西が統一されてから一年後に、20の市町村で若者が外国人を襲撃する事件が起こった。襲撃は、ベトナム・ソ連・東欧からの移民が増加していることに対する反応であった。これらの事件は、「外国からの移民が、ドイツ市民が得るべきである仕事・住居・政府補助金を横取りしている」と考え、移民に対して敵対心を懐くドイツ人の若者たちの姿を反映していた。
新たに浮かび上がる治安当局への疑念
⦅ 刺殺事件の容疑者は強制送還されるはずだった⦆
ケムニッツで起こった刺殺事件の容疑者であるユーセフ・A、イラク人は、欧州の国々が難民危機の真っ只中にあった2015年、ブルガリアを通ってドイツに入国した難民だった。ケムニッツ行政裁判所によると、ユーセフ・Aは2016年の5月13日には、彼が最初に足を踏み入れたEUの国であるブルガリアに送還されることになっていた。しかし彼はドイツ国内にとどまっていた。どうして治安当局は彼を送還することを怠ったのか? 彼らが怠慢だったからか?それとも無能力だったからか…?このような重大な問題を問い詰め、チャレンジするような人はいないようである。
2016年12月に起こったベルリン・クリスマス市テロの犯人/アニス・アムリの場合と同じように、ユーセフは(ケムニッツ市の)警察によく知られていた難民の一人だった。ユーセフ・Aは不法入国したばかりでなく、違法行為を何度か犯し、彼の亡命の許可申請は拒否されていた。にもかかわらず、彼は自由の身であったのである。2016年のベルリン・クリスマス市テロ事件は治安当局によるテロ防止対策に過誤があったために起こった。それと同様に、ケムニッツの惨事は、治安当局の難民をコントロールする態勢が適切であったのなら防ぐことができたのではないだろうか、との疑問が湧く。
ドレスデンのダニエル・Z刑務官がナイフ・アタック事件の容疑者の逮捕状の写真を撮り、その映像をWhatsUpなどネット上に公開したため、映像が右翼グループに流れていたことがわかった。刑務官が逮捕状を公開したことは違法行為である。刑事訴訟の段階として、容疑者はあくまでも、まだ容疑者であり、有罪であることが証明されない限り無罪であり犯罪者ではない。その上、逮捕状には証言者についても述べられてあり、証言者の保護も必要となった。違法行為を監視すべき治安当局の人間が違法行為を犯していたのである。
これについて英紙ガーディアンは:
「…..35歳のドイツ人を刺殺した容疑者のフルネームが書かれてある逮捕状がリークされたということが当局によって確認された。….逮捕状の写真は右翼団体『ペギーダ(Pegida)』の創立者ルッツ・バッフマンによってTweetされアグレッシブな反移民デモを引き起こすきっかけとなった。….このリークは、すでに存在している、ザクセン州の警察と右翼政党『AfD(ドイツのための選択肢)』そして右翼団体『ペギーダ(Pegida)』との間に繋がりがあるのではないかとの疑念を煽るものである」と報道している。
デモ混乱は収まったが…
一連のデモ混乱が収まった9月5日、ザクセン州のミヒャエル・クレッチマー首相(CDU-保守派政党)がケムニッツ・デモについての州政府声明を出した。彼は声明の中で、「ケムニッツでは暴徒もいなかったし”外人狩り”もなかったし”ポグロム”もなかった」と言明し、メディアによる”ケムニッツ・デモ”の報道ぶりに疑問を投げかけた。
〈写真:ミヒャエル・クレッチマー(ザクセン州)首相〉
さらに、9月7日、連邦憲法擁護庁ハンス=ゲオルク・マーセン長官は、「ケムニッツで”外人狩り”があった証拠はない。ネットで流されているビデオも本物かどうか信用できない。ビデオは捏造されたものかもしれない」と、ドイツのタブロイド新聞”ビルト(Bild)”に語った。〈写真:ハンス=ゲオルク・マーセン長官〉
クレッチマー(ザクセン州)首相は、メディアがケムニッツ・デモを描写するのに”ポグロム(組織的虐殺)”という言葉を使った事に言及しているが、もしこの様な表現を使った報道が実際にあったのだとしたら、これは事実に反した報道であり、ドイツの右翼グループが唱える「Lügenpresse (嘘つきメディア)” ー すなわち「メディアは嘘つきだ!」という主張をさらに煽るファクターとなる危険性を含んでいるのではないだろうか?
しかし、クレッチマー首相の「暴徒はいなかった」は、彼が、ケムニッツで起こった混乱をダウンプレイしようとしているように思える:
事実、デモ参加者の攻撃対象となったジャーナリストもいるのだ。公共放送局MDR、Tオンライン・ニュース、BuzzFeed、ツァイト(Zeit)、Sternマガジン・テレビのリポーターやカメラクルーが、デモ参加者に「取材を妨害され、罵倒され、攻撃された」と報告している。
そして、クレッチマー首相もマーセン長官も「外人狩り」はなかった、と断言している。しかし、デモ集団から離れた数人が二人のアフガニスタン男性を追いかけ襲いかかろうとしたビデオが公表されている。確かに、これはメディアが用いた「外人狩り(Hetzjagd)」という強い表現にマッチするようなシーンではなかったかったかも知れない。しかし、ビデオは明らかに、”人種差別者”の移民に対するアグレッションを示しており、軽視すべきことではない。しかもマーセン長官にいたっては、証拠も提示することなく「このビデオは捏造されているかもしれない」とまで述べている。ビデオの真偽性については、ドレスデン地方裁判所のクライン主席検事が、ビデオは本物であると言明している。
なお、アフガニスタンの男性二人がデモ参加者に追いかけられたビデオは下記のリンクでみることができる:
https://www.zdf.de/nachrichten/heute-journal/chemnitz-video-authentisch-102.html
いずれにしても、事実は、ケムニッツでアグレッシブな外人排斥デモが起こったということだ:ザクセン州・ドレスデンの検察庁・検事事務所の9月7日の発表によると、これまでにケムニッツ・デモ混乱中に起こった治安妨害や暴行、傷害事件およびヒトラー式敬礼が行われたなどの届け出が120件あり、検事事務所はそれらを調査中であるという。
さらに、看過してならない事実は:キューバ系ドイツ人、ダニエル・Hさんの死を自分たちの政治的利益のために利用した右翼政党「AfD(ドイツのための選択肢)」が、ドイツ市民からの支持を着実に増やし続けているということである。
以上
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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