イラワジ紙の丸山日本大使インタビューに寄せて 民主化の大道を見すえよ
- 2018年 11月 5日
- 評論・紹介・意見
- 野上俊明
EUはまもなく、ロヒンギャ問題でのミャンマー政府と国軍の対応を見極め、強力な経済制裁を発動するとされています。アウンサン・スーチー氏は、日本が仲介役となりミャンマーへの経済制裁を行なわないよう関係諸国に働きかけてほしいと要請したようです。ミャンマーに対する貿易特恵待遇が万一取り消されれば、40~50万人の労働者が働く縫製業に大打撃を与えると予測されています。この一年各種経済指標が軒並み悪化している現状もあり、スーチー政権への国民の信頼が揺らぐことを怖れています。案の定というべきか、11月3日の補欠選挙ではNLD が4議席減、他方北部カチン州の上院1議席は国軍政党であるUSDPが奪回して野党が3議席増やして、2年前に圧勝したNLDが敗北したのです。とくに少数民族地域ではNLD離れが進んでいることを表しています。2年後の国政選挙をにらんで、NLDは危機感を強めていると報道されています。
先般、在ミャンマー全権大使に就任した丸山市郎氏は、ノンキャリアでしかも定年を延長しての人事ということで話題になりました。私がヤンゴンに在住していた当時からミャンマー語に堪能であることで有名でしたが、スーチー氏とツーカーでいつでも話ができる実績が買われてのサプライズ人事でした。もちろん悪いことではありません。キャリア・ノンキャリアの区別が、持てる能力とは必ずしも比例しないことは、歴任5~6名のミャンマー大使を見ていて強く実感したところですから。
そうした背景とスーチー政府の窮状もあり、丸山大使はこのところ積極的にスーチー政権擁護に乗り出しています。通り一遍のキャリア大使とは違って、氏はミャンマーの歴史と政治事情を知悉しており、なかなかだなと思う点もありますが、やはり安倍政権の外交官という制約は付いて回ります。管見ながら敢えて大使の発言に対し、以下2,3の疑問点を提示しておきます。
①丸山大使:民主的で繁栄の国をめざすのを助けるという共通目標はあるが、日本は西側諸国と違うアプローチの仕方をとる。ラカイン州危機で制裁を課すのは反対。制裁は政治経済的安定を脅かすし、ラカイン危機の解決に役立たない。貿易特恵が撤回されれば、40~50万人の縫製労働者に影響する。日本は諦めないで、国連や西側諸国の説得続ける。民主的に選ばれた政府は民主的に解決する意志を持っていることを尊重すべきである。
疑問1:ラカイン州の危機解決の展望と筋道を最初に言うべきである。国連やEUなどは最初に制裁ありきで構えているのではなかろう。ロヒンギャ危機がいっこうに緩和と解決に向けて進展しない事態を前にして、危機を引き起こし、解決への最大の障碍となっている国軍への圧力を強める手段として経済制裁が掲げられている。大使の発言は、やはり臭いものにフタをして、政府と国軍の共同歩調を優先する立場を表明しているものだ。
普通選挙によって選ばれた政権が、自動的に民主的な政策を実行するわけではない。NLD政権が成立して2年、経済的パフォーマンス、都市整備、言論表現の自由、貧富格差、内戦終結・永久和平、宗教人種差別等、どれをとっても実績は芳しくなく、前の政府より後退しているものもある。民主化の意志があるかどうかは、口先の発言ではなく実績で判断すべきである。
ロヒンギャ危機に関し、たとえばロシアは西側諸国は制裁などいう前に帰還促進に専念すべきだとしている。しかし帰還地の安全性が確保され、国籍取得という身分保障がなければ、ロヒンギャはけっして帰還に応じようとはしないのである。昨年9月の掃討作戦での犠牲者は、1万人を超すともいわれている。いずれにせよ、この件でも最大の障碍は国軍であり、問題解決のイニシアチブをまったくとれないスーチー政権なのである。
②丸山大使:この国では、政府があり国軍がある。すべての国は自身の軍隊を持っている。それからまた報道機関や司法制度を持っている。 これらのセクターのすべてが国の統治に関与している。 私たちはミャンマーが安定し発展することを願っているが、万一国の重要なセクターのひとつである国軍に対抗して行動すれば、国の安定と発展を見るという展望はなくなる。人権などを擁護するために国軍に対して行動を起こせば、この国の未来は不確実なものになる。
疑問2:驚くべき発言である。安倍政権の外交政策見たりというべきであろう、ミャンマーの民主化促進への援助を唱えるのは、口先だけというのがよく分かる発言である。国軍は過去半世紀にわたって独裁を行なってきた主体である。司法制度も国軍支配のもとにあり、三権分立とはほど遠い現状である。この国軍との予定調和を優先すれば、民主化は必然的にいきづまる。国軍は文民統制を受けていない強力装置であり、その意味では旧支配層の私兵集団なのだ。スーチー氏が選んだ国民和解の名による国軍との同調路線の限界が、各分野で露呈してきている。
スーチー氏やNLDに近い人々は、「歴史的事情の複雑さ」を口実に、問題解決の遅延を合理化している。
複雑さの実体が何かを解明し、説明することすらいない。ひとつは植民地支配と軍部独裁により民族・人種・宗教による差別と分断化が構造化していること、もうひとつは国軍が政治経済的に権力と利権を有しており、明らかに民主化の阻害要因になっていることである。だから国軍とクロニーに何らかのメスが入らない改革はおよそ民主的改革とは言えない。構造的な問題を解決する展望と政策を彫琢し、各分野からの協力を得て一歩一歩実行に移すこと。ところがNLD政府はその端緒にすら就こうとはしていないのである。
③丸山大使:ミャンマー政府は、特に平和プロセスを含む政治的課題に直面している。 そして、経済的な課題とラカインの問題がある。 政府がこれらの課題を克服する能力を持っているかどうかは重要ではない。 弱点があれば、我々はそれを支援するために働く。
疑問3:まるでミャンマー政府が無力で、日本に頼ってくれる方が都合がよいと言わんばかりの口ぶりである。日本政府の底意見えたりである。たしかにスーチー政府の現状は、現状の追認甚だしく、自前の展望や政策を有しているとはいえない。先進国の援助と外資導入に頼りきりの主体性なき経済発展路線である。社会格差を広げ、構造的な不安定をつくりだす新自由主義型開発に対し、少なくともその負の側面を是正する政策を練り上げるべきだ。グロバリゼーションの負の側面をカバーするには、社会(保障)政策の財源となる税制の基礎を固め、所得再分配を可能とする仕組みをつくらなくてはいけない。タイではかつて農村において内発的発展の仕組みづくりを、国王はじめタクシン元首相らもイニシアチブを発揮してやろうとしていた。残念ながらミャンマーでは、その気配を毛ほども感じることはない。NLDが非合法下におかれていたとき、内発的な開発の政策を研究していたブレーンたちがいたはずであるが、あの人々はどこへ行ったのだろう。
日本がスーチー文民政府と国軍との橋渡しをするというのなら、国軍の既得権益をどう公益事業化(脱民営化)して、国民的資産に算入するかまで考えるべきである。国軍の国政介入を制度化した現憲法の改正が、民主化の戦略的到達点であることは国民的な総意である。政権のハイブリッド性を解消することなく、民主的で繁栄した国の展望など描きえないことをあらためて肝に銘ずるべきであろう。
蛇足ながら、大局的に見ると、スーチー政府や民主化を唱えてきた人々に共通しているのは、国軍の力への過大評価であり、自分たちの力の過小評価、自信のなさであることを指摘しておきたいと思います。国軍が一枚岩である時代は過ぎつつあるのに、過去の体験がトラウマになっているのでしょう、国軍との融和、調和なくしてミャンマーの未来はないと思い込んでいます。大事なのは、国軍への国民的圧力や積極的な説得工作によって、国軍内にいる潜在的改革派を励まし、その力を強化することなのです。私のようなものでも、国軍の在り方に疑問を呈する軍人や軍を辞めた人を知っています。いずれにせよ、憲法改正にいたる民主化の出口戦略をNLD政府が国民に提示し、国民各層に政治経済改革過程への参加を呼びかけ、自分たちの力をつけていくことです。ただNLDの能力に限界がみえるいま、改革の流れに掉さす第三の政党が極力早く名乗りをあげ、国民にもう一つの選択肢を提示することが喫緊の課題となっているのです。
2018年11月5日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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