新疆ウイグル人の話を聞く
- 2018年 11月 28日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
平成30年11月23日、明治大学自由塔にて「アムネスティ・インターナショナル日本支部」と明治大学現代中国研究所が主催する中国新疆ウイグル自治区における強制収容所、中国名「職業訓練所」の実態にかんする報告講演を拝聴した。
最近、同じ明治大学で中国研究者矢吹晋教授の電脳社会主義中国論を拝聴した。続けて2回である。社会的・経済的・政治的ビッグデータをリアルタイムで電脳網によって処理整理し、社会生活をソフト権力的にリードして行くと言う電脳社会主義、西側の学者の言うデジタル・レーニン主義、あるいはデジタル・リヴァイアサンのイメージからはるかに遠いハード権力が新疆では行使されているようである。報告者の一人水谷尚子氏は、ジェノサイドと言う極端な表現を使用する。彼女が傍証として提示する各種の画像からジェノサイドを帰納するのはかなり無理がある。
私=岩田の心に重くひっかかる講演会最終シーンを一言しよう。報告者の一人、あるウイグル人が日本社会のウイグル民衆受難への共苦感情に感謝して、「東トルキスタンが独立
したら、地下の石油の半分を日本にあげてもよい位の気持ちだ。」――一言一句正確に記憶しているわけではないから、講演会に出席していた知人のB氏に確認しておいたが、――と話をしめくくった。会場からは、その集会中で最大の拍手が起こった。無邪気な応答であろう。私はそこで拍手をためらった。
講演者の縁戚者を含むウイグル知識人が何か国家分裂の罪状で死刑の判決を受けている時に、それに抗議する日本人相手の集会でこんな発言をするとは、私は絶句した。中国当局、すくなくとも新疆でかかる政策の遂行にコミットしている当局者の一部は、「新疆の国家分裂主義者の背後に日本があり、その目的は石油だ。国家分裂主義者は東京の明治大学で日本の新帝国主義者とあんな発言をして、結束を固めたのだ。」と言うような猛反撃をするかも知れないし、すくなくとも中国の一部サークルの中ではそんな解説がまかり通るかも知れない。判決の執行に影響するかも知れない。
集会に参加した日本人は、ウイグル人の発言の他の諸個所では拍手しても、上記の如き発言には粛然と沈黙し、「私達は石油欲のような物欲で貴君等を支援しているのではない。政治の王道から、覇道からさえ逸脱している新疆の状況に目をつぶっていられないから、ここにいるのだ。」と日本人の構えを明示すべきであった。
ウイグル人の心中恐れている事は、講演から察するに、次のような状況の到来だ。「中華民族の夢」、一帯一路を実現する途上で、新疆の土地だけが中国に欲しいのだ。その土地に住んでいる人々は不必要なのだ。このままでは、ウイグル民族は消えてしまう。こんな根深い心配があるようだ。勿論、中国当局者から見れば、そんなことは杞憂にすぎないであろう。
しかしながら、人間集団は自分等の夢の実現のために、他の人間集団を何の良心の痛みもなく消してしまう事が往々ある。
19世紀から20世紀にかけて、アングロアメリカン達は、西部大開拓の「アメリカン・ドリーム」を我武者羅に追い求め、アメリカ原住民千数百万人に国家形成の時間を与えず、人工を激減せしめ、遂には今日の如く散在する居留地に囲い込んでしまった。同じ頃、規模は小さいとは言え、私達大和民族は北海道のアイヌ民族を同じ運命に追いつめた。今日、私達日本民族(大和民族、琉球民族、アイヌ民族より成る複合民族)が北方領土を「日本固有の領土」と声高に語るのは、ロシア人に対する政治言論として正しくとも、アイヌ民族に対しては正しくない。
現在のウイグル民族が心の底で心配し、恐れている事は、漢民族主導の中華民族が新疆ウイグル人を北海道のアイヌ人的位置に定位させ、世界に向かって、新疆を「中国固有の領土」と声高に語り出すような近未来であろう。アメリカ・インディアンやアイヌ人は、アメリカ合衆国と日本の近代化の原罪を象徴する。
私=岩田は、アングロアメリカンや大和民族が今から見れば人類普遍的とは必ずしも言えないが、ある意味効率的な近代史を歩んだと同じような道を漢民族を中核とする中華民族が壮大な「中華の夢、チャイニーズ・ドリーム」実現のプロセスで再現して欲しくない。
孫文は『三民主義』で、民族、民権、民生の中から先ず第一に民族を論じ、民族主義の喪失を中国亡国の最大の原因と見た。民族主義再生に中国民族再生の原動力を求めた。あの切々たる孫文の文章を読んでいる中国人は、新疆ウイグル人の心痛を日本人の私達よりも深々とわかるはずである。
「中国が第一等の地位になったとき、どうしたらいいのか。中国では、むかしから『弱いものを救い、危ないものを助ける』といってきた。・・・、・・・。われわれは弱小民族にたいしてはこれを助け、世界の列強にたいしてはこれに抵抗する。」これこそ中国の世界に対する一大責任であり、「もし中国がこの責任を負えなかったならば、中国が強大になったところで、世界にとって大した利益ではなく、むしろ大きな害になるのである。」(p.136) 孫文は、自己の民族主義論をこう結んでいる。中国特色社会主義はこの孫文の教えを覚えているであろうか。
平成30年11月24日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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