ドイツ通信第136号: ドイツ政治の行くへ 2018年10月28日 独ヘッセン州議会選挙から読み取れること(2)
- 2018年 11月 30日
- 評論・紹介・意見
- T・K生
ヘッセンの州選挙が終わってから、11月16日までこの報告を書くのを控えていました。選挙当日の投票集計が、コンピューターのミスで不正確であることが判明し、3週間かけて再集計が行われ、その結果次第では、緑の党とSPDの得票に影響が出てくることが予想され、仮にSPDが緑の党を出し抜いて第二党になれば、FDPを加えた「信号連立」(赤‐緑‐黄の党派カラー)の可能性も議論されていました。
CDUと緑の党の連立では、過半数を一議席超える(69議席)だけで、それに対して「信号連立」も同じ議席数になりますから、後者にヘッセン州の政治が転換していけば、ベルリン政府、とりわけ首相メルケルへの風当たりは以前にもまして強まり、進退が問われてきます。CDUが州政権を維持していくことが、メルケルの政治使命でした。
他方で、FDPは緑の党の首相の下での連立を拒否していましたから、SPDが第二党になれば……、というのがこの3週間の各政党間の政治駆け引きになっていました。
再集計の結果は、緑の党もSPDも同率の19.8%でしたが、得票数で緑の党が66票多く獲得して、党派間の順序に変化は起きませんでした。
この例で示されるように、ドイツの政治は薄氷の上を恐るおそる歩いているようなものです。一寸先がわからなくなってきました。政治の確固とした足場をなくしてしまったドイツの現状が見えてきます。
それに耐えられなくなったメルケルは、ヘッセン州選挙の直後に党代表を辞任しました。自分の進路については、「昨年の夏にすでに熟考していた」というような談話を発表していました。いつもの手口です。いつも〈後付け〉なのです。
昨年の夏といえば連邦議会選挙直前で、あらゆる分野からメルケルの進退に対する質問、問いかけ、意見表明等々が求められていました。それについては、何一つ答えないまま選挙に臨んでいます。そこが、メルケルへの一番の批判点で、首相継続への疑問点でした。それを今になって、というわけですから、党代表辞任に関しても政治的な潔白性よりは、権力確保と維持に向けてメルケルが築き上げたメカニズムが批判されることになります。
では、なぜ首相不信任案を議会で提出しないのかという、まっとうな批判です。それでは生半可ではないか。
一例を挙げます。よく引き合いに出されるのがコール元首相の裏金問題で、その際CDUのトップに上りつめたメルケルは、〈すべてを、何の疑いも残らないように調査して、事実をはっきりさせたい〉旨のアピールを発表していました。男世界のCDUから若い女性の党指導部に代わった期待は、それゆえに内外ともに大きかったでしょう。しかし蓋を開けてみれば、何も新しいことは発掘されず、そのままずるずると時間だけが経過して、いつの間にか口の端にも上らなくなっていきました。
同じことは、その後の経過についてもいえます。環境、原発、難民、EU―何を、どうするのかはメルケルから語られることはありませんでした。唯一認められるのは、その時々の政治方針で、あるときは緑の党、またある時はSPDの主張を抱え込んでいき、ここ数年は「緑の党のメルケル! メルケルは社会民主主義者だ!」と、笑うに笑えない表現が政治世界とメディアで語られていたほどです。
一人の政治家が他党派から影響を受け、自分の政治指針に取り入れていくこと自体は、民主主義的な政治の豊富化として望ましいことですが、それをメルケルはドイツ社会のなかに説得ある路線として確立することができなかったように思います。なぜなら――ここが問題になるところですが、メルケルはその路線の意味と背景、そして、それによってドイツ―EUの向かうべき進路を市民に語ることができなかったからです。そこに見られるのは、プラグマチックな対応です。
こうして最後の時点で、その弊害がもろに出ました。党代表を辞任しながら、首相にとどまるという結論です。メディア、政治評論家、政治学者、ジャーナリストの議論は、この点に集中していきます。
メルケルが、SPD首相シュレーダーが党代表を辞任したとき、インタヴューで次のように答えていました。正確には引用できませんが、概略――、
党代表と首相は切り離しがたく、党代表を辞任するといくことは、私には考えられない。
その考えられないことを、メルケルは2つの選挙結果から強制されました。ドイツ社会の猜疑と疑問は、その首相にこれから任期終了の2021年まで、何を期待できるのか? 首相の指導性はあるのか? どこまで持ちこたえられるのか?に向けられます。
EU内で孤立し、その比重はなくなったといわれるメルケル。このところ世界各国の訪問に出かけていますが、メディアでは「お別れの挨拶回り!」と揶揄されています。メルケルが任期終了までの3年間持ちこたえられないというのが、一般的な見方だと判断して間違いないでしょう。
なぜか? 翌年2019年には、旧東ドイツの3つの州議会が控えていて、現在の予想では、今回の2つの選挙と同じ傾向が予想されているからです。以下、資料は、Der Spiegel Nr.37/8.9.2018から。
1.ザクセン州 選挙日2019年9月1日 (アンケート調査2018年8月20-25日)
CDU 30% 、AfD 25、「左翼党」18、SPD 11、緑の党6、FDP 5
2.ブランデンブルグ州 2019年9月1日 (2018年10-17日)
SPD 23、AfD 21、CDU 19、「左翼党」18、緑の党8、FDP 5
3.チューリンゲン州 2019年10月27日 (2018年8月20-25日)
CDU30%、AfD 23, 「左翼党」22、SPD 10、緑の党6、FDP 5
これにEU議会選挙が加わりますが、事前のアンケート調査は今のところありません。
以上のメルケルの問題は、CDU党組織の問題になってきます。キリスト教、保守派、経済界を基盤にしたCDU組織が、本来の政治路線と確信を喪失していく過程にもなりました。どこに向かうかわからない不安心理が、AfDにCDUの基盤票、支持基盤を失っていった一つの要因であることは間違いないでしょう。CDU としての、言ってみればアイデンティティ喪失です。しかし、メルケルなしには選挙に勝てないジレンマが、組織内の不満を抑えてきた安全弁になりました。
その蓋の一角が開きました。CDU内では、「これで組織内外の民主主義議論ができる」と言いう声が聞かれます。
早ければ、上記3つの選挙結果では、メルケルの政治生命の終わりを告げることになりかねません。後は、まずは党代表の後継者選びです。
現在、CDU内で3人の候補者の議論がされています。ヘッセン州選挙の直後から友人、知人に会い、「誰が望ましいか? お気に入りか?」と質問されます。それに対してわたしからは、「そうではなくて、はっきりした、活発な路線議論を聞きたい」と答えています。嗜好の問題ではないと思います。
ドイツは永い眠りに入らされていました。それから徐々に目覚めつつあります。そのときを誰もが待っていたはずです。それゆえに、市民と社会に届く議論を聞きたいという要求には強いものがありました。今、それが始まったように思います。そこで自分の立場が明らかにされていけば、政党の支持関係ではなく、政治への興味と魅力が出てくるのではないかと期待しています。それほどに性格不明、色彩不明の政治がメルケルの下で行われていました。
3人の候補者ですが、
1.現在CDU事務局長AKK(女性Annegret Kramp-Karrenbauer 名前が長ったらしいので略してAKKといわれています)。メルケル路線の忠誠者で、メルケル離れができるかどうか。
2.メルケルから党代表を追われて野に下り、今回経済界から返り咲いたメルツ(Friedrich Merz)。経済界に太いパイプを持ち、新自由主義派を代表し、CDU保守派からは本来の政治路線に戻ることを期待されています。メルケルへの〈報復〉だともささやかれています。
3.メルケル批判の先鋒を切ってきた現連邦保健大臣スパン(Jens Spahn)。若手の確信的な保守派で、難民問題等メルケル批判では右派傾向を示しながら、長らく首相候補の一人と目されていました。
三者三様の議論がされれば、現在のドイツに必要な政治方針が明らかになってくることは間違いないように思われ、それを党派問題は別にして私は聞いてみたいです。そこから自分の立場が明らかになってくるはずです。それが、また1票を投じるものへの義務だと思います。
メルケルCDU党代表辞任に次いで、CSU党代表ゼーホーファーも直後に辞任しました。しかし、彼も連邦内務大臣には留まる意思を表明しています。すべてが中途半端です。これに終止符が打たれなければなりません。そのためにも党代表候補者の公然とした議論が望まれます。
最後に問われているのは、はたしてメルケルに内務大臣ゼーホーファーを切ること、すなわち辞職に追い込むことができるだけの政治力と指導力が今なお残されているのかどうかという点です。メルケルの下での「大連立政権」の失墜の1つの原因は、2つの選挙総括からも明らかなようにこの彼にありましたから、それを不問にした政権運営はもはや考えられません。
ここで、メルケルの最後で最初の政治手腕が問われています。
今回別のテーマで書く予定でしたが、この問題をどうしても避けて通れず、またこの問題を扱えばこれまたどうしても熱くなってしまうので、このままで失礼します。
(つづく)
初出:「原発通信」1543号より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8190:181130〕
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