優生思想が残り人権思想の弱い格差社会に、安易に外国人労働者を受け入れると…
- 2018年 12月 2日
- 時代をみる
- 731部隊優生保護法加藤哲郎
2018.12.1 早くも12月です。私の11月17日(土)八王子での731部隊講演は、主催者の皆さんが、「元731部隊軍医と強制不妊手術」 と題して、you tube 映像にしてくれました。今春の731部隊「留守名簿」公開によって、 1960年代の北海道衛生部長・副知事だった長友浪男の軍医少佐・ペスト防疫班長としての軍歴がわかり、同時に彼が、731部隊の細菌戦・人体実験に関与した軍歴を隠して、45年8月ソ連の参戦で旧満州を追われた満蒙開拓団ら日本人居留民の中に医師として潜り込み、46年秋には引揚船の衛生医として帰国し、そのまま厚生省に入って医療・薬事官僚になったことがわかりました。そればかりでなく、厚生官僚になった長友浪男がなぜ北海道に渡るのかを追究していくと、1948年に制定され1996年まで実施されてきた旧優生保護法の運用・予算執行、特に最近大きな問題になっている強制不妊手術に深く関与していたことが、わかってきました。
『早稲田クロニカル』が系統的に追いかけてきたように、北海道は、もともと優生保護法による精神病患者等への強制不妊手術の「先進自治体」で、1948−96年の強制不妊手術全国1万6475人中2593人が北海道で、ダントツの全国一でした。1956年には北海道衛生部が記念冊子『優生手術(強制)千件突破を顧みて』を刊行し、手術の85%が「精神分裂病」だが「14万人以上いる精神薄弱と精神病質」に手術が及んでいないと、いっそうの拡大をめざしました。「不幸なこどもを産まない道民運動」を推進して、全国に普及しました。60年代には映画も作って、「不幸なこどもを産まない婦人大会」を開きます。731部隊軍医少佐・長友浪男は、厚生省公衆衛生局でこの優生運動全国化の担当者となり、1960−62年は厚生省公衆衛生局精神衛生課長として、実務の最高責任者でした。その辣腕を買った内務官僚あがりの北海道知事・町村金五が長友浪男を衛生部長・民生部長・副知事へと登用し、札幌オリンピック事務局や北海道の厚生・スポーツ行政の功労者として表彰され、1999年、優生保護法が廃止され母体保護法に変えられた後に、731部隊歴を問われることなく、天寿を全うして亡くなりました。ちょうど731部隊の中国での被害者・遺族がようやく声をあげて、国家賠償請求裁判を起こした頃でした。
関東軍防疫給水部の名で中国人・ロシア人・モンゴル人・朝鮮人ら「匪賊」「抗日分子」数千人を人体実験材料「マルタ」として殺害し、石井四郎軍医中将以下医学者たちが 作った「ペストノミ爆弾」で数万人の中国人を犠牲者とした731部隊と、この間『早稲田クロニカル』や『北海道新聞』が先駆的・系統的に追究している旧優生保護法による家族の同意すら不要の強制不妊手術は、優生学・民族優生思想の所産という一点で、重なっています。「健康で健全な日本人」を育成するために、「劣等民族」の人権を無視して実験材料にし、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止」するという 障害者差別の断種手術を正当化するのです。優生保護法は、20世紀の末に、らい予防法や北海道旧土人保護法と共に廃止されましたが、優生思想は、21世紀にも残されています。 2016年の相模原障害者施設殺傷事件 の被告が、「障害者は社会のお荷物だ」と主張したことは、記憶に新しいことです。 何よりも、旧優生保護法は、敗戦国日本の医療民主化の一環として、憲法第25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が掲げられたもとで、生活保護法や精神衛生法などと同じ頃に、作られたものです。 制定過程を調べてみると、当時の保守も革新も一緒の議員立法で、全会一致でした。もともと日本社会党の加藤シヅエらが産児調節運動の延長上で、経済的理由を含む妊娠中絶を女性の権利拡大の一つとして要求し、提案しました。そこに保守の産婦人科医、民主党の谷口弥三郎等が、戦前民族衛生運動の延長上で、ベビーブーム下の人口抑制、「すぐれた日本人の育成」と「劣性遺伝の淘汰」の観点から合流し、法案を作りました。吉田茂の民自党も共産党も賛成しました。そこで旧優生保護法第一条は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」 となりました。前段で戦時ナチスにならった1940年国民優生法の優生思想を継承し、後段でサンガー夫人、山本宣治らから加藤シヅエ、福田昌子、太田典礼らに引き継がれた「バースコントロール」、女性の妊娠中絶の自由と権利の拡大が、接合されたのです。食糧難とベビーブームのもとで、「産めよ増やせよ」の戦時に731部隊に多くの弟子を送り出した京大名誉教授・新制金沢大学学長戸田正三 は、植民地を失った戦後日本の適正人口は7000万人だとして、後の中国の「一人っ子政策」につながる「一夫二児制」を、朝日新聞紙上などで唱えました。それも、占領軍GHQ/PHW(公衆衛生福祉局)サムズ准将やGHQ人口問題顧問トムソン博士の人口抑制・産児制限の提言を受けたものでした(柳沢哲哉「日本の人口問題:50年前の人口爆発」)。
現在なお研究途上で、12月15日(土)の早稲田大学国際シンポジウムや、16日(日)東京大学医学部「15年戦争と日本の医学医療研究会」講演で発表予定の旧優生保護法強制不妊手術の問題を今回述べたのは、今国会で十分な審議もなく成立寸前の外国人労働者受入拡大の出入国管理法案に、大きな疑問を感じるからです。現行技能実習生の待遇・低賃金と法務省による実態資料データ改竄、規模も職種も労働条件も曖昧な改正案の杜撰さ、それでなくても低い最低賃金の非正規・不安定労働者への影響、グローバル化のもとでの低賃金労働力受入国間 の競争等々、多くの問題点が指摘されていますが、私が問題にしたいのは、近隣諸民族への蔑視・憎悪言説や優生思想がなお根強く、リプロダクティブライツ以前の女性差別・セクハラ・パワハラの横行するこの国、階級・階層・地域・教育差別が進行し定着したこの格差社会に、「移民」ではないと強弁して外国人単純労働者を増大させると、この国の将来、彼らの人権、我らの人権はどうなるのだろうか、ということです。いったん成立した法律は、たとえ実態が悲惨で異論・批判が噴出しても、簡単には変えられません。旧優生保護法にも1970年代には原理的批判や異議申し立てがありましたが、半世紀にわたって「合法的」に強制不妊手術が執行され、被害者の救済や補償は70年後も残されています。すでに新安保法制や共謀罪まで強行したファシスト安倍政権に法の執行が委ねられると、司法での救済も困難になります。立憲主義ばかりか、権力分立も、法の支配も揺るがす、深刻な危機です。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4503:181202〕
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