トランプ・習近平首脳会談の奇々怪々 - 札びら外交か、はたまた力相撲か
- 2018年 12月 7日
- 評論・紹介・意見
- 中国田畑光永貿易戦争
新・管見中国(40)
今月1日にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた米中首脳会談については、3日付の本欄でも取り上げたが、時差の関係で詳細なニュースは3日に伝えられたので、この会談の奇妙さについて、前回は目配りが十分ではなかったことを反省している。
そこであらためて、この会談の奇々怪々(というといささか大げさだが)を取り上げてみたい。
首脳会談で大事なことが決まった場合、当事者がならんで記者会見をするのが、もっとも第三者に分かりやすく誤解を生ずる可能性が小さい方法である。しかし、今回は共同でも、個別でも記者会見はなく、両国の共同声明、共同発表の類も出なかった。
代わりに両国政府は別々に声明を発表した。ところが2つの声明を比べて見ると、片方にしかない項目がいくつもあるなど、違和感がつきまとう。
まず両国の声明が最初に言っていることを比べると、米側がまず会談は「非常に成功した」と言うのに対して、中国側が「成功」を言っているのは一番最後である。これはたんに順番の問題としても、中国側が代わりに最初に掲げているのは「中国の首脳と米国の首脳は適切な時期に相互訪問する」という一句である。わざわざこれを冒頭に持ってきたということは、相互訪問について会談であらためて合意があったのであろうが、米側はそれには一言も触れていない。なにか理由があるのか、いささか気になるところである。
実質問題では双方が相手に課している制裁関税の扱いが重要なポイントである。これについて米側は「来年1月1日から10%の税率を25%に引き上げるのを、交渉が続いている90日間は見合わせるが、合意を得られなかった場合は引き上げる」と具体的に書いているのに対して、中国側は「あらゆる追加関税を取り消す方向で協議を加速するよう、両国はそれぞれの経済チームに指示をする」と問題を意図的にぼかしている。
さらに問題なのはもっとも肝心な部分、つまり両国はこれから何をするかである。米側は「即時に構造的な変化について交渉を始め、強制技術移転、知的財産、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス産業や農業について議論する。両政府はこの話し合いを90日以内に完了するよう努力をすることで合意した」と今後の協議のテーマ、期限を具体的に書いている。
ところが中国側は「中国は新たな改革開放の過程や国内市場の需要に基づいて市場を開放し、輸入を拡大し、米中の経済・貿易に関する問題の緩和を推進する。両国は貿易関係をできる限り早く正常軌道に戻す努力をし、ウィンウィンの関係を実現しないといけない」と、あくまで抽象論、一般論に終始しており、テーマも期限も知らんぷりである。これでは米側が「両政府は・・・合意した」と書いているのを否定しているのに等しい。
さすがにそれではまずいと思ったか、中国側は5日に至って商務部のスポークスマンが全文で数十字のごく簡単な声明を出して、「90日以内に明確なスケジュールと路線図に従って交渉を積極的に推進する」とのべた。しかし、これはこれで読みようによっては90日以内に交渉を始めるというような表現であり、いつまでと期限を切ったとはとても受け取れない。「90日」については両国はどこまでも同床異夢の感をぬぐい切れない。
また、両国の声明を比べると、一方が相手側の発言を記録しているのに対して発言側はそれに触れないという、意地悪のぶつけ合いのような部分がある。
まず米側の声明では、「中国はまだ(量に関しては)合意していないが、両国間の貿易不均衡を緩和するために、相当量の農業、エネルギー、工業製品およびその他の製品を米国から購入することに同意する予定だ。中国は直ちに米国の農家から農産物の購入を開始することに合意した」と、中国がとりあえず札びらで相手の攻勢をかわそうとしていることをばらしている。
習近平の次のような意表をつく発言も米側に記録されている。「習国家主席はさらに、以前承認しなかった米クアルコムによる(オランダの車載半導体大手の)NXPセミコンダクターズ買収計画が再度提出されれば、承認することに抵抗はないと言った」
これは今年夏の事件で、米社によるオランダのNXP社の買収計画に対して、米・欧・日本の独占禁止法当局は承認したが、中国の当局が期限までに承認せず、買収は頓挫した。
この中国の独占禁止法当局の判断は、今春以来の米商務省による中国の通信機器メーカー「中興通訊(ZTE)」への制裁に対する報復を意図する政治的なものではないかと取りざたされたが、今度の首脳会談における習近平のこの言葉は、まさに中国側がこの件を政治的な取引の材料にしていることを示すもので、習としては暴露してほしくなかった発言であるはずだ。
一方、中国側も台湾問題で米側から改めて言質を取っている。「中国政府は台湾問題で原則的な立場を説明し、米国政府は(中国と台湾が一つの国に属するという)『一つの中国』政策を継続すると表明した」
これは前回紹介したペンス米副大統領の10月4日の講演で、同氏が台湾問題について、中国が中南米諸国に台湾と断交して、中国を承認するよう働きかけていることを「非難し」、また「台湾の民主主義への支持は全中国人にとってより良い道である」とのべたことを、中国側が「一つの中国政策に反する」と批判して、米側からこの一言を引き出したものであろう。ただ米側の暴露作戦よりいささか迫力に欠けるのは否めない。会談を決裂させれば、より困るのは中国側であることの反映であろう。
こう見てくると、これでは共同声明を出すとか、共同会見をするとかはとても無理な相談であることは容易に察しがつく。それはとりもなおさずこれからの協議の難航を示しているともいえる。
もっとも米中の隔たりが大きいばかりでなく、米側内部の足並みの乱れも相当なものだ。首脳会談で合意した「協議は90日」という期限について、米のクドロー国家経済会議委員長は3日の電話記者会見で「19年の1月1日からの90日間」と発言したが、その後、ホワイトハウスは「12月1日から」と訂正した。そんな大事なこともきちんと詰めないで、米側は首脳会談に臨み、また中国側も「90日とはいつからだ」と問いただしもしなかったというのは、いったいどういうことなのか、ここは奇々怪々という言葉を使ってもいいのではないか。
もっとも首脳会談に居並んだ米側の顔ぶれを見ると、ムニューシン財務長官、クドロー委員長、クシュナー大統領上級顧問という穏健派と、ライトハイザー通商代表(これからの協議の中心人物)、ナバロ大統領通商担当補佐官、ボルトン大統領国家安全保障担当補佐官という強硬派が、それぞれ3人づつという布陣だから、なかなか意思の疎通もままならないのかもしれない。そのあたりはこれからの見ものではある。
また米声明で「まだ量については合意していないが」としながら、一方的に明らかにした中国の札びら作戦の中身もすでに米側はばらした。これもムニューシン氏だが、3日のテレビ・インタビューで、「中国が農産品やエネルギー、自動車など1兆2000憶ドル(約136兆円)の輸入拡大を提案した」とのべたのだ。
まさか一度に買うのではないにしても、本当なら「正気の沙汰か」と言いたくなる金額である。トランプ大統領が大騒ぎしている米の対中貿易赤字は2017年で3700憶ドルである。1兆2000憶ドルとなればその3年分以上だ。中国が米から輸入している額は年間12~1300憶ドルだから、その10年分である。いくら大国とはいえ、これほどの巨額ちらつかせるとは、いやはや。
と、ここまで書いたところで、6日午前、びっくりするニュースが飛び込んできた。「華為技術(ファーウエイ)」という中国通信機器のトップメーカーの創業者の娘で同社の副会長兼最高財務責任者(CFO)、孟晩舟女史が飛行機の乗り継ぎで立ち寄ったバンクーバーでカナダ警察により逮捕されたというのである。逮捕は米の依頼によるもので、米側は同氏の身柄の引き渡しをカナダ側に要求しているそうである。
「華為」は国有企業ではないが、中国軍OBが中心になってつくった通信機器メーカーで、ITの第五世代(5G)の覇権を争う先端技術のトップランナーの一角を担っている。当然、米の反発は強く、米、豪などは機密が盗まれるのを警戒して、国家機関に同社の機器の使用を禁じている。その会社のトップに準ずる人間が逮捕されたとは何を意味するのか、これまでのところ情報はない。
当然ながら、同社はすぐに孟女史はいかなる法律違反も犯していないと声明を発表し、在カナダの中国大使館はカナダ政府に「強烈な抗議」を申し入れ、同氏の釈放を要求している。
6日午後現在、これ以上のことはわからないが、米も首脳会談からまだ5日しか経っていないところで、相手に冷水を浴びせるような行為に出るとは驚くほかはない。関税戦争とは無関係の分野とはいえ、この件もまた「米中新冷戦」の一部であることは間違いない。札びら外交もありなら、要人逮捕という力相撲もありということなら、傍目の予想などはまるで無意味になる。火の粉を被らないように首をすくめながら、しばし展開に目を凝らすしかない。
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